2.近くて遠い人

 新館のカフェテリアで教授と向き合う。

 彼はお気に入りのタンブラーにマラ茶を淹れてご機嫌である。

「マヤ君? そんな怖い顔をしていると、本当に鬼の様な顔になってしまうよ」

 ストローから口を離して、タンブラーを勢いよくテーブルに打ち付ける。

 大きな音に周囲の人がこちらを見る。

 恥ずかしい事をしてしまった。

 平静を装ってはみるが、顔が熱い。

「あはは、君は本当に可愛いねえ。今日は休講だって掲示板に張り紙していた筈だよ。魔法石の純度を検証するって前に話したじゃないか」

「講義の十分前に張り紙されたって気付ける訳ないじゃないですかッ」

「そのクレームはルシアナ君に頼むよ」

 男と話し込んでいるルシアナに張り紙をさせようとした教授にも問題はある。

 彼女がすぐに行動するなんて、誰も思わないだろう。

「私にくらいちゃんと言ってくれてもいいじゃないですか。検証だってお手伝いできるかも知れません」

「君にそこまでは頼まないよ」

 教授は変わらずヘラヘラといつもと同じだと言わんばかりに笑っている。

 だけれどその声は、私を拒絶していた。

 関わるなと言われている様でそれ以上言葉を発することができない。

 居た堪れない気持ちになる。

 視線を教授から手の中にあるタンブラーに落とす。

 このタンブラーは教授からの頂き物だ。

 マラの樹はこのスラグ王国に多く生息しており、特産物として扱われている。

 私達にとってマラ茶は親しいもの同士の交流時に飲むもので、だからこのタンブラーを渡された時、近しい人間なのだと認められた様に思えて喜んだのだ。

「教授はどうして魔法石の研究を一人で抱え込むのですか」

 あの地下室に一人で篭って魔法石をほぼ完成までこぎつけた。

 ミラルドからザマへの航海の途中で、その効果は立証された。

 その時私は妙に興奮した。

 魔法なんて選ばれた人間だけのものだと思っていた。

 それを教授は見事に披露したのだ。

「確かに私の知識程度では大した役には立てませんがーー」

「あれはね僕がやらなくちゃいけないんだ。マヤ君には関わって欲しくない」

 教授に視線を戻す。

 彼はこちらをもう見ていなかった。

 頬杖をついて気怠そうに窓の外を眺めている。

 一番近くにいる様な気になっていた。だけどそれは勘違いなのだ。

「あっ!」

 突然教授は大きな声を上げて立ち上がった。びくりと肩が上がった。

 そのまま歩き始めたかと思うと私の席の横でピタリと止まった。

「マヤ君!」

 腕を引っ張られるまま立ち上がる。

「な、何ですか」

「さあ、行こう!」

 ずんずんと前に進む教授に引っ張られる様にして私はおろおろとしながら彼の後を追った。

 この人は身勝手だ。

 突き放したかと思うと、急に距離を縮めてくる。

 いつだって私は教授に振り回されっぱなしなのだ。

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