2.俺は、弱い

 デルグレイ領は穏やかな領地なのだそうだ。

 ユグラシス大陸に於ける領地とは小さな国で、領主というのは国王の様な存在なのだとロナウドから聞いていた。エリシーク王国の街の多くは、立派かどうかは別として壁に囲まれている。しかし、到着したマイサートは続く道に突如として現れた。つまり壁がないのだ。街というより村である。

 他領から襲われたり、魔物が押し寄せるという脅威はないのだろう。

 小さな町だった。

 しかし、平和なところだという噂とは裏腹に、誰一人として出歩いておらず、なんとも閑散としている。寂れた印象だ。

「これから何処へ向かえばいいんだ?」

 何処もかしこも門戸を閉ざし、話など聞ける様子ではない。

「依頼人はここの町長ね。町の何処かに少しだけ大きな建物がある筈だから探しましょう」

「町長なら、宿屋のおっさんやで」

 ぎょっとして皐月を見る。

 町長といえば、長という文字がつくのだから偉い人間ではないのか。

 時折カレイドに繰り出していたが、その街の長はやはり一般人という風ではなかった様に感じる。あんな小さな街でも、一際大きな屋敷を住居としていた。

「ここは町なのね」

「うん」

 サラと皐月は二人で了解しあっている。

「じゃあその宿屋行っちゃおう」

 アリスすら疑問を抱くことはないらしい。

 否、アリスは何も考えていないだけだろう。

「なあ、町長って偉い奴じゃないのか?」

「ああ、クライブはユグラシスは初めてなのね各町の長は、選挙というもので決める事が多いのよ。町の人から支持を多く得た者がそこの長となるの。勿論、形式だけとって世襲化しているところが殆どだけれど」

 それは凄いシステムなのではないか。

 しかし、表面上だけ繕っていい人ぶった奴が選ばれてしまう事があるとすれば、結果よくないのかも知れない。選んだのは町の人間なのだから、良くも悪くも責任は町全体になるのだろうけれど。

「領主もその、センキョってので決めるのか?」

「アホやなあ、クライブは。王様みたいなもんやで? お家が物をゆうに決まってるやろ」

 皐月の物言いはどうも棘がある。

「難しい話はいいよお。寒いし疲れたし、早く座りたい」

「そうね。皐月、宿屋の場所わかる?」

 サラに声を掛けられて、皐月は満面の笑みで俺から目線を逸らした。

「うん。こっちやで」

 皐月は歩き出す。

「おい」

 サラよりも先に俺は歩を進めて、皐月の隣に立った。

「態度違いすぎないか?」

 前を向いて歩く。

「うちは能力主義やねん。仕事できん奴は信用できひん」

 多分皐月も同じように前を向いているのだと思う。

 今までは、自分の事をそこそこ腕の立つ人間だと勘違いしていた。ロナウドに勝った事は一度もなかったけれど、カレイドで剣術の稽古に行けば負けた事は一度としてなかった。それがアリスと出会ってから、Rの男やサラと対峙して、自分がまるで子供のように扱われている現実を知った。

 俺は、弱かったのだ。

「確かに、俺は弱いよな」

 馬鹿みたいだ。

 稽古をサボってきた訳じゃない。

 だけど、一人でする素振りで強くなれるなんていうのは甘かったのだ。

「せやなあ、クライブは今は弱い」

 声がこちらに向いている事に気付いて、左に首を傾けた。

 皐月は歩きながらではあるが、こちらを向いていた。

 俺の足が止まった。

 それに合わせるようにして、皐月も立ち止まる。

「強くなりたい?」

 皐月が真面目にこちらを見ている。

 その言葉に冷やかしの色はない。

「ああ、俺は絶対に強くなる」

「ふうん」

 あ、今、笑った?

 一瞬だったが、皐月の頬が緩んだように見えた。

「まあ、頑張りぃや」

 ふんと俺から視線を逸らして皐月は再び歩き始めた。

「可愛くない女ばっか」

 芒として立ち竦んでいると、後ろから頭を叩かれた。

 痛みに顔を歪めて振り返ると、頬を膨らませたアリスが仁王立ちしていた。

「なあに、今の独り言!」

 サラがくすくす笑いながら俺達を追い越していくのを横目にして、俺はアリスを睨んだ。

 なんて手の早い女だろう。

 口が悪い皐月よりもよっぽどタチが悪い。

「そういうのが、可愛くないって言ってんだよ」

「クライブに可愛いなんて思われても嬉しくないもん」

「ああ、そんな風に思う日は一生来ない」

「ムカつくー!」

 手を振り上げたアリスをひょいと避けて、皐月達を追いかけた。

 後ろから怒鳴り声を轟かせてアリスが追いかけてくる。

「アリス、煩いで!」

 アリスよりも大きな声で、皐月が叫んだ。

 ああ、平和だな。

 誰も外に出ない寂しい街で、俺は思った。

 

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