第3話 子どもの時間

 月日がたつのは早いもので、赤ん坊だった俺達も先日六歳の誕生日を迎えた。


思えばこの六年間、世界の元となった乙女ゲーム「天の乙女」を、半ば無理矢理手伝わされた経験のおかげで、概ね平和に過ごしてきた。


この世界には生まれながらに魔力の「加護」というものがある。


 光、闇、炎、水、そして地と風。加護の強さには個人差もあるが、ファンタジーによくある属性だから、そこはすんなり受け入れられた。


 その加護は主に瞳や髪、時には皮膚の色として出るらしい。



「セラはゆくゆく地の聖女になってもらう予定だから、闇の加護にしてもらったの」


 ふふん、とルーナが鼻をならす。


 ルーナ自身は光の加護を持ち、髪は綺麗な金色だ。


「ルーナは天の聖女になるために、貴重な光の加護をもらった……だろ? で、母様と女王陛下は前作のヒロインだからルーナと同じ光の加護を持っていて、親父殿は炎の加護。それ、もう何百回も聞いたよ。ともかく、今日から家庭教師が来るんだから、少しでも勉強しておかないと。頭の悪いガサツな聖女なんて誰も憧れないぞ?」




 日本で開発された乙女ゲームが元となっていたからか、この世界は俺たちにとって都合の良いことばかりだった。言葉や文字も、ゲームの画面同様日本語で表示されていたし、それが世界全体の共通言語でもあるらしい。言葉や知識は「前」の記憶や経験でどうにかなるのだが、残念ながらそのせいで混乱してしまう部分もあるのだ。



 それは第一に「女」として生きている違和感である。


 この世界の令嬢は足首あたりまで長さのあるワンピースが基本のようで、風通しのよい股下が頼りなくスカスカする感じがどうも慣れない。だからこっそりと、村の子供が履くような短いズボンを使っていたのだが、母様や侍女たちに気づかれて、こっぴどく叱られてからは着用していない。


 諦められず隠れて長いズボンを履いた時など、ワンピースの裾が風に捲られたせいで、うっかりさらされてしまい、俺達付きの侍女を相手に半日ほど説教されたものだ。



 そして第二に悩むのは己の立場だ。


 俺ことセラの髪は漆黒で、その瞳も同様だ。日本人が黒い瞳に黒髪というのは全く珍しくはないのだが、この世界では畏怖(いふ)の対象らしい。


 闇の魔力というのは光と並んで稀有なものであるが、光と異なるのは、時にその強さで暴走することもある――らしい。その暴走で村が一つ消える被害もあったというのだから、相当なものだ。もちろん、幼いうちに適切な教育を施せば制御はできるようになると言われているものの、それを教える事の出来る者の少さと、いつ起こるかわからない暴走への恐怖から、親が存在そのものを拒否することさえあるという。


 俺やルーナは、幸い両親に受け入れられている。が、生まれたばかりの俺を見た時に一瞬だけ見せた、母の複雑な表情は、そのせいだったのだろうか。



「とりあえず、家庭教師が来るまでにこれまでの続きを復習するか」



 俺は、度々「天の乙女」の情報と、今作の二つの物語の事前情報をルーナから聞き出し、可能な限りメモを残していた。できるなら、全ての恋愛フラグというフラグをへし折り、将来それぞれが属する「塔」とよばれる場所で日々祈りを捧げる「聖女」となるために。


 ちなみに、「塔の聖女」ルートというのは、乙女ゲーム的には「ノーマルエンド」らしい。誰とも適度な距離で接して親密にならず、ただ黙々とストーリーを進行させるとたどり着くのだとか。そのため、ゲームを愛する乙女たちは、エンディングまでの短い期間に狙いを定めた攻略対象と数々のイベントをこなし「幸せな恋愛生活をおくりながら聖女となる」という「真の聖女ルート」を目指す。




「バッドエンドもあるから、聖女としてやることだけはやろうね」



 そうなのだ。


 男の俺には厳しい選択ではあるが、キャラクターたちとの親交が低すぎても「聖女として不十分」と判断され、地位を剥奪。「家」の評価が下がるのだとか……。



 この家に生まれた以上家名に泥を塗りたくはない。


 幸せそうな両親のためにも、努力でカバーできる部分はなんとかしよう! そう心に誓っていると、家庭教師が到着したと侍女が告げにきた。



 六歳となって初めて俺達につけられる家庭教師。



「家庭教師の名前は『ファレル』。この人はゆくゆく『天』の攻略対象なのよ」少し興奮気味に頬を紅潮させているルーナ。どうやら好きなキャラクターの上位にあたるらしい。



「私たちが『聖女』になる頃には、この世界で最年少の宰相となっている人なのよ! 安定した将来を目指すなら彼一択ね」




 子供の姿からは似つかわしくない打算的な言葉ではあるが、そこがルーナらしい。



「それにしても、好きなキャラの若い姿を堪能できるなんて思わなかった!」


「おいおい、俺たちだってまだ姿は六歳なんだから、浮かれて変な行動するんじゃないぞ?」


「わかってるって。それはセラにも言えるんだからね。『セラ』になって六年たつのに、まだ『男』ぶってるでしょ」



 そんなことを言われても、二十年以上『男』だったのだ。女としての歴の方が短いのだから、こればかりは仕方ない。



「今を楽しまないと、後で後悔するよ?」



 ルーナがそう言った時、俺たちの部屋に控えめなノックの音が響いた。

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