天と地の乙女~次の人生は、強制的に聖女一択!?~

谷口 由紀

第1話 雨にも負けない発売日

 今日は待ちに待ったゲームの発売日だ。


 昨夜から続いている雨が激しさを増してはいたが、こんな日でも開店前の店には長い列ができている。そして、隣に並ぶ俺の双子の姉である祐希ゆうきは、そんな天気をものともせず気持ち悪いほどの笑みを浮かべていた。


 本来ならば、男である俺がここに並ぶのは躊躇ためらわれる……目当てのものはそんな代物だ。


 店の壁に貼ってあるポスターに「おひとり様1タイトル限定」とあるが、同じタイトルの作品が「天」と「地」の物語に分かれているらしい。

 しかし、頼まれたとはいえ「天地の乙女」などという、なんとなく気恥ずかしいタイトルの乙女ゲームを買うのは、男としていかがなものだろう。そんな悶々とした気持ちをよそに、列は緩やかに動き始めた。


 祐希の説明によると、目当てのゲームは数年前に発売された前作「天の乙女」の続編で、今回は新たな「天」の物語と、追加された「地」の物語。それぞれにヒロインとストーリーがあり、攻略対象も異なるのだとか。二つのソフトを揃えるメリットとしては、攻略後には第三のストーリーも楽しめるようになるらしい。そんな仕様になっているからか、俺達のように複数人で並ぶ者たちも少なくない。


「なぁ、祐希はどっちがやりたいんだ?」


 無事目当てのものを購入した後、ほくほくとした顔で帰路につく祐希に訊く。


「あたし?  あたしは王道な恋愛ルートが好きだから前回と同じ『天』かなぁ。『地』の攻略キャラは少ない上に、なんとなく地味だし、難易度だけは無駄に高いらしいし。でもどっちもエンディングまで行かないと、第三ルートは無いっていうから、『地』はあんたが進めてね」


 ふんふんと鼻息荒く計画を伝えてくる。


 これは今に始まったことではないが、好みではないキャラやルートを押し付けるのは祐希の癖だ。ゲームに組み込まれているスチルやイベントを全て回収して、100%のエンディングを見るため……とはいえ、好きでは無いキャラをプレイするのは無駄、という事らしい。


 ――その時だった。


 傘をさした俺たちの狭い視界に飛び込んできたのは、道路に走り出す子猫と乗用車。

 

 雨と、子猫と、車。

 嫌な予感しかしない。


 ……俺たちは、いわゆる二卵性双生児ではあったが、命が芽吹き花開くその瞬間まで二人で胎内を共有したからか、普段の性格も含め、その容姿、行動までもよく似ていると言われていた。


 だからなのだろうか。


 そして、この行動が、結果的に俺たちの時を終えるきっかけとなった。



 濡れた道路に走り出た子猫を救おうと、咄嗟に、また同時に身体が動いた。そのせいなのか、何故か恐怖よりも先に笑いが込み上げた。お互いにそう感じたからなのか、視線が絡み合う。


 口の端をあげ、少し困ったような笑顔で、祐希の唇が「ばーか」と動いたのが見えた。


 共に車にぶつかる直前、どうにか子猫を掴んだ祐希が、そのまま優しくふわりと道路脇の植え込みに放り投げたのが見えた。――よかった。俺は間に合わなかったけれど、子猫だけは無事だ。


 しかし、迫りくる衝撃だけは避けようが無かった。



 ……死ぬ、のかな?



 願わくは、二人の子供を同時に失う両親や、残された兄弟たちの悲しみが、時間とともに癒されればいいのだけれど……。

 走馬灯のように両親と兄や姉、幼い弟妹たちの顔が次々と浮かぶ。そして幼馴染である親友と、密かに片想いをしていた彼女の顔も。ここでそれを喜ぶのは不謹慎かもしれないが、大切だと思える存在が多くてよかった。



 そして――。



 なぜか、思っていたほどの激しい痛みは感じないが、視界が赤い。倒れて地面についた身体は、降りやまない雨と、自分からとめどなく溢れるもので濡れている。視線の先には、同じように赤い沼に沈みかけながら、こちらに手を伸ばす祐希が見えた。


 こんな時なのに、心配なんてするなよ。


 大丈夫だから――そう安心させたくて、動きが鈍くなった自分の腕を精一杯伸ばし、その指先を掴んだ。その瞬間祐希がくわっと目を見開いて「違う! あんたの横の私のゲーム!」と叫んだ。


 あぁ、そうだった。ゲームの続編が発表されたその日から、今日の発売日を心待ちにしていたもんな。開店二時間前からこんな雨の中一緒にゲームを買いにきたんだもんな。でも店員さん、俺を見て笑っていたよな……。乙女ゲームだから、当然だよな。


 え、ちょっとまって、最期なのに回想がこれ!? 

 せめてさっきの走馬灯に戻して。


 ……そう思いながらも、意識は戻れぬ闇へと混濁していった。



+ + +



 そこから次に目が覚めた時、何故か明るく薄ぼんやりとした景色が広がっていた。

 ふわふわとした綿のような地面が心地良い。夢見心地で微睡まどろんでいると、この雰囲気に不似合いな音が聞こえ始めた。


 音に目をやると、少し離れた場所で祐希が誰かの胸ぐらを掴んで激しく揺らしている。手に持ったゲームソフトでぱしーん、ぱしーんと往復ビンタもしているようだ。巻き込まれないといいなと願いつつも、せめてソフトはちゃんと大事にしようね。


 しかし、昔から祐希はわりと短気だ。


 家族から、「ここぞ」と言うときの性格はよく似ていると言われたが、俺はこういう激しさを持ち合わせていない。親はもちろん、兄弟姉妹たちからも「性別逆ならよかったのにね」と真顔で言われたものだ。


 うまく目覚めぬ意識のまま様子を眺めていたら、断片的にではあるが祐希の声が聞こえてきた。「せめて望む世界に……」だとか「やり残したゲームがまだ……」とか、「昨今流行りの転生が……」など。


 揺すぶられ続けていた相手から根負けしたように「叶えよう」という言葉が吐き出された。

 その言葉に祐希は拳を高々とあげ、ガッツポーズをしている。

 ……こうやって見ると、ただの悪人のようだ。


 祐希に揺さぶられ、更にゲームで殴られていた人物がこちらに歩み寄ってきた。霞がかった姿だからか、年齢や性別さえもよくわからない。


「あの、怖ろしいほどの勢いはさておき……愛しく弱い命を救うことに微塵の迷いもなかった。そんな心優しき二人の乙女には、似合いの世界やもしれぬな」


 そんな不穏な声が聞こえた気がした。

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