4.似ていない姉妹
沈黙だ。
アリスと皐月が町の人達から話を聞き、サラと俺はマイサートの周囲を見て回ることに決まったのだ。
ホームを出てからというもの俺は一言も声を発していない。
「ねえ、クライブ」
町から出て直ぐの事だ。
ずっと前を向いて静かに歩いていたサラがこちらを振り返った。
「あのクサという少年。彼は奴隷だったの? 異国の言葉を話していたけれど」
「ああ、そうだけど」
家を出てミラルドに到着したものの、乗船券がなく船に乗れないという事を知ってアリスと俺は途方に暮れた。
そこで声を掛けてきたのがアオゲだった。
危うくハリネズミに囲まれて身ぐるみを剥がされ掛けたところに助け舟を出したのがトマとマヤだったのだが、どういう訳かアオゲとトマが意気投合して、俺達を巻き込んで宴会が始まってしまったのだ。
アオゲとバルバラの兄妹も元々は不知島の出身で奴隷船で連れ出されたのだそうだ。アオゲはその船で酷い目に遭っているらしいが、詳しくは聞いていない。
サラが船から消えてから、食堂の更に地下に小さな部屋を見つけて、八人の子供がぎゅうぎゅうに詰め込まれていたのを発見したのはバルバラだった。ハリネズミで育てていくと言っていた。
サラは目線を下に向けて「そう」と小さく言った。
ああ、そうだ。
サラはきっとクサを殺してしまったと思っているのだ。
「あいつ、生きてるよ」
「え?」
サラが顔を上げる。
「トマが治したんだよ。ちゃんと目も覚ました。だから、心配しなくていい」
サラは「そう」と素っ気なく返した。
だけどその目はホッとしたような、嬉しそうな色が宿っていた事を俺は見逃さなかった。
「サラは、ロナウドと知り合いだったのか?」
冷たい女だと思っていた。
感情が実はないんじゃなのかとも思えていた。
人間らしさを今垣間見れたようで、サラとの距離が近づいたような錯覚をした。
「何度か会っているわ。そうね、戦った事もある」
「え?」
「私、彼の事は好きよ。感謝もしているもの。でもあの時の傷は痛かったな」
二人の関係が俺には全く見えてこない。
傷を負わされるような戦いをしたけれど、好きとはどういう事なのだろう。
疑問は残るが、もう一つ、聞いておきたい事があった。
「俺の剣はこれからもRに狙われるのか?」
サラは口元に手を当てて小さく笑った。
悉く似ていない姉妹だ。
アリスが笑うとしたら、豪快に口を開けて唾を撒き散らすに違いない。
「どうしたの? 質問責めね」
「アリスが、仲良くしろと言うから」
アリスは関係ない。
サラとの距離が縮んだような気がして、勝手に嬉しくなっているだけだ。
顔が熱い。
「アリスと仲良くしてくれてありがとう」
「別にーー」
仲良くなんてないと、俺はそっぽを向いて呟いた。
調子を狂わせるところは、妹と似ているらしい。
「あなたの剣はもう狙われる事はないわ。間違いだったみたい。だけど」
言葉を一度切って黙ったサラに顔を向ける。
「不思議な剣よね」
少し首を傾げてサラは俺の腰の剣を見詰めていた。
「普通は対魔法の力は、所持している人間の資質によって齎されるものなの。クライブは魔法は使えないのでしょう?」
頷く。
魔法なんてものは、別世界の人間が使うものだと思っていたのだ。
「若しかしたら、剣自体にもその力があって、今はまだ隠されているけれど本来はあなた自身にも魔法の力が備わっているのかも知れないわね」
ふと思い出す。
あの湖で出会ったあの女。
「エルフがこの剣を他人に渡すなと言っていた」
不思議な女だった。
エルフというのは、心を奪ってしまう魅力があるものなのだろう。
もっと傍にいたいと、あの時強く思っていた。
「エルフ、ねえ」
サラは目を細める。
「エリック王はエルフだったかも知れないとテッドさんは言っていたわ。その剣はやっぱりーーいえ、それでも違うと判断したんだもの、そうなのよ」
「サラ?」
「気にしないで、何でもないから。それよりも、この辺りを調べなくちゃね」
失念していた。
今俺達は、誘拐された少女達を探す為にここにいるのである。決してサラとの親交を深める為に来たわけではない。
目的を再認識したとは言っても、何をどう調べていくのか見当もつかない。
「調べるって、どう調べるつもりなんだ?」
「そうね、先ずはーー」
サラが前を向いた時だった、遠くから何かが吠えたような声が聞こえてきた。
町の北側からだ。
その方向には森がある。その森の事をホームの奥さんは確か、
「
そう、魔女の森と呼んでいた。
俺は頷くと、そちらに足を向けた。
サラも歩き始めた事が気配で分かる。
魔法を使う女の事をそう呼ぶのならサラやアリスだって魔女という事になる。
しかし、そうじゃない。
サラ達のような人間を、世間は魔法使いと呼ぶのだ。
魔女とは、人とは相入れない存在。
物語にだけ存在する、人を食べてしまうような者の事。
魔女なんてものが実際に存在するとは思えないが、何となく嫌な予感がした。
再び沈黙が訪れたが、もう居心地は悪くない。
サラは信用できると、俺は今思っているのだ。
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