芥子色のライダース・ジャケット

フカイ

芥子色のライダース・ジャケット take #1





 芥子色のライダース・ジャケットを買った。

 胸元がレース仕上げの、紫色のワンピースに、よく似合う。


 フェミニンで上品なワンピースに、そのすこし悪っぽいライダースを合わせると、とてもいい。胸元の大きな銀のボタン。へそ丈の位置にあるベルトも格好いい。


 ブティックの姿見の前でそのジャケットを合わせていたら、肩までのセミロングの髪が妙に野暮ったく思えてきた。

 だからショッピングの帰りにいつものサロンに電話して、ヘアをカットしてもらうことにした。


 馴染みの美容師はすこし驚いていたけど、うなじがはっきり表れるほどのショートカットにして、髪色を明るいブラウンに染めた。

 頭を振ると、短くなった髪がサラサラと宙を舞う。長かったころには考えられない軽さだ。


 家に帰ったら、長くつけたことのなかった、べっ甲柄のネックレスを出してみよう。

 ブーツだって、似合うかもしれない。

 ボトムスをジーンズにするのはキマリ良すぎて恥ずかしいから、フレア・スカートを選んだりして。


 あれもして、これもして。。




 ―――いままでナチュラルな装いを良しとしてきた。


 ヒールのある靴は控え、極端に身体の線が出るような洋服も選ばなかった。

 メイクだって、ラメが入れるような派手なものには興味がなかったし、ネイルとかだって、やってみたいなーとは思ったけれど、お店に行くのは二の足を踏むし、それほど意欲が沸かなかった。


 そんな私がこのライダース・ジャケットを買ったのは、かなりの冒険だ。

 髪まで切って、色をつけるなんて。

 どうしちゃったんだろ。



 好きな人ができて、自分が変わろうとしてる。

 あるいは、ひどい失恋をした。

 新しい会社に入ったことをきっかけに、ちょっと今までと違う自分を装ってみたくなった。

 あるいは、あるいは…。



 実はね。。


 そんなの、何一つとしてないの。

 芥子色のライダース・ジャケットを買うのに、理由などないの。


 ただ、突然高くなってしまった空と、朝夕の涼しい空気を浴びていたら、毎日通るブティックのショーウィンドウに新しく飾られたこのジャケットが、どうしてもどうしてもどうしても欲しくなったの。

 どうしてもどうしてもどうしても欲しかったの。

 そういうことって、あるでしょ?


 来月のカードの明細が来ても、怒らないでね^^






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