第6話 フラグへ推参!!
ファレルの容姿に慣れ、そろそろイケメンにも耐性がついてきたと感じるそんな頃、彼の口から「そろそろ魔力に対する実技を増やしてもいいでしょう」という言葉がでた。
学びが進み、俺達の知識が増えるにつれ、驚異的だった宿題の量も落ち着きをみせた。余裕が出てきたからこその提案なのだろう。しかし、実技といわれたところで全くイメージが浮かばない。こんな時は「わからない事はその場で聞く」以前、俺が小学生の頃担任に言われた言葉だが、確かにそれが一番効率的なのだ。
「先生、実技とは何をするのですか?」
「私に教えられるのは一般教養としての座学と風の魔力に関する実技のみです。あなた達二人の魔力はさすがに稀有なものなので、私では十分にお教えできないのです。そこで、ルーナは同じ光の属性を持つセシリア様に、そしてセラは……不本意ですがジェラード殿に頼むしかないでしょう」
……でた、ジェラード。
村一つ消せるほどの暴走をさせないためにも、正しい知識や技術を身に付けるのは必要だと俺も思う。だが、母親の元恋人に教えを乞うのはどうなのだろう。
俺は関係ないのだから、何も知らないフリをすれば何とかなるかもしれないが、相手の心中は穏やかではないだろう。俺はおそるおそる提案をする。
「先生、闇の加護を持つ方は、そのジェラード様以外にはおられないのですか?出来ることなら他の方が良いのですが……」
「私もそう思います。ジェラード様は『隠者』と呼ばれる程に人との関わりを拒絶なさっているのでしょう?ジェラード様自身が落ち着かれるまでは、無理にお願いすべきではないと思います」
俺の気持ちを察してか、ルーナも同意見のようだ。
しかし、ファレルはこの意見に難色を示した。
「この国には、闇の加護を持つものも幾人かおります。しかし、セラ。あなたほど加護が強いものに教えられる存在がいるとしたら、それは、同じ『漆黒』を持つジェラードしか居ないのです。……それに、あなたと関わる事で彼も人の心を理解できるかもしれませんしね」
最後に付け加えた言葉は全く気持ちがこもっておらず、棒読みだ。
そもそもジェラードは人ではないのか? 人の心を理解するという言葉の中に、まだ俺達の知らない情報が詰まっているのだろうか。
「お二人はセシリア様に似ていますし、彼と共通点の多いセラならば、出会っても安全に近づける可能性もありますし……直接彼の屋敷に行って闇の魔力を学ぶのが良いでしょう」
彼の、屋敷に……行く?
嫌な予感しかしないのだが、拒否権は無いらしい。
その後、ファレルの意見を親父殿に話してみたところ、迷い無く「アイツならお前の良い先生になるだろうよ」と満面の笑みで言われた。挙句、隣で聞いていた母様には、再び複雑な表情をさせてしまうこととなった。
親父殿! お願い、少しは悩んで!
母様が同じ加護を持ち、直接教えてもらえるルーナが正直羨ましい。
何で俺ばかりがこんな胃の痛くなる思いをせねばならないのか。
母様を悩ませる事なく、この姿で笑って過ごせる時がくると良いのだけれど。
+ + +
鬱蒼とした森の手前で、俺は馬車を降ろされた。
ルーナと母様が心配そうな表情をしていたが、俺はどうにか笑顔で見送った。
二人はこれから実技のために光の塔へ向かうらしい。
さて、迎えの時刻まで、一人になってしまった。
ここに来るまでの道程は、空は雲一つなく澄みわたり、柔らかな牧草が絨毯のようにゆったりと広がって、それを照らす太陽の光も穏やかだった。それなのに……ここは一体なんなんだ。
こんな暗くてジメジメした森の奥に屋敷を作ったというジェラードの人となりが、なんとなくわかるようだ。
(母様を奪われてから、失意のままに、ここに居を構えたわけか)
改めて周りを眺めると、この辺りは密集した木々が日の光を遮るせいで、常に薄暗い。そして、立ち止まっていても肌がベタつくほどの湿度を感じる。そのせいか、木の根本は青緑に苔むしている。絡まり過ぎるほどに蔦も絡まり、倒木も朽ちかけたそのままの姿だ。
見事に失恋した気持ちが表現されているようなこの場所にいると、こちらまでネガティブになってしまいそうである。
(でも、ルーナや母様に「なんとなく怖いから着いてきて」とは言えないし言いたくないしな)
背の高い雑草に悪戦苦闘しながらも、どうにか道を進む。足を取られつつ、どうにか進んでいくと、人を拒むような雰囲気だったものが、突如一変した。
森を抜け、開けた場所にあったのは、大きな庭園だった。
生け垣は手入れが行き届いており、青い薔薇のような花が瑞々しく華やかに咲いている。
この場所全体が優しい香りに包まれていて、ふんわりと鼻孔をくすぐった。
「これは、綺麗だな……」
思わずそう呟く。
漫画やゲームなら、ここで「そこにいるのは誰だ!」とか言いながら館の主人が出てきたりするフラグなのだろうが、残念ながら俺は一人だ。
……乙女ゲームをやらされ続けた身としては、実は一度やってみたかった事がある。
ゴクリ、と喉が鳴る。
周りに誰も居ない事を十分に確認し、青い柔らかな花弁に傷をつけないよう、そっと手を伸ばす。
そして、控えめに咲く可憐な一輪をそっと手折ると、耳にかけた。
花が似合う乙女!
これぞ乙女ゲームのヒロインっぽい感じだ!
ルーナといる時にこんな行為をしようものなら、転がりまわって爆笑されるに違いない。しかし、俺だってヒロイン歴六年を経てもうすぐ七年目になるのだから、こっそりと楽しむくらい許されてもいいのではないだろうか。
そう自分に言い訳していると、近くで「ふっ」と誰かの笑う声がした。
「……誰?」
誰だ、俺の可憐な乙女ごっこを覗いた奴は!!
その言葉を飲み込みながら、声がした方向に顔を向けた。
ここにいるとしたら、それは――。
「ジェラード、様?」
視線の先で微笑んでいたのは、親父殿やファレル先生よりも長身で、飾りのない長衣を着た綺麗な青年だった。
そして俺と同じ漆黒の長い髪は片側でゆったりと編みこまれ、その肩は微かに震えて……いや、激しく震えながら、こらえ切れない様子で吹き出している。
聞いていたイメージと違う!
こんな吹き出すキャラクターでは無かったはずだ。
俺が混乱しているなか、ジェラードらしき青年はひとしきり笑った後、彼から声をかけてきた。
「そうか、そなたはセシリアの子か。言わずとも、在りし日の彼女によく似ている。まさか私の前にあらわれるとはな。それに、その黒髪は……そうか、俺への呪いか」
そう言ってまたくつくつと笑いだした。
え?
まって。
もしかして、これ自嘲?
自嘲なの!?
ネガティブこじらせる人って怖い!
その気持ちを抑えて、俺はジェラードに歩み寄った。
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