8.次の依頼へ

 ステラと町の娘達とマイサートに戻ると、アリスと皐月が町の広場で人々と仲良く話している所に出食わした。

 アリスはお人好しの馬鹿だと思うが、よく言えば人懐っこいのである。

 猫を重ねて被った皐月は胡散臭い笑顔を浮かべている。

「お姉ちゃん、クライブ!」

 俺とサラの姿を認めたアリスが大きく手を振ってこちらに駆け寄ってくる。その後を追うように皐月もゆったりとした足取りでこちらに向かう。

「もしかして、行方不明の皆見つかったの?」

「ああ。それでお前は何してるんだ?」

「何やねん、うち等がまるでサボってたみたいな言い方」

 アリスの肩から皐月が目を細めてこちらを見る。

 どうしてこうもこの女は俺に突っかかってくるのだろう。

「町の人達と親睦を深めていたのだよ、クライブ君」

 胸を張ってアリスが堂々と言い放つ。

 つまり、依頼内容とは全く別の事をしていたって事じゃないか。

「皐月、シャンテから伝達上手く届いた?」

「うん。ここを拠点にするなら町の人の信頼を得てた方がええやろうと思って」

 振り返ると、いつもの何を考えているか分からないサラの笑顔があった。

 だけれど、それにはもうここに来る前までの不信感はない。

 共通の敵と共に対峙すると、それだけで近しくなったような気になる。

 サラは冷淡な人間ではないと知る事ができた。

 俺にとってこの依頼はサラを知る機会となったのである。

「クライブ、リバティにとって人々からの信頼というのはとても大切なものなのよ。余所者に共同体の秘密はなかなか暴露してくれないものだから」

 二人の話から察するに、彼女が契約する精霊に依頼の完遂を皐月へ伝えさせたのだろう。いつの間にそんな事をしていたのかは謎だ。

 大きな街でない限り、どんなに歓迎した風を装っても余所者は所詮余所者だ。子供の頃からよく出向いてはいたけれど、カレイドで俺と義父さんは飽くまで来訪者だったのだ。住んでいる人達とはどこか一線を画しているように感じていた。逆に森を訪れる人も結局は余所者として俺は見ていた。

 アリスはその余所者という立ち位置から一気に距離を詰めたのだ。集団に入り込むのが上手なのだ。

「えっと、ステラさんだよね。家に戻ろう?」

 人好きのする笑顔でアリスがステラの前に立ち手を差し出すと、彼女はその手をおずおずと取った。

 アリスは俺達の中で、一番リバティに向いているようにこの瞬間思った。

 多分一番頭が回らなくて、一番戦闘能力に欠けて

はいるけれど。


 ホームで俺達は一夜を明かした。

 依頼はもう一件あるのである。

 ウルグ大陸に渡らなければならないのだ。

 直ぐにマイサートを経って再び船に乗る事に決まった。

 サラが支ギルドから船の手配をしてくれたそうだ。なんと手際のいい事だろう。

 朝ホームを出ようと一階に降りると、高級そうな服を着た男性が椅子にしゃんと座っていた。その横を擦り抜けて町を出た。

「あれやな、あのおっさん、ナラ家の人間やな」

 今回は徒歩ではなく馬車を使った。

 客席は二人ずつ前後に分かれるため、前方にはサラと皐月、後方に俺とアリスが座った。

 皐月の隣に座ると駄々をこねたアリスを無視して皐月はサラの隣を陣取ったのだ。渋々といった様子で俺の隣に座ったアリスは失礼極まりないと思う。

「さっちゃん、なんで分かるの?」

「あの服、ナラ領の名産のカミコの糸で作られためっちゃ高いやつやわ。マイサートにあんなん着れるような人間はおらん。デルグレイ家の人間は意地でもあの素材は身につけへんしな。それでこのタイミングとなると、エリオやったっけ? あれとステラの話をしに来たって考えるのが自然やろ」

 カミコの糸と言えば、ウルグ大陸でも有名だ。

 金持ち達がこぞって着用しているイメージだ。

「あの二人、上手くいけばいいね!」

「そうね」

 サラは振り返る事なくアリスに相槌を打った。

 顔は見えないけれど、その顔は優しいものだろうと、どうしてだか直感した。

 スラグ王国へ行くには一度ミラルドを通らなければならない。

 一ヶ月と少ししか経っていない。

 だというのに、あの港を出たのが随分と昔のように感じる。

 窓の外に目をやると、マイサートはもう遠く小さくなっていた。

「ねえ、私、やっぱりリバティを選んでよかったよ」

 隣に顔を向けると、アリスは目を輝かせ前方を見ていた。

「こんなにわくわくして、生きてるって思えるなんて初めてなんだ」

 アリスは首を傾げるようにしてこちらを見た。

「クライブ、一緒に来てくれてありがとう」

 その笑った顔をこの瞬間は馬鹿だとは思えず、不覚にも俺は自然と微笑み返してしまった。

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