7.成り行きのパーティ

 ラスカトルの宿屋は、入って直ぐにテーブルとソファがあり、その先に受付のカウンターがある。窓際もカウンターがあり、白い花が飾ってある。

 この宿屋には名前がない。ただの宿屋だ。

 働いているのは全員男だ。お爺さんと彼の孫の肩幅の広い髭もじゃの男と髪を全て刈り取った男の三人なのだ。誰が花を飾っているのだろうか。

 カウンターに肘をついて、手元の本に目を落とす。

「さて、いい加減その殺意をしまいなさい、クライブ」

「別に」

「クライブ! 一緒に仕事するんだからそういう態度やめなよ」

「裏切ったら今度こそ殺すからな」

「ご自由にどうぞ」

 テーブルに座るのはアリスとクライブ、そしてサラだ。

 花を眺めて、私は溜息を吐いた。

 本部で私は、仕事の報告と暗殺の仕事を辞したいと話した。

 よほど深刻な顔をしていたかも知れない。

 話があるのだと告げると、奥の部屋に通された。

 サラはエントランスホールに残って、手を振って見送ってくれた。

 渋られるものと予想していたのに反して、あっさりと許可は出された。

 ライセンスは返却する事になってしまったが、簡単なものだった。

 汚れ仕事が出来なければ価値がないと言われたようで落ち込んだ。

 だけどサラは「よかったね」と言った。

 その言葉だけで私は充分だ。

 意固地で他人に対して興味のない性格だと思っていたし、誰かの言葉で舞い上がったり落ち込んだりなんてしないものだと思っていた。

 存外単純な人間なのだなあ、私は。

 そこまでは問題はなかった。

 時間はかかるかも知れないと踏んではいたが、仕事を続けるかどうかは本人の意思だと初めに言われていたのだから、辞められない訳がないのだ。

 問題は、ここからだ。

 エントランスホールでサラは、未だにアリスとクライブの傍にいた。

「サラ、何してるん?」

 声を掛けると、サラは困ったように笑った。

 嫌な予感が過ぎる。

 この二人はトラブルメイカーだ。

 お人好しなサラは、この二人組の問題に巻き込まれたに違いない。

「ちょっと、困ったお願い事をされてしまってね」

 困り眉になったサラは綺麗だなと思った。

「皐月、辞めるんだったら今暇だよなあ?」

 アリスとクライブの目の間に座っているのは、この本部で勤めている私にライセンスを与えた男である。名前は知らない、ただマスターと呼んでいる人物だ。

「一般リバティなんやから、その辺の街で仕事探すわ」

「いや、仕事はある」

「ここでの依頼はライセンス持ちにのみ渡すんやろ。うちには関係ない」

 素っ気なく言い放ってサラの隣へ行き、彼女の袖を引っ張った。

 もう帰ろうという思いを込めてサラの顔を見上げる。

 サラは私を見つめた後、マスターに目をやった。

「こんな簡単にお願いを聞いてやったんだから、こちらのお願いも聞いてもらってもいいと思うんだが。なあ、サラ?」

 こいつは嫌な男だ。

 口調が嫌味ったらしいのだ。

 片方の眉を器用に釣り上げるのも気に入らない。

「この二人を登録してやる。だから、二人の仕事ぶりを見てこい」

「うち、この人等とは他人やで」

「ごめんなさい、皐月。アリスは私の妹なのよ。ファミリーネームが同じだからすぐバレちゃって」

 唖然とアリスの後頭部を見詰めていると、アリスが振り返った。

 阿呆面である。

 隣のサラを見て、私は思いの丈を口走った。

「全然似てへんやん。同じなのは髪と目の色だけやん」

「どういう意味なのよ、さっちゃん!」

「煩いわ、あほ」

 頬っぺたを膨らませるアリスは餓鬼そのものだ。

 隣のクライブは後頭部をこちらに向けたまま、アリスの頬を引っ張って正面を向かせた。

「この二人の協力はいらない」

 クライブは静かに言った。

「馬鹿か、お前は。普通は登録なんざ出来ないんだよ。ロナウドの頼みだから対処策を考えてやってるんだ、感謝しやがれ。この二人がお前達を登録にするに値すると判断するならしてやってもいいと言っている。拒否するならその辺のならず者どもの有象無象と同じように働け、クソが」

 口の悪い男だ。

 確かに言っていることは正論なのだが、やはり感じが悪い。

 私はこいつが好きではない。

「登録された者はライセンスほどでは無いけれど、優先的に仕事を貰えるわ。でなくちゃ掃除や子守のような依頼をして生活費を稼がなくちゃいけなくなるもの」

 サラは丁寧にマスターの話では初心者には分からない事を説明する。

 妹が心配なのか。

 だからこそ協力してあげようという事か。

「しゃあないな、サラに免じて協力したるわ」

「当然だ」

「うっさいわ、ぼけえ」

「黙れ、くそ餓鬼」

 火花が散るとはこういう状況だろう。

 私はマスターを全身全霊で睨みつけた。

 そのまま、問題児二人組を引き連れて宿屋へやってきたという訳だ。

 サラと二人で来ていたのならば、ここへは来ずにどこかの街に直行していた筈だ。だから面倒な事に重ねて巻き込まれたのはやはり二人の所為である。

 一週間ほど前まで止まっていた客が忘れたこの本を届けてくれというものだ。

 郵送すればいいと断ったのだが、大事な客の忘れ物を他所の人間には任せられないと丸めこめられてしまったのだ。

 というより、アリスが「いいですよ!」などと軽々しく引き受けてしまったのである。当然アリスなど信用に足る人物ではない。

 結局本は私の手元にやって来た。

 間抜けな本の主の居処と名前の書かれたメモは本に挟んでいる。

 スラグ王国なんていう遠い地まで行かなくてはいけないと思うと、気が重い。

 いや、それよりも先にデルグレイ領のマイサートで娘が拐われたという依頼をこなさなければならない。へっぽこ新人二人を抱えてである。

「部屋に行くか、ご飯食べに行くかしようや」

 椅子から降りる。

「そうね。二人も行く?」

「断る」

「行く!」

 アリスとクライブは同時に口を開いた。

 アリスはクライブを見てから、サラに向かい合って破顔した。

「クライブも行くって」

 クライブはアリスを凶悪な目つきで睨んだ。

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