第1話

「ご主人様のお帰りです!」

とメイドの姿をしたツインテールの女性が最後の客を元気な声で見送る。

すると、他のメイドも『ありがとうございました!』と元気な声で最後の客を送りだした。

時間は21時を少し回ったところである。閉店の時間だ。

他の女性従業員に「アッキー、鍵を閉めておいて」と言われたので、外のパネルを「OPEN」から「CLOSE」にし扉の鍵を閉めた。

アッキーとはツインテールメイドである女性の源氏名だ。

本来であればアッキーのアルバイト時間は早番の為、もっと早い時間に仕事は終わっているのだが、お盆前日の金曜日はシフトを遅番にして貰った。

なぜなら、「ミューズ・オンライン」の「ストーリー8 永遠なる大地」の大規模アップデートがある為だ。

アッキーはフリーターだし、家に居ても特にやる事がないので、アルバイトの時間を早番から遅番に変えて貰ったのである。

友人は、ほぼ帰省や旅行に行ってしまった。

多くの友人に旅行に誘われたが、メイド喫茶でのアルバイトがあるので行けなかった。

大型連休になると他の従業員も帰省、旅行などに行ってしまうので、週の予定がほぼアルバイトに当てられていた。

地元に残っているのは、数人の友人だけである。

その友人とは「ミューズ・オンライン」でパーティプレイはしているが、ギルドには入っていない。

アッキーの仕事はウェイトレスである。しかし、ただのウェイトレスではない。

電気街のメイド喫茶激戦区にある、メイド喫茶「ハニハニカフェ」がアッキーの職場である。

喫茶の域を超えたメイド喫茶として日本中に有名な店だった。

海外ではコアなアニメマニアやゲームマニアが好んで読む雑誌に紹介されている程である。

連休があれば地方から、わざわざご主人様やお嬢様がやってくる程である。

外人の客も多い。

店内にはステージがあり、メイドによるショーが毎日のように行われていた。

なによりも、メイドの質とメイドによるサービス、何よりも食事が電気街一美味しい事で有名だった。

つまり「ハニハニカフェ」には可愛い女の子が揃っている上に料理が美味しいという事である。

その為、休日になると入店する為の行列が出来る。特に夏休みであるお盆休みは長蛇の列が出来上がる。入店するのに2時間待ちは当たり前だった。

「ハニハニカフェ」は、ご主人様だけではなく、お嬢様にも圧倒的な支持されている数少ないメイド喫茶である。

可愛い子が揃っている「ハニハニカフェ」の中でも、アッキーはメイド人気ではNo.3を誇るメイドだった。

メイドランキングは、三ヶ月毎に選挙で決まる。

選挙に投票が可能なのは、ご主人様、お嬢様である。

毎度の事だが、選挙期間になるとご主人様、お嬢様が殺到する。自分の推しのメイドをNo.1にしたいからだ。

ただ、No.1はいつも決まってるメイドだった。メイド長で眼鏡美人なので常に人気がある。

アッキーはこの仕事を初めて2年だが、たったの半年で人気No.3を獲得した。

なぜなら、ただ可愛いだけではなく、ショーではアニソンをソロで披露するほど歌が上手かった。

それだけではない。

「ハニハニカフェ」の店内で「ミューズ・オンライン」のダンジョン攻略を実況付きで解説する程である。

生実況がある時は、ネットの有料チャンネルで生配信される。

これだけ人気もあり露出が多ければ、彼女目当てで「ハニハニカフェ」に来る客が何十人いたとしてもおかしくはない。

SNSのフォロワーは、軽く5万人を超えている。

アッキーの誕生日になれば、「ハニハニカフェ」ではお祭りになる程の有名人だった。

だが、自分は何も満足していない。目指しているのは人気No.1である。

まだまだ自分は頑張らないといけないと、いつも元気な笑顔で接客やイベントを行っていた。

その頑張りが客を大いに魅了するのである。

アッキーが店内の掃除を手伝おうと思ったら、ガチャガチャとドアノブが動く。

「ん?」と思って鍵を開け、扉を開けるとアッキーより少し年上の女性が店内に入ってくる。

『店長、お帰りなさい』と、掃除をしていた「ハニハニカフェ」で働くメイド達が声を揃える。

「おぃーっす!」と店内に入ってくると、店の人気No.3を捕まえる。

すると「アッキー、今日も可愛いな」と言うとアッキーが頬をプニプニさせられる。

「やめふぇくだひゃい」と言うが言葉になっていない。

アッキーの頬をプニプニさせて遊んでいると、ショートカットで綺麗に顔が整った眼鏡美人メイドがやってくる。

実は「ハニハニカフェ」のNo.1メイドであり、15人いるメイドを束ねているメイド長だった。

名は鐘崎真希で、年は23歳であるが店長しか年齢は知らない。メイド喫茶では「マキナ」と名乗っている。

「店長、アッキーで遊ぶのはやめてください」

「はぁーい、わかりましたぁ!」と言うとアッキーの頬を掴んでいた両手を離す。

「店長、また相当酔ってますね?」

顔が真っ赤なので、勘ぐりを入れる。

メイド激戦区な為、アルコール類を提供する事で差別化をしているメイド喫茶はあるが、「ハニハニカフェ」ではアルコール類は置いていない。

メイドがいるだけで、メニューに関しては純喫茶に近い。

純喫茶と違うのは、アニメ作品とコラボ展開する事が多い。

アニメ作品とのコラボ商品を提供する時は、平日でも行列は出来る。

店長であり、オーナーである立花美里(旦那募集中)はメイド喫茶が営業中でも他のメイド喫茶に酒を飲みに行ってしまうのである。

この界隈では飲ん兵衛として有名人だった。

「ハニハニカフェ」では配っているポイントカードが存在するが、他のメイド喫茶でも様々なポイントカードを配っている。

店により特典が違う。

他店の方がポイントが溜まっているという、立花美里は何とも不思議な店長兼オーナーだった。

ポイントが貯まると、他店のメイドとツーショットの写真を残しているぐらいである。

そして、メイド喫茶激戦区の有名店長なので、彼女を知らない業界人はまず存在しない。

「飲んでないよ」

「嘘はつかないで下さい。お酒の匂いがプンプンしますよ?そう思わない?アッキー?」

「はぁ・・・多少、お酒の匂いがします・・・」

「あぁー!アッキー、裏切るんだな!酷いなぁ!」と憤慨する。

「いえ、そういう訳ではないのですが・・・」

アッキーは作り笑いをする。

「今日の売上の会計はわたしがしますか?相当、酔っているようですし・・・」

「うん、そうして。わたしには水を頂戴な。アッキー、喉が乾いたよ」

ヘラヘラとご機嫌になると店内の隅っこの席に座る。

水はアッキーが持っていった。

22時には店内の掃除は終わり、順に仕事を終えた者から「お疲れ様」と帰っていく。

店には立花美里、マキナ、アッキーしか残っていなかった。

本日の売上は、マキナが計算したところ約48万円だった。

立花美里に売上を報告すると、「まぁまぁ、だね」と水を飲みながら、売上票を見る。

立花美里、人気No.1メイドのマキナは店に残るが、アッキーは未成年なのもあるが帰り支度を急いでいた。

早く大規模アップデートされた「ミューズ・オンライン」を遊びたいというのもある。

ロッカーでメイド姿から私服姿になったアッキーは挨拶をして帰ろうとするが、立花美里に呼び止められる。

「アッキー、いまMuOはログイン・オンラインだよ」と言われる。

「MuO」とは「ミューズ・オンライン」の略称である。

そのままMOと略してしまうと、MORPGと紛らわしいから小文字のuが付いた。

アッキーの「MuO」好きは店員、ご主人様もお嬢様にも有名だった。

「MuO」の攻略情報をネットで生放送するぐらいだからだ。

ただ、ギルドには入ってい。ゲームを始めた時から、ずっとソロプレイヤーだった。

その代り、フレンドは非常に多いのでパーティーに誘われれば参加している。

それ以外は、ほぼソロで冒険をしている。

ご主人様、お嬢様が設立しているギルドに誘われる事が非常に多いが、全て丁重に断っている。

ソロが好きなのではなく、1人のご主人様、お嬢様を優遇しない為の措置である。

「ハニハニカフェ」の従業員も「MuO」を遊んでいる者がいるが、あまりそういう事は気にせずギルドに所属している者が多いが、そのユーザーが「ハニハニカフェ」の従業員だとは知らない。

わからないように言動に気を付けている。

ソロでも遊べるのは、実はこのゲームは1人でパーティーが作れるのである。

ソロパーティーでも少ないが経験値にパーティーボーナスが付く。

パーティーボーナスは、人数が多い程増える事になっている。

その為、パーティーを組まないといけないという条件下でも、新インスタンスダンジョンにソロで籠もる事は可能と思って間違いない。

ソロパーティーが作れる事は不具合ではなくて、メーカーからの発表では仕様との事だった。

「んー、わたしのパソコンからもログインは、出来ませんね」とマキナも言う。

二人とも薄型、軽量な高性能なノートパソコンを持ち歩いている。

店には従業員用のWi-Fiがあるので、パソコンがあればネットに繋がる。

アッキーの生放送は従業員用のWi-Fiを使って行われている。

ログイン・オンラインが始まってしまったという事は、ログインが出来るまでアップデートも出来ないという事だ。

「わたしは自分の家で試してみます。お疲れ様でしたぁ!」と言うと、お辞儀をする。

二人とも「お疲れ様」と言うが、立花美里とマキナは、クスッと笑ってしまう。

「本当にあの子は、MuOが好きなんだね」

「話を聞きましたが、MuOが初めてのMMORPGだそうですよ」

「良いゲームに巡り会えてよかったね」

「そうですね。店長」

「では、わたし達も帰りましょう。ログイン・オンラインに参加しないとね」

「はい」

火の元を確認し、店の照明を全て消し、施錠すると2人は帰宅した。

アッキーの帰り道は簡単である、メイド喫茶激戦区の最寄り駅から電車に3駅乗るだけである。

金井町という街がアッキーの住んでいる場所である。

駅からは家までは自転車で10分である。その為、最寄りの駅にある月極の自転車駐輪場を借りている。

レンタル料は自転車であれば、月極で500円である。

24時間オープンしており、多少時間が遅くなっても自転車が回収できないという事はない。

家は都心の中にあり、高層マンションの19階の角部屋がアッキーの家だった。

現在、父は海外に赴任し、母親も付いて行っている為、姉との2人暮らしだった。

姉はアッキーの5歳上であり、社会人である。IT企業で新米エンジニアとして働いている。

今は「MuO」を遊んでいない。社会人になると、全てのゲームをやめてしまったのである。

仕事で覚える事が多くてゲーム処ではないのである。

ただ、アカウントは残しているので、いつか復帰しようとは考えている。

自転車をマンションの駐輪場に止め、19階にあるマンションの部屋の前に来るとドアノブを回すが、鍵が閉まっていた。

姉はまだ帰宅していなかった。

鍵を開けると自宅に入る。

玄関の靴箱の棚になっている場所には、大きな水槽がある。

水槽内の水は自動でろ過してくれるので、水槽の掃除、水の取替は二ヶ月に一回で十分だった。

水槽の中身は蛸海月のみである。水槽はLEDで青く光っており、暗いとフワフワと浮かぶ蛸海月が幻想的に見える。

この蛸海月は姉が育てている海月である。

大学の卒論でも海月を使うほど海月が好きな女性だった。

急いで靴を脱ぐと玄関側の自室に入る。

アッキーの部屋に入ると暗い部屋に白い光の点滅が見える。

これはパソコンから発せられる光であり、パソコンがスリープ状態だと示している。

アッキーはパソコンの電源は切らず、使わない間はスリープ状態にしている。

電源ボタンを押してからの起動より、スリープからの復帰の方が早くOSが早く立ち上がる為である。

着替えもせず、パソコン台の椅子に座るとスリープからOSを復帰させる。

いつもゲームを始めると長時間プレイになるので、椅子はプロゲーマーも使っている高価な椅子である。

座り心地は長時間座っても抜群に良い。

電源ボタンを押すと、パソコンは5秒でスリープから復帰した。アッキーは意外と高性能なパソコンを持っていた。

アルバイト代のほとんどをゲームに注ぎ込んでいるからだ。パソコンも自作である。

ゲームに懸ける情熱は、「ハニハニカフェ」ではNo.1だった。

なお、アッキーの家の家計は姉任せである。自分のアルバイト代は家には入れていない。

特に姉に求められないからだ。姉もアッキーのゲーム好きは良く知っているのである。

姉とは週に2日は食材やアッキーの飲み物、缶ビールをまとめて買っている。

缶ビールは姉が飲むビールである。

現在、アッキーは「アール・オンライン」のヘッドギアを購入する為にお金を貯めている。

グラフィックボードは「アール・オンライン」が指定しているボードよりも更に高性能なボードである。

これはプロ仕様だった。

ヘッドセットを付け、マウスを手にすると「MuO」のアイコンをクリックする。

すると小さいウィンドウが開く。

ウィンドウには「MuO」のロゴ、運営からのお知らせ、ID、PASSWORDを入力する画面が表示されている。

IDとPASSWAORDを入力するとLOGINを押すが、反応は何もなく、しばらくすると応答不能となって小さいウィンドウが落ちた。

何度も試すがやはり小さいウィンドウはすぐ応答不能になって落ちてしまう。

「んー、やっぱ駄目なのかな?」

と、小さいウィンドウをまた開くと、「お知らせ」と書かれている場所に「23時から緊急メンテナンスを開始します」と表示されていた。

部屋の時計を見ると22時45分だった。

メンテナンスがあるのではログインは出来ないので、アッキーは風呂に入る事にした。

と言ってもアッキーは湯船には入らないのでシャワーを浴びるだけである。

姉もシャワーだけである。

アッキーも姉もお湯に浸かるのは温泉に行った時ぐらいである。しかも、姉妹でカラスの行水なので温泉に行ってもすぐ上がってしまう。

長風呂の母親には、せっかく温泉に来たのに勿体無いと言われている。

シャワーをささっと済ませるとパジャマに着替える。

WEBブラウザで「MuO」の公式HPを見るが、緊急メンテナンスはまだ終わっていなかった。

そして、公式HPですら重かった。

だが、試しにアイコンから「MuO」を起動させると・・・

アッキーの眼の前が真っ暗になった。

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