第5話 ハードモードに理由はある

「先生は、私の事がお嫌いですか?」



 ……あれ、何だか思っていたニュアンスと違う。そう思ったが、口からでた言葉は戻らない。


 ファレルはもちろん、ルーナまでも鳩が豆鉄砲をくらったような表情をしていた。



「……誰が、誰を?」



 そうファレルが絞り出してくれたおかげで、改めて誤解のない表現へと聞き直すことができた。しかし、ルーナの目が俺を睨めつけているところをを見ると、こちらも何か誤解させてしまったらしい。


「えーと、先生は、私の黒髪と瞳がお嫌いですか?」


「あぁ、そういう意味でしたか! 私としたことが一瞬とはいえ混乱してしまいました。その質問の答えならば簡単ですね。私はセラの漆黒の髪も黒曜石のように美しい瞳も、一度たりとも嫌悪した事はありません。もちろんセラ自身も」……ただ、とファレルは付け加える。「あなたと同じ闇の加護を持ち、漆黒の髪を持つ知人がいるのです。その者に対しては少々思うところはありますが」



 俺が「その人は誰か」を問う前に、向かい側に座っていたルーナが「もしや、ジェラード様、ですか?」とファレルに聞いた。



 ジェラード、その名前には覚えがある。前作「天の乙女」の攻略対象の一人だ。「天地の乙女」でも再び攻略対象として登場する彼は、今回「天」ではなく「地」の攻略対象――つまり、俺の攻略対象なのである。ルーナから聞いた事前情報によると、前作で恋人と失恋した痛みが癒えないまま、心を病んだ状態で登場するらしい。



 できることなら、そんな面倒な相手と関わりたくないのだが……。



 ルーナの口からその名がでた事にファレルは驚きを隠しきれない様子だった。


「ルーナ、その名を何故ご存知なのですか? 彼は今、『闇の隠者』と噂される程度には、表舞台から姿を消しているというのに」



 ルーナがげふげふとわざとらしい空咳をしながら「噂でききましたの……」と誤魔化している。仕方ないので俺もフォローにまわることにした。


「私もその方のお名前は耳にしたことがあります。誰の口から……というのは覚えていないのですが。その方と先生のわだかまり、というのは何なのですか?差し支えなければ教えていただきたいのですが」


「私と彼の間に直接何かがあるというものではないのです。過去に彼とセシリア様、あなたがたのお母様との間に……そして、彼女に憧れた者の一人として、どうしても許すことのできない事情があるのです」



 ……んんっ? つまり俺の母親とそのジェラードが、過去に色々あったということか。前作の攻略キャラクターだった彼は、ヒロインである恋人を失った事で心を病み、今作ではその傷を抱いたまま登場する――ということは、彼の恋人だったのは母親なのか。そして失恋したからこそ、次の物語では王道ルートの攻略対象にはならず、難易度の高いルートのキャラへと回されたわけか。そしてそのルートを進むのは……やはり俺!?



 それならば、母様が俺を初めて見た時に複雑な表情を見せた理由もわかる。


それにしても、よく親父殿は生まれたばかりの俺を見て驚かなかったものだ。妻の元恋人に似た髪と瞳を持って生まれた赤ん坊なんて、俺だったら見た瞬間、脳みそも心臓も活動そのものを放棄するに違いない。


 親父殿の脳みその成分が、ほぼ筋肉でできていて良かった。脳筋万歳、そう胸を撫で下ろしていると。



「すみません、セラ。そんなに悩ませてしまっていたとは露ほどにも思っていませんでした。大丈夫、あなたもルーナも、僕の大事な生徒ですからね」 


 沈黙していた俺とルーナが、未だ悩んでいると誤解したようで、先生は優しい言葉を俺達にくれる。



 その後は、その空気から深く質問することもできずに無難に授業を終え、山のような宿題を残してファレルは部屋を出て行った。




+ + +




 授業も終わり、俺達は同時にベッドへと倒れ込んだ。こんな姿をマナーに厳しい母様に見られたら、即座に説教タイムがはじまるに違いない。


 しかし、それも今日ばかりは許してもらいたい。


 なんせ、母親の恋愛話を間接的に聞かされた挙句、いずれその相手と対峙せねばならないと思うと憂鬱でしかないのだから。



「……なぁ、ルーナ。もしかしてお母様とジェラードの関係を知ってて黙ってたのか?」


「黙ってるもなにも、ジェラードのルートはあんたの隣でせっせと攻略してたじゃない。ジェラードだけじゃなくどのキャラもだけど。彼と女王を恋愛させるエンドも見たし、次にセシリアとも恋愛させたし。最終的に失恋エンドを見るためだけに振ったり。なかなか難しかったんだから! でも、まぁ、そのセシリアが二作目では聖女ではなく、私達(ヒロイン)の母親になっているとは思いもしなかったんだけどさ」


 俺は記憶の糸を必死で辿った。


 そういえば、前世はよく居間で転がりながら菓子を食い散らかしつつ乙女ゲームに勤しむ姉を、残念な気持ちで眺めたっけか。



 だが、ジェラードの顔を思い出そうにも、黒髪のキャラは様々な乙女ゲームに登場していたし、そもそも「天の乙女」はストーリーを進めるところだけは手伝わされたが、肝心の恋愛ルートに入ると祐希がヘッドホンをつけて、ぐふぐふと楽しんでいたからあまり覚えていなかった。


「……だめだ、全く思い出せない。とりあえず興奮して口の端から菓子をこぼしながらゲームを進める祐希の姿は覚えていたぞ?」


「そこはもう記憶から消去しておいて。今は金髪美少女のルーナなんだから!」



 淀みなくそう断言できるのは少し羨ましい。


 髪の色は違えど、ここでは一卵性の双子だからその容姿は同じなのだが、黒髪より金の髪の美少女の方が断然華やかである。



「前作でのジェラードは、どうして母様に失恋したんだ?」


「彼の失恋ルートを見るには、確か……まずヒロインでセシリアを選択して、ストーリーのパートナーにジェラードを設定して恋人状態から始めるのよね。ただ、途中で他のキャラクターとの分岐もいくつか出現するの。その中でも恋のライバルとして、誰よりグイグイくる情熱的なヴァルターが問題なのよ。ゆっくりとイベントが進むジェラードに比べて、ヴァルターは短期間で連続的に発生するから、即親密になって彼のルートに移行しやすい……って、そういえばヴァルター、お父様だわ」



(あー、グイグイいくわ。あの親父殿なら)



「って、あの親父殿が、前作でイケメンキャラだったのか?」


 筋骨隆々でマッチョとよばれる体型。どちらかと言えばイケメンならぬイケゴリラ的な顔面の持ち主だと思うのだが……。


「無駄な筋肉を削り取って、顔の真ん中だけ切り取ってみたら、なんとなくわかるわよ」


 俺はルーナに言われた通り、脳内でも暑苦しい親父殿をシャープにカスタムしてみた。



「……ゴリラが、イケメンになった! 親父殿が進化した! 見事に進化したぞ!」



「でしょ? 私もついさっきまで、ゲームのヴァルターとお父様が同一人物だと気づかなかったわ」



 時の流れは人を変えるというけれど、ここまで物理的に変化するのは残念でならない。


 ただ、やたらグイグイと惜しげもなく愛情表現をしてくる己の父親を想像すると、奪い取られてしまうのも妙に納得できる。しかし、その時のジェラードを思うと、どこか『昔』の自分と似ている気がした。


 好きな相手に上手く気持ちを伝えられず、友達以上恋人未満。そして最終的には「いい人」止まり……。


 彼は俺と違って「恋人」だったのだから、それが失われて病む気持ちもわからなくはない、かな。



 会えたら愚痴を聞くくらいは出来るかもしれない、そんな気がした。

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