第2話
自分はいつまで寝ていたんだろう?という錯覚に陥っていた。
ずっと水の中で、胎児のように丸まってフワフワと浮かんでいる。
居心地が良いので、ずっとこのままで寝て居たいとすら思った。
だが、上を見ると日が射していた。
手を伸ばすが水面は遠い。
自分はいま水の中にいる。普通なら慌てるところだが、なぜか、とても心地よく落ち着いていた。
そして、昨日までの記憶が、MuOをダメ元で起動させようとした所までしかなかった。
ただ、不思議なのは水の中にいるが呼吸は出来る。
水の中のせいか、視界もボヤケて変だった。
ただ、「奏明菜」という名前とHP、MP、SP、Lvは明確にハッキリと見えるのである。
これでは、いつも遊んでいる「MuO」と同じだ。
奏明菜(かなで あきな)とはアッキーの本名である。
ゲームではキャラクター名にはアッキーと名付けていたが、なぜか表示される名前は本名なのである。
そういえば・・・自分は課金アイテムを買う時、名前、住所などの個人情報を登録した事を思い出した。
「MuO」では課金アイテムを買う場合、公式HPにて個人情報を入力する必要があった。
だから、キャラクター名ではなくて、個人名が表示されたのかな?と思った。
そして、普通であれば自分の置かれた立場を鑑み慌てるハズだが、明菜はなぜかワクワクしていた。
すると自分はいつの間にか、外に立っていた。日差しが眩しくとても暑い。真夏のようだった。
両腕が重いと思ったら、右手には見慣れた武器であるスパイク・ブレイド、左手にはスパイク・シールドが握られていた。
これなら、鎧もスパイク・アーマーだと思った。
このゲームでは、武器、盾、鎧、兜を同じ種類の装備にすると、防御力にボーナスが付く。
ダーク・ナイト、クルセイダー、ブレイドマスター、アーチャーなどの両手武器を使う職業の場合は、武器に鎧、兜だけでよかった。
ダーク・ナイト、クルセイダー、ブレイドマスターは片手剣も使用する事が出来る。
この世界が「MuO」であれば、Lv.70のダーク・ナイトである最高の装備をしていた。
ただ、ピンク色のリボンにツインテールを見せたいので、明菜は兜は被っていない。
「MuO」で兜を被っている上級者プレイヤーはまずいない。見た目を重視する者が余りにも多いからだ。
見た目の為であれば、鎧さえ着用しない兵(つわもの)もいる。
この世界では防御力より、装備の見た目を重視するプレイヤーが多いという事だ。
握っているスパイク・ブレイドを見ると、吹き出しが出て『スパイク・ブレイド+16』と表示されているので武器は自分で強化したままだった。
明菜は小説で読んだようなゲームの世界に迷い込んだ事に喜んでいた。
小説を読む度に自分もゲームの世界に迷い込みたいとずっと思っていたからだ。
19歳にして夢が叶った。
何も不安はない。むしろ、嬉しい。
これが大好きな「MuO」であれば、尚更だ。
現在の装備品を見る限り、ここは「MuO」の世界に間違いない。
ただ、現世の自分はどうなっているのだろう?と考えた時、不安になり心細くなった。
姉に迷惑をかけているのではないか?と思うと、ただ手放しで喜ぶ訳にはいかない。
だが、現世に戻る方法が全くと言っていいほど分からない。
そもそも、なぜ自分がこの世界にいるのかが分かっていない。
自分以外にもこの世界に迷い込んだ者がいると思っている。
冒険の基本は街である。街で情報収集をするのが、どんなゲームでも当たり前に行う事だ。
まずは、他のプレイヤーと接触しないといけない。
でも、その前にゲームの世界にいるのにお腹が空いたのである。それが謎だった。
まず、何かを食べないといけない。
それに街には食事が出来るレストランもあるだろうが、現在の自分のSP値が低下していた。
このゲームでのSPはスタミナとスキルのポイントが兼用になっている。
スタミナとスキルポイントは同じ値になっているので、スキルを使いまくるとスタミナが減るのである。
SP値の減り具合を考えながらスキルを使わないと、最悪SP値が無くなる。
パラメーターを見たら、そのSP値が下がっていた。その為にお腹が空いたと思ったのであろうと明菜は思った。
「MuO」ではSP値が0になると、プレイヤーは何も無くても餓死する。
その為、スキルの使いすぎは禁物である。
このゲームでは、プレイヤーが死亡すると装備品の耐久値が全て40%も下がる。
経験値も2割も減る。
かなり厳しいデスペナルティである。
装備品などの耐久値が0%になるとどんなに強化した武器でも失う事になる。
つまり、耐久値が40%以下の場合、スタミナ切れで死亡、またはMOBとの戦闘で死亡すれば耐久力が0%になった装備は失うのである。
そして、最後のセーブポイントにした街の聖堂で蘇る。
特にLv.70の装備は、ダンジョンに潜って素材を集めて自分で作る必要があるので、無理にでも強い敵と戦う必要がある。
デスペナは怖いが戦わないと装備は整わない。
そして、レベルが上がればSPの値が上がるが、HPが高いプレイヤーほどSP値の減りが早くなる。
その為、ダンジョンに籠もる場合、食べ物を持っていく必要がある。
このゲームにスタミナポイントがあるのは、同じプレイヤーに美味しい狩場を独占させない為である。
食品は最大で5個までしかセットができない。課金アイテムを使って5個まで上げる事が可能である。
通常では2個までしかセットができない事になっている。ただ、ダンジョンに籠もるには2個では心細いので、課金して5個に増やしているユーザーがほとんどである。
課金金額はリアルマネーで200円であるので、プレイヤーのほぼ全員が食品セットを5個までに増やしている。
2個にしているのはレベルの低い者ぐらいであるが、どのみち食品セットを5個に増やす事になる。
なお、料理スキルの高い者が作った食事ほどSPの回復量が上がる。
ただ「MuO」では、料理スキルはいわゆる死にスキルと言われているので、料理スキルを上げてる人はほぼいない。
マーケットで食料を買い込んだ方が早いからだ。
しかし、料理スキルを上げるとレア食材の調理が可能だ。
食材にもレベルがあり、星8個が最高の食材である。
星8個は、リアルであれば世界三大珍味に匹敵する。
フィールドには「八角ウサギ」というレアMOBがいるが、倒せば約0.2%の確率で「八角ウサギの肉」という激レアレア食材がドロップされる。
これを調理する事が可能なのは、料理スキルのレベルを上げている者のみである。
その為、激レア食材なのにマーケットでの売値は非常に安いが、年に1個出るかどうか?のレア食材ではある。
料理スキルを上げている人は、「MuO」にはほぼいないのでレアでも食材は価格が非常に安い。
だが、みんな食べたいという欲求はある。
ゲームの為、味はしないが・・・今はココがリアルであるので、明菜は食べたらどんな味がするのかな?と考えた。
それでもレア相当の価格はするが・・・見た事がない人の方が多い。
街に行くのは簡単だが、メニューはどうやって出せばいいのだろうか?と明菜は悩んでいた。
この「MuO」は休憩以外のアクションをすると、スタミナが減るのでSP値が減る。
ずっと座っていれば、SP値は消耗せず、逆にSPが回復していく。HPの数値に比例して回復するので、HPが高ければSPの回復も速い。
最後にログアウトした場所を覚えているので、今いる場所はだいたい分かっているが、騎乗ペットを召喚する必要があった。
歩いていたらいつ街に到着するのかが分からない。
「MuO」は春夏秋冬、時間の概念があるので夜になれば、フィールドは真っ暗になる。
高レベル帯のマップで夜になると、魔族のMOBがフィールドを闊歩している。当然、強敵だ。
騎乗ペットにもSP値は設定されており、SP値がゼロになれば餓死する。
餓死したらそのペットは二度と使えない。
騎乗ペットには騎乗ペット専用の餌が存在する。
こればかりは料理スキルを上げている者でも作る事はできない。
各街のペット屋で餌を買う必要がある。ペット屋のない街や村は存在しない。どこに行っても補充は可能である。
明菜の騎乗ペットは大きなハムスターである。種別はジャンガリアンでレア騎乗ペットである。
特に普通のペットと能力は然程変わらないが、このレアペットはMOBを攻撃していると助けてくれる。
一緒に戦ってくれるのである。そして、レベルまで上がる。
他の通常のペットもプレイヤーの攻撃を手伝うが、何種類かいるレア騎乗ペットのように積極的には手伝ってくれない。
「アーチャー」の上位職業である「ファルコン・マスター」に転職すると専用ペットの鷹が使えるようになる。
この鷹は常に攻撃を手伝ってくれるが、マップ等に引っかかると大量のMOBを引き連れて帰って来るという困った性質がある。
鷹にもHP、SPが設定されているので、HPもスタミナも0になれば死ぬ。死ねば復活はしないが、レベルが上がるので鍛えれば大きな戦力になる。
そして、通常ペットとレアペットの違いは、移動速度である。
通常ペットより3割増で動きが速い。
ジャンガリアンを手に入れるには、「アルムクの洞窟」の最下層にいるボスである悪魔の「ベリアル」が極稀にドロップする。
だが、なぜ悪魔を倒せばハムスターが手に入るのかは?よくわかっていない。
そして、こういう噂もある。ミューズ大陸の南東にある「カユウ山」のボスである「MuO」で最強とされているドラゴンである「バハムート」を倒せば、ペットとして翼竜が手に入るという噂である。
翼竜が手に入れば空を飛ぶ事が可能になる。
だが、ダンジョンが超難易度である上に、しかも「バハムート」は余りにも強いので、挑んだ者は相当いるが・・・未だに勝てたパーティーが存在しない。
ダンジョンがレイドであれば、プレイヤーの数に物を言わせて攻撃する手段もあるが、通常のダンジョンなので最大でも6人しかパーティーが組めない。
なぜ、「バハムート」がここまで難敵なのかは、火属性なので上位レベルの魔法を駆使してもほぼ効かない。
これが「MuO」で最も最強と言われている所以である。
明菜はダンジョンの攻略はしたが、「バハムート」とは戦っていない。
ソロで勝てるほどあまくないMOBだからだ。
現在わかっているのは、騎乗ペットのハムスターは2種類存在している事が分かっている。
「アルムクの洞窟」のジャンガリアン、「エレベースの滝」のゴールデンハムスターである。
Lv.70のパーティーで何とか攻略が可能なダンジョンである。
だが、明菜はソロで攻略している。
ジャンガリアンもゴールデンもレア騎乗ペットだが、ジャンガリアンの方が最もレアである。
単純にドロップ率の差である。ゴールデンの方が出やすいのである。
なお、明菜が持っている騎乗ペットは、ジャンガリアンだ。
1週間ほど「アルムクの洞窟」に篭って手に入れた。料理が可能なので素材だけ持って、ダンジョンに籠もっていればいい。
実は、明菜は意外と廃プレイヤーな部分がある。アイテムの為なら寝る時間をも削る。
当然、「八角ウサギ」の肉も持っている。
「八角ウサギ」の肉を調理する事が可能なのは、料理スキルがマスター級だけである。
明菜は、1人で食べてもいいが、レア食材なので誰かと食べようと思って残してある。
これはどういう事かというと、明菜は料理スキルがマスター級だった。
死にスキルと呼ばれている料理スキルを明菜は時間を見つけてはチマチマとレベルを上げ、マスター級まで上げていた。
「MuO」の世界にとっては非常に珍しいプレイヤーである。
料理スキルがマスター級であれば、このゲーム内に存在するあらゆる食材を調理する事が出来るのである。
各種スキルには、ブロンズ級、シルバー級、ゴールデン級、マスター級となっている。
ゴールデン級までは普通に料理すれば時間はかかっても上げる事は可能だが、マスター級をマスターするには非常に難しい。
ゴールデン級になればレシピが増えるのだが、全ての料理がレア食材を使った料理を作る事であるからだ。
素材の入手には、何処でもいいので釣りもする必要もある。
「MuO」の攻略掲示板では、「料理スキルをマスター級にさせるのは、いくらやり込んでも無理だ!」との書き込みが多いが、明菜はシッカリとクリアしている。
やり込みの度合いが他プレイヤーとは違うのである。
既に「八角ウサギのクリームスープ」を作っているので、いま持っているのは2個目の「八角ウサギ」の肉なのである。
なお「八角ウサギ」は数は少ないが何処にでもいる。
なぜか、強敵の多いダンジョンにもいる。
倒せば通常のドロップは、「八角ウサギ」のツノである。
このツノは幻想級のアイテムだが、何の役にも立たないので、マーケットで売るしかない意味のないアイテムである。
しかも、幻想級のアイテムにしては売値が非常に安い。
明菜はツノを192本も集めている。もしかしたら、アップデートでいつ必要になるか分からない為である。
メニューの出し方が分からないので、本で読んだゲームのように手を右から左に振る。
するとメニューが表示された。
メニューが表示されたので、明菜はホッとした。
せっかく望んでいたゲームの世界に来たのに餓死で死亡は笑えない。それに、装備品の耐久度が40%を割っているのである。
まず、SP値が減っているので食事をしようとすると、「カール牛のサンドイッチ」をバックパックから出す。
料理は手作り、スキルで作成が出来る。
スキルを使えば一瞬で料理が完成するが、手料理の場合は料理によって作成時間が変わる。
料理をスキルで作る場合、ギルド部屋のキッチンを使う必要があるが、明菜はどのギルドにも所属していないので毎回手作りで作っている。
マスター級であれば、スキルで作るのと変わらない速度で食事が作成できる。
なお、このゲームには「カール」という牛のようなMOBが登場するので、倒すと96%の確率で「肉」がドロップする。
残りの2%ずつは、「カールのツノ」、「カールの皮」が手に入る。何方も装備品の素材である。
肉に関しては、料理スキルがシルバー級であれば調理は可能だ。
「カール牛のサンドイッチ」は、通常5000ポイントのSPが復活するが、明菜は料理スキルがマスター級なのでボーナスが付く為、15000ポイントのSPが回復する。
「いただきまーす」とサンドイッチに齧り付くと、凄い美味しかった。
ゲームなのに、なぜこんなに複雑な味がするんだと驚いてしまった。
リアルにいた頃から何も食べていなかったので、ダンジョンに続く道のど真ん中に座って一気に食べてしまった。
明菜のSP値は2381ポイントまで減っていたが、17281ポイントまで回復した。
現在の明菜のSP値の最高値は32091ポイントである。
まだ、半分の数値を上げないといけないが、街であればSP値は減らないので現在のところは約17000ポイントもあれば十分である。
メニューを再度開くとアイテムを確認する。
ジャンガリアンの餌を探すと40個ほど持っていたので、安心してジャンガリアンを召喚する。
ボールのようなアイテムを放り投げると、煙と共に大きなジャンガリアンが召喚された。
召喚されると明菜を見て「モキュ?」と鳴いた。ペットには名前が付けられるので、「光太郎」と名付けている。
ペットに名前を付ける事が出来る「名札」というアイテムは、西にある街の「アレス」にいるペットマスターから買える。
明菜のジャンガリアンは、好きな歌手の名前を付けている。
ジャンガリアンに跨ると、「ごー!」と叫ぶ。
するとジャンガリアンは、バタバタと大きな音を出しながら街に向かって走り出した。
実はコレは欠点である。音に反応するMOBがいるので、特にダンジョンでは使えない。
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