第7話 姉の不安※ルーナ視点

 いくら日本で開発された乙女ゲームとはいえ、この世界にはアスファルトなんて存在しない。


 そんなものがあった日には、世界観が台無しだ。


 だから当然といえば当然ではあるが、元現代人としては少々厳しい未舗装の悪路を馬車は駆ける。



 ルーナの運命が待つ、光の塔に向けて。



 ……まぁ、格好良く言ったところで、物語が始まる16歳になるまでは、そこはただの学びの場なのだけれど。



 激しくゴトゴトと音を立て、不安定に揺れる馬車は、まるでセラを置いてきた自分の心を表しているようだ。



 隣に座るお母様も、時折不安げに、かの方角を見つめる。


 お母様は、セラを心配しているのか、それとも――。



 重い空気にいたたまれなくなった私は、一人悶々としていた感情を言葉にすることにした。



「お母様、セラは大丈夫でしょうか」



「そうね、何事もなければ良いのだけれど……」



 子供相手だからか、お母様の言葉は足りなすぎる。そんな塞ぎ込んだ姿を見せたら、普通の子供は不安になってしまうだろう。



(セラのために、一肌脱いでみるか)



 せっかく二人きりなのだから、母と娘らしい会話を試みた。



「そういえば、お母様! ファレル先生は本当に素敵な方ですね! わたくし、大人になったらああいう方と恋をしたいわ! ねぇ、お母様は何歳の頃に恋をなさったの?」



 あえて「誰と」とは聞かずにおいた。


 すぐにお父様の話しになるならば、特に頭を悩ませることはなくなるのだけれど。



 そんな不安をよそに、物憂げな表情のまま、お母様はぼんやりと語り始めた。


「恋……は、そうね。あれは私が16歳になったばかりの頃だったかしら。沢山の青い花に溢れた小さな庭園で彼に出会ったの。咲き誇る物珍しい花を前に、少しはしゃいでしまって。誰もいないと思っていたのに、生垣の手入れをしていた彼がいて……。美しい一輪を、そっと手折って髪に挿してくれたのです。その時の微笑みが優しくて、少し儚くて、とても気になって……」



(やばい! これ、どう考えてもお父様の話じゃない!)



 遠い目をして途切れとぎれに想い出を語るお母様の話を聞きながら、私の笑顔は張り付いた。


 もうすぐ七歳とはいえ、六歳の娘に語る表情じゃないでしょうに!



「お、お父様も昔は素敵だったのですね!」



 違うと重々承知しながらも、半ば無理矢理お父様の話へと切り替える。


 子供にとって、母親がそんな表情で語る相手は愛する父親である。そう思うのは当然だろう。



「え? ……あ、あぁ! そうね。お父様は昔から情熱的な方だったわ。だから今も毎日、甘い言葉を下さる……」



 言いながら表情が曇っていく顔を見て、不安を感じた。お母様の言葉の端々から感じるのは「未練」だ。



 母はしばしばこの表情を見せた。


 激しく鈍い父は気づいていない様子だが、その顔が、セラを傷つけていると思いもしないのだろう。



 つまりここにいるお母様は、前作の恋愛ルートでジェラードを手放し、ヴァルターとの恋を選んだ「セシリア」なのだろう。



 今作の……今、目の前にいるセシリアは、今がどれだけ幸せであっても過去を捨てきれずにいる。


 一人の男性ヴァルターに深く愛されているのに、手放したジェラードを忘れられずにいる。



 手放したのは自分だというのに。



 私は……祐希ルーナは、それが自分の母親であっても、こういう女々しい女性は好きではない。



 己の選択を悔やむな。


 そして、足るを知れ。




 過去の主人公ヒロインが、今の主人公わたしたちの待つ未来を邪魔するな。



「お母様はお父様のような方に愛されて、本当に幸せですね」


 そう言って、無邪気にはしゃいでみせた。



(だから、未練は心の奥に仕舞い込んでくださいね、お母様)



 この先、セラの幸せの邪魔をするような事があれば、私はお母様を許さない。


 セラはまだ、男であった過去を捨てきれずにいるようだけど、私のいもうとだから、きっと大丈夫。



 私は、セラと一緒にこの世界で幸せになると決めたのだから!

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