大旦那様の秘密
黒井真(くろいまこと)
ここは名家・一柳家
私の名前は
とは言っても、普段は足がやや不自由な秀麗様の外出に付き添い、家の中でたまに話し相手をするだけの、仕事とも言えない仕事をこなすだけの毎日だ。
秀麗様は、週に2日の大学での外部講師の仕事(それも休講が多い)、大旦那様不在時に一柳家のビジネスにおける少々の雑務をする以外は、趣味の世界に没頭する生活を送っている。
文学全集を読み散らかし、紅茶を飲み、画集をめくり、紅茶を飲み、ピアノをつま弾き、紅茶を飲み……世間的には、これは「スーパーニート」と呼ばれる生活では? と思うほどだ。
そんな優雅な生活を送っている秀麗様のご機嫌が悪くなるのは、仕事で主に海外を跳びまわっている大旦那様がご在宅のときである。
一昨日、英国から帰宅した大旦那様があさってまでご在宅ということで、今日の秀麗様は朝から自室に閉じこもって文学全集とにらめっこしている。
大旦那様は、そんな秀麗様に何事か言いたそうにしているが、言い出しかねているという風。
名家でもドメスティックな揉め事というのはあるものだ。
大旦那様の秘書の佐竹さんがいてくれると、何かあったときにうまくとりなしてくれるので大いに頼りになるのだが、あいにくと旦那様と英国滞在のおりに風邪を引いたとかで今日は自宅で休んでいる。
ああ、私じゃ何か起きたときにどう対処したらよいのか、わからないというのに。
しかも今朝、私は、大旦那様の口からとんでもない言葉を聞いてしまったのだ。
たまたま大旦那様の部屋の前を通りかかったときである。
「7歳の女の子を売りたいそうだ……母親の……ストール」
まぎれもなく、大旦那様の声だ。
――7歳の女の子を売りたい。
これがヤクザの事務所、あるいは貧困国のスラム街で聞いた言葉なら納得だ。前者なら即座に最寄の警察に駆け込むだろう。後者なら、つたない英語で親を説得し、自分にできることとして、いくばくかの金額をしかるべきNPO 法人に寄付するか署名活動にでも参加するか、なにかするだろう。
しかし、ここは名家・一柳家で、声の主はその当主なのだ。私が戸惑うのも無理ない話ではないか。
私はあまりのショックに頭が真っ白になり、音を立てないように、その場を離れるのが精一杯だった。
これが、1時間前に私を襲った出来事である。
私は、お屋敷の全てを取り仕切っている執事の辺見さんにそれとなく聞いてみることにした。あくまで、それとなく、である。
まさか、「大旦那様はロリコン人身売買ビジネスに手を染めていますか?」とは
聞けない。
さて、どう切り出したものか。
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