二人の迷推理

 辺見さんに怖い顔で詰問されて、私は結局洗いざらい話してしまった。話し終えての第一声は、私の予想した通りのものだった。


「秋吉さんの聞き間違えでは?」


 まあ、誰でもそう考えるだろう。一柳家の当主と、しがない新参者の使用人なら、前者を信用するのが当然だ。しかし、私は聞いてしまったのだ。はっきりと。


「でも、聞こえたんです。間違えようにも、似たような言葉って、ありますか?」


「うーん、7歳の女の子……ナナさんの女の子?」

「ナナさんって誰ですか? 大旦那様のお知り合いにいますか? それに、売りたいってどういう状況ですか?」

「売りたいそうだ……『売りたいソーダ』。飲料ビジネスをはじめるということでは? つまり、ナナさんの女の子が好きなソーダを売りたいと……」

「辺見さん、『を』と『が』が変わっちゃってますよ。私が聞いたのは『7歳の女の子を売りたいそうだ』! それに英語じゃあるまいし、語順がおかしいですよ。日本語なら『ソーダを売りたい』って言うでしょう?」

「旦那様は一昨日イギリスからお帰りになったばかりだから、つい英語の語順で話してしまったとか。英語なら目的語が最後に……」

「なら、英語で『I want to sell soda』と言うのでは?」

「うむ……」


 辺見さんは考えこんでしまった。私は、辺見さんの胸ポケットのタータンチェックのチーフが目に留まり、ふと、ある考えが浮かんだ。


「旦那様は、英国に頻繁に行きますよね? 英国と言えば? スパイ! ジェームズ・ボンド! 人身売買の脅威にさらされている少女を救うために、大旦那様はおとり捜査官として、あえて人身売買組織の仲間として行動しているとか」

「確かに、英国はMI6という諜報機関があってスパイ活動に長けているというイメージはありますね。しかし、それはあくまで自国の権益を守るため、例えば敵国の軍事力の脅威を測るといった活動で、スパイがいたいけな少女を救うために身を挺して活動する、などというのはハリウッド映画の世界の話ですよ」

「ですよねー」

「仮に大旦那様が人身売買の壊滅に取り組むとしたら、NPO法人をひとつ作って、貧困地域に産業の核となる事業を展開して、問題を根本から解決するように働きかけるでしょう」

「ですね……」

「秋吉さん……旦那様は、ひょっとして犬とか猫の話をしていたのでは?」


「違うだろうね」


 振り向くと、秀麗ひでつら様が不機嫌な顔で立っていた。

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