第4話 最初のイケメンと遭遇

 室内に控えめに響くノック。


 そのノックに似合う、静かで物腰の柔らかい印象の男性だった。


 右目に片眼鏡モノクルをつけており、その髪は風の加護を持つもの特有の淡い緑が、肩先から前下がりに揃えられている。日本人男性……というより、同じ次元の人間ならば、正直大半が似合わないであろう髪型だったが、彼の整った容姿にはとてもよく似合っていた。父が言うには、彼は主に書を嗜むらしく剣は不得手なのだとか。そのせいか透けるような肌をしていた。いわゆる白皙の美青年、といったところか。



「ルーナ様、そしてセラ様。初めまして、アゼルス家のファレルと申します。ヴァルター様直々に声をかけていただき、今日よりお二人に座学をお教えすることになりました」



 そう言って礼をとると、ファレルは俺たちに目線を合わせて立膝をつき、微笑んだ。



(イケメンの笑顔やばい!)



 元同性ではあるが、その完璧な微笑みを前にすると、語彙力もはるか彼方へ消し飛んでしまいそうな破壊力がある――そんなことを考えていると、隣ではルーナが可愛らしくお辞儀をしていた。


 俺と二人でいるときのルーナは、『祐希』だったころの……どちらかというと女らしさの欠片もない残念な類い《たぐい》ではあったのだが、そのあまりの「子どもらしい可愛らしさ」には驚いた。




「初めまして、ファレル様。わたくし、ルーナ・ウェインと申します。こちらは双子の妹、セラ。ファレル様のことは、先生、とお呼びしてもよろしいでしょうか」



 六歳とは思えない仕草と挨拶に、家庭教師のファレルは驚いた様子を見せた。



「ありがとうございます、ルーナ様。しかし立場としては私の家はあなたのご両親の下になりますので……」


その言葉を遮って、ルーナはファレルの手をとった。


「どうか、ルーナと呼んでくださいファレル様、もちろん両親とその家名は理解しています。でも私とセラはその家に生まれただけで、その名に相応しいことなど何もしておりません。そしてこれからはファレル様に教えを乞う立場です。だからこそ先生とお呼びしたい……それではダメでしょうか?」



 ルーナはファレルの手を握ったまま、真っすぐに見つめて上目遣いをしている。


 子どもの姿ではあるが、金髪に琥珀色の瞳の美少女の上目遣いは反則的な魅力がある。俺はそんな二人を客観的に観察していたが、どこか迷いのある表情をしていたファレルは、軽く息をはくと、くすりと笑った。



「分かりました、ルーナ。これからよろしくお願いします。私の持っている全ての知識を貴方達にお教えできるよう努力いたします。――そして」そう言うと、くるりと顔を俺にむけ「セラ様も、これからよろしくお願いします」


 そう微笑んだ。そんな顔をされると、もはや頷くことしかできない。これは容姿に恵まれた人間のもつ魅力だろうか。緊張しつつも、ルーナに遅ればせながら挨拶をした。



「もちろんです、先生。私はセラ・ウェイン、ルーナの妹です。よろしければ、どうか私の事もセラ、と。この世界の様々な知識を私たちに教えてください」



 女らしい振る舞いは苦手だ。しかし家のためにも、そして将来のためにも、ここは頑張るしかない。


 スカートの裾をもち、片足を少し引いて頭を下げる。映画やアニメでよく見た、お嬢様がお辞儀をする仕草だ。ここのマナーも現代日本で覚えた知識が役に立つ。



 その礼に驚きつつ「お二人とも、その歳に不相応なほどの知識がおありのようですね。僕がお教えできることがあればよいのですが」と、彼はまたふわりと穏やかな微笑みを浮かべた。




+ + +




「申し訳ありません、難しいです、先生……」


 俺はがっくりと項垂れた。


 あの日から魔力以外の座学、そのほぼ全てをファレル先生が教えてくれているのだが、日を追うごとに、彼は初めて会った時の控えめな態度と優しい言葉遣いだけはそのままに、全く異なる姿を見せるようになっていた。



「おや、解けませんか。ここは宿題の範囲内だったはずですが……学びが甘かった、という事ですか?」


 その微笑みは相変わらず麗しい。しかし、黒いナニかが背後に見えるようだ。



「先生、私も降参です。教えて下さい」



 ルーナが同じように机に突っ伏して両手を上げている。

 表面上だけでも可憐に繕ってみせた初日は何だったのだろう。


 ファレルは盛大なため息をひとつ吐き出したあと、つらつらと語り始めた。



「君たちの母上は現女王陛下の妹であられる。お二人で聖女を務めていた時代には、民の誰もが一度は憧れたものです。その娘であり、陛下の姪であるというその立場を理解すべきです」



 ファレルは母に憧れていた一人らしく、語りだすとやたら長い。俺達は聖女であった頃の母と似ているらしいのだが、特に同じ加護を持つルーナの容姿はより一層似ていると言われていた。そういう相手にはつい甘くなりそうなものだが、ファレルは常に平等で、生徒に対する当然の厳しさをもつ。



 しかし、そんなファレルも一度だけ、俺に対して複雑な表情を見せた事があった。



 ――あれは魔力の技術ではなく知識として教えられた時のことだ。



 属性の加護について教えられていた時「加護はその身に色としてあらわれ、より強いものほど濃くあらわれる」そういうと、ファレルは俺の髪に一瞬だけ目をやった。漆黒に近い黒髪。瞳も同様だ。忘れることが出来ない、母が見せたあの表情と同じものだった。



 あの日からタイミングを逃していたが、元来悶々としているのは好きではないので、いっそこの場で聞いてみることにした。



「先生、『理解しなければならない立場』なのは理解しています。前から気になっている事があって、今日はそれを質問してもいいですか?」



 そういうと、ファレルは語るのをやめ「どうぞ」と続きを促した。

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