名探偵登場

「紅茶を飲みたいと思って、もう10回近く部屋からベルを鳴らしていたんだが、まったく返事がないので来てみたのだがね」

「す、すみません」

「申し訳ございません」


 私と辺見さんが合唱で謝る。


「今日は……ダージリンがいいかな」


 秀麗様のリクエストを受けて、辺見さんがテキパキとお茶の支度を始める。その様子を満足げに見ながら、秀麗様は説明を続けた。


「犬や猫の平均寿命は12、3歳だ。子犬や子猫ならまだしも、7歳ともなると金銭と引き換えに売るのは難しいだろう。お金などいらないから誰かに譲りたい、というのならわかるがね――それで、その問題の声というのは、具体的にはどういう言葉だったのだね?」


 ああ、万事休す。もっとも聞かれてはいけない人の前で、私と辺見さんはべらべらとしゃべり続けていたのだ。

 そんな私の焦りと反省と逃走欲求をよそに、秀麗ひでつら様は手近にあった椅子を引き寄せ、ドアと私の間にどっかと腰をかけた。

 もう、逃げようがない。私は観念して、正直に話すことにした。


「ええと、今朝がた大旦那様の部屋の前を通ったときに、『7歳の女の子を売りたい』と」

「ほかには?」

「あとは、『母親』と『ストール』というような単語が聞こえました」

「ふぅん……」


 秀麗様は、辺見さんが淹れた紅茶を一口すすり、満足げにため息をついた。


「辺見さん、ジャムタルトはあるかい?」

「はい、ただいま」


 辺見さんはいそいそと棚からジャムタルトを取り出した。


 それを待つ間、秀麗様は、「7歳…売りたい……イギリス……秘書……」とぶつぶつと呟いている。


「ところで、父上の秘書の佐竹さんは、今日はお休みだったね」

「?……はい。お休みですが……」


 私の返事を聞きながら、秀麗様はジャムタルトを口に運ぶ。大松デパートから取り寄せたバターたっぷりの品だ。サクサク、ほろほろとした口あたりで、ダージリンティーにはよく合うだろう。

 秀麗様が満足げな顔をしているので、私は恐る恐る聞いてみた。


「あのぅ、佐竹さんがどう関連しているので……?」


 これは、会社ぐるみのビジネスとしてやっているということか?


「父上は、昨日までイギリスにいたね。昨日の夕食の席では、アスコットにいったとも言っていた。異常なコスプレを楽しむ人々でにぎわう、世界一有名な競馬場がある地だよ。父上は競走馬の取引の話をしていたのでは?」

「え?」

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