大旦那様への疑念

 辺見さんは、執事として一柳家に30年近く仕えている。この家のことは何から何まで熟知しており、一柳家への忠誠心も並々ならぬものがある。うかつなことを言ったらお家の敵とみなされ、下手をすれば職を失ってしまう。私は、外堀からせめていくことにした。


「一柳家は、とてもお金持ちですが、家業というのはどういったものなのですか?」

「主に、貿易関連ですね。繊維製品や陶磁器などと、あとは美術品などと聞いています。ビジネスのことは、私よりも大旦那様の秘書の佐竹さんの方がお詳しいでしょう。私は、あくまでこのお屋敷の中のことだけをやっていますから」

「なるほど」


 貿易! ひょっとしてそのの中には、いたいけな少女が……?


「大旦那様は、大奥様が亡くなってから、ずっとおひとりなのですよね?」

「ああ、秋吉さん。あなたはまだ、お若いし、勤めて間もないからわからないかもしれないのですが、一柳家のような名家では、使用人がみだりにご主人様のプライバシーを詮索したりするものではないのですよ」

「はぁ……」


 叱られてしまった。しかし、そのような名家であるなら、先ほど私が聞いてしまった言葉は、なおのこと問題なのでは?


「とはいえ、知らずに何か失礼なことを口走るようなことがあってもいけないので、一応申し添えておくと、大旦那様は20年前に奥様を亡くされてから、ずっとおひとりです」

「ご再婚などの話は……」

「まあ、これだけの名家ですからね。いろいろなお話はあったようですが、結局すべて大旦那様がお断りになられて、独身を通していらっしゃるんですよ」


 20年前なら、大旦那様もまだお若い。その後、ずっとお一人を通していらっしゃるということは、やはり大旦那様には、普通の女性では満足できないという、つまりは隠れたイケナイ趣味がおありなのだろうか? そしてその趣味が高じて、ビジネスとして……。


 いや、イケナイ趣味どころか、これは犯罪だ。

 雇い主への忠義か、社会人としての良心か……私は自分の心が風に吹かれる天秤のようにくらくら揺れているのを感じた。顔色がだんだん悪くなるのが、自分でもわかる。

 急に、辺見さんの声が飛んできた。


「秋吉さんっ!」

「は、はいっ!」

「……何かありましたね?」

「う……っ」

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