芥子色のライダース・ジャケット take #2
芥子色のライダース・ジャケットは、いつも私に古いフランス映画を思い出させる。
1940年、フランス、マルセイユ。
第二次大戦中、ナチス・ドイツは後に「電撃戦」と呼ばれる戦車を効果的に使ったスピーディーな攻撃で、隣国フランスをさしたる抵抗もさせず、一気に占領下においた。その結果、イギリス軍をヨーロッパ大陸から駆逐することに成功した。
ナチス・ドイツは自らを「第三帝国」と呼称し、その帝国の文化向上の為、占領した欧州各地に置かれた美術品を次々に略奪した。支配下に置かれたフランスは、帝国のファシズムの配下に置かれ、帝国に忠実を誓わされた。
国民の多くはその圧倒的な武力の前にただ、
が、フランス人民の全てがナチス・ドイツに恭順した訳ではなかった。
パリは言うに及ばず、国内各地には
映画はその臥薪嘗胆の日々の中、フランス南西部の港町、マルセイユを舞台に展開する。主人公はまだ二十歳前の少女だ。
街のカフェを我が物顔で占拠するグレイの軍服を着たドイツ人に、感情を押し殺した顔で接客する給仕係が彼女の昼の仕事だ。
しかし夜になれば彼女は、なめし革の丈の短いジャケットを着て、街の教会の地下にある秘密の石室にやってくる。
白黒のムービーフィルムの中で、彼女がまとっていた皮のジャケットの色はわからない。そのジャケットは、戦死した元戦車兵のボーイフレンドが着ていたものだ。
ナチス・ドイツはマルセイユの市庁舎とノートルダム・ドゥ・ラ・ガルド寺院にあった中世からの絵画の数々を根こそぎ持ち去った。それは街の人々の魂と尊厳を持ち去るに等しい行いだった。
先の見えない抵抗活動。イギリスやアメリカからの支援の頼りも途切れがちとなり、人々は未来の勝利に確認を持てないでいた。
そんな意気消沈した人々に、皮ジャケットを着た彼女は瞳を輝かせながら、ささやく。その声は地下の石室に響く。
「顔を上げよ、胸を晴れ」と。
小さく、低い声だ。
しかし、明確で意志のこもった言葉だ。
ロウソクの薄明かりの中に浮かんだ瞳は、力強く深い色を
口々に弱音を吐いていた大人たちは、その言葉に打たれ、静かにうなずく。そして地上の衛兵達に聴こえない音量で、
白黒のその映画の中では、その皮ジャケットの色はわからない。暗い色、としてしか認識できない。元々は戦車兵の戦闘服だ。おそらくは、黒やダーク・グリーンなどの色であったのだろう。
同時に、人々を鼓舞し勇気づける彼女の瞳の色も、ブルーだったのか、はしばみ色だったのか、フィルムの中では確認できない。
しかし、私の記憶の中で、彼女の着ていた皮ジャケットは、芥子色だ。
ミストラル(冬から春にかけてアルプス山脈から吹き降ろす、寒冷で乾燥した北風)の吹きすさぶ、冷たく沈んだ南西フランスの港町で、彼女の心は力強く燃え、その芥子色のジャケットが反抗と自由を象徴するように輝いて見えた。そして彼女の瞳の色は、まぶしいばかりのグリーンのはずだ。
やがてやってくる連合軍の解放の日まで。
彼女は信じ続けるという戦いを止めない。
●
気持ちが沈んで、力をなくしそうな日。
私は、お気に入りの芥子色のライダース・ジャケットを羽織って出かける。
長く着古して、すっかり肌に馴染んだ私だけの戦闘服。
あの彼女のように、洋服に信念が宿るなら。
私はいつでも、くじけることなく、前を向いてゆける。
じゅうぶん元気に、歩いてゆける。
芥子色の、ライダース・ジャケットと一緒なら。
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