第2話 男歴26年目の乙女誕生!
暗く狭い道の果て。
そこから漏れてくる光。
闇の中ではほぼ何も見えないのだが、先を進む祐希がこちらを振り返って「さあ、行くよ」と、そう言って笑った。
そんな気がした。
わけのわからぬまま、続いてその光の中に飛び込むと、視界は白くぼやけていたが暖かな温もりを感じる。
誰かの優しい声がした。
そしてふわりと柔らかなものに包まれながら、そっと抱きしめられるような感覚。
「おめでとうございます! お二人とも元気で可愛らしいお嬢様でございます!」
……は!?
はっきりと聞こえた不穏すぎる言葉に、思わず目を擦りながら改めて周りを見渡した。ベッドで産まれたばかりの赤ん坊を抱いているのは、日本人とは思えない容姿のとても綺麗な金の髪の女性だ。そのまま視線をあげると、赤ん坊の姿になった俺をそっと抱きしめていたのは、その繊細な行為に不似合いすぎる筋骨隆々の屈強そうな赤い髪の男だった。
「お姉様の導きの通りになってしまいましたね」そう女性は言う。
「この日に生まれた双子の乙女が、いずれ世界を救う聖女となる……私達で断ち切る事のできなかったものを、この子たちに背負わせてしまうのね」
混乱しそうになる記憶を、どうにか落ち着かせて現状を考える。何故思考が俺のままなのかはわからないが、二次元を愛する俺の脳が導き出した答えは、おそらく、どうやらこれは物語にありがちな「赤ん坊としてこの世界に転生」をしてしまったらしい。
考える課題は色々ありそうだが、それでも生まれながらに言葉が理解できるのは有り難い。そう改めて観察してみると、女性は複雑そうな表情で腕の中の赤子を抱きしめていた。その金色の産毛が可愛らしい赤子は、俺と目が合うとふにゃっと微笑んだ。しかし、よくみると片側の口の端が上がっている……祐希がよくする癖のある笑い方だった。それに気付いた事が伝わったのか、その唇が俺にむかって「ばーか」と動く――間違いなく祐希だ。
「大丈夫だ、セシリア。なんせ俺とお前の娘たちだからな。この先どんな困難があろうとも、お前譲りのその美しさと優しさ。俺からは強さと……強さが受け継がれているはずだからな!」
強さしか持ち合わせてないのか!!
思わず屈強な男に目を向けると、男もこちらを見ていたようで、にかっと破顔した。
「見てみろ、この子たちは美人になるぞ! ……それに、いっそ聖女になってくれたほうが、誰にも嫁にやらずにすむかもな」
俺の親父もよく言っていた言葉だが、娘をもつ男親にありがちな発想だ。そう思ったが、どうやら俺は、俺ではない新たな存在としてこの人たちの「娘」になってしまったらしい。考えねばならないことは山ほどありそうだが、これだけは伝えておこう。
「はじめまして親父殿、かな。そこにいる祐希はともかく、さすがに俺は嫁に行ける気がしない……というより、男のプライドもあるから嫁をもらうならともかく、嫁にはなりたくはない。だから、必要な時がきたのなら、職業として聖女でも何でもやってやるよ」
そう言ったつもりが「だぁーう」という赤ん坊ならではの
それを聞いた母となる女性は微笑んで
「もうお喋りをしてくれるのね? ヴァルター、この子たちはきっと貴方のお母様に似て賢くなるわ」
そして、ヴァルターという名の父と、セシリアと呼ばれる母が、その日一日の時間を目一杯使って名前をくれた。
祐希には、親父の亡き母――つまり俺達の祖母となるはずであった女性の名である『ルーナ』。そして俺の髪と瞳の色を見て、何故か母は表情を曇らせながら『セラ』と名付けた。
+ + +
「うあー」
「んんー!」
部屋に置かれた赤ん坊用の小さなベッドの上に、俺と祐希……改め、ルーナとセラが寝かされていた。
傍から見たらただの喃語なのだが、不思議な事に、俺達二人は普通に会話をする事ができたのだ。
「なぁ、祐希。これってお前が買ったゲームの世界……だよな」
「祐希って呼ぶな、ルーナと呼べ! ……それはともかく、うまく転生できたみたいだね。でも、まさか赤ん坊からとはね。ゲームがスタートするのは16歳の誕生日だったはずだから、それまでは『娘』でいればいいんじゃない?」
「そこ! 俺が言いたいのはまさにそれ! 何でオレまで『娘』になってるんだ?」
そう言うと、「ルーナ」は俺達が死んだ直後の出来事を説明し始めた。
どうしても乙女ゲームがやりたかった祐希は、このまま素直に召される気は全く無かったらしい。
せめてゲームだけでもクリアさせてもらえたら――そう人ならざる存在に交渉したらしい。
しかし、あそこにはもちろん電気もテレビも存在しない。そんな場所ではどうにもならず、ならばいっそゲームの世界に入らせろ! ついでに、一人でクリア出来ないゲームなら、どっちのルートも見られるようにしてしまえ……で、
ゲームではないが、その世界のまま新たな空間を生み出した。それが「ここ」らしい。
「ここがどんな世界なのかは、これから学べばいいんじゃない? 前作の情報はあっても、今回の作品は小出しにされた情報以外攻略本も存在しないんだしさ!」
その後、ゲームについて話していたところ、主人公である二人の『聖女』は、品行方正でとても優秀であり、街の人々から慕われていた。そんな高すぎるハードルの設定をルーナが思い出したせいで、生まれたその日に「何はなくともマナーと勉強!」という子供らしからぬ目標をたてることなった。
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