4.夢から覚めて

「クリスさん、ナスカさんが何をしたのか黙っていましたね」

「調べたのか」

「私、ロブを抜けます」

「抜けてどうする」

「分かりません。だけど、あなたの傍にはもういられない」

「そうか」

「……クリスさん」

「儂は行くよ」

 扉がガチャリと閉まる音がする。

「おい。クリスどうしたんだ」

「なんでもない、なんでもないの」

「サラ」

 夢だというのに全く聞き覚えのない名前ばかりが登場する。

 もっと気持ちのいい夢が見たいのに。

 疲れたのだ。

 体が重たくて、ヘトヘトなのだ。

 そんな時ぐらい、優しい夢を見させてくれてもいいのに。

 何も考えたくないくらい、私は疲れている。

 宙を浮いているような、水を浮遊しているような感覚だ。

 落ちて行く。

 木々が揺れていた。そこから差す日が眩しい。

「皐月」

 優しい声だ。

 私は落ち葉のベッドに横たわっていた。

 隣りに声の主が寝そべる。

「お父上が探してたで」

 体を転がして、隣りの彼の体にぴたりと寄り添う。

 温かい。

「一緒にサボろ」

「しゃあないなあ。一緒に怒られたる」

 頭を撫ぜられるのが心地がいい。

 私はこの時間が、愛おしくて堪らないのだ。

 彼の顔を見ようと顔を上げる。

ーー誰だ、こいつは。

 櫻火じゃない。隣りにいるのは私に安らぎをくれる男ではなかった。

 どんと、お腹に剣が刺さる。

 寝そべる場所はいつのまにか石畳に変わっていた。

 仰向けの私の目に、櫻火の顔が映り込む。

「あかん奴やなあ」

 細身の刀を振り上げる櫻火の顔は、とても柔らかい笑顔だった。


 体が跳ねて、私は目を開いた

 上半身を起こした瞬間、腹部に激痛が走り、私は呻いてベッドに倒れ込んだ。

 扉が開かれて、誰かが入ってきた。

「よかった、目が覚めたのね」

 ブロンドの長い髪の女がそこにいた。

「うちは」

「倒れていたから、医者に診せたの。暫くは動けないけど、生き死にに関わる傷じゃないとの診断よ」

 倒れていた?

 私はお腹を刺され、その後男に囲まれていた筈だ。

「あんた」

 あんたがあいつらを叩きのめしたのかと問う前に、女は何を勘違いしたのか見当はずれの言葉を口にした。

「私はサラよ。あなたの敵ではないし、安心してここにいていいのよ」

 穏やかな声だ。

 暴漢に襲われていたた小娘を拾ってきたとは思えない程に、彼女は落ち着いていた。まるで、母親が子供に絵本を読み聞かせるように、なんでもない事のようにこの女は振舞っている。

 それは異常だ。

 普通の人間は、刺傷された人間を見て冷静ではいられない。

「勝手に着替えさせてしまってごめんなさいね。ライセンスはベッドの横の棚に置いているわ。あなたのものかと思った得物は引き出し中。食事はできそう?」

 じっと女を見つめる。

 ここは何処なのだろう。

 こんな怪我をして医者に運び込まれたのでは、騒ぎになってしまう筈だ。

 夜の街中で人が襲われたのだ。街中が警戒を強めるのは当然だろう。

 女もこちらを見詰めている。

「怪しいわよね」

 女は苦笑いして、ベッドの近くにある椅子に座った。

「ここはね、私の友人のバトという闇医者の家。表向きは古道具屋をしているの。私は元々はロブの四天王で、だから怪我人を見ても慌てる事はないし、その事情を根掘り葉掘り聞くつもりもないわ」

 ロブは実態のはっきりしない団体だ。

 四天王といえば、その団体の中でも強者であり方針を決める人間だと聞く。

「あなた、暗殺を主に行う特別なライセンス持ちのようね」

「なんで、それを」

 ライセンス持ちが暗殺を行うなんていう事は非公開だ。協会の人間ですら知らない者もいるほどの機密事項である。外部の人間が知り得る筈はない。

「ライセンスの右下が欠けているのがその証でしょう。同じ物を持っている人に昔出会ったことがあるの」

 女は笑顔のままだ。

「皐月、でいいかしら」

 私は黙ったまま小さく顎を引いた。

「皐月はどうしてこの仕事を選んだの?」

「忍やから、この仕事はできて当然」

「うん、でも、皐月はこの仕事をするには優しすぎるわ。バルバラを助けて、窮地を陥ったのでしょう? 誰かを救って死にかけるなんて、愚かだわ」

 私は何も答えられなかった。

 女の言っている事は正しい。

「愚かだけれど、私はあなたの行動には好感が持てる」

 女は立ち上がった。

「食事、持ってくるわね。もう少し寝ていなさい」

 そう言って、部屋から出て行った。

 再び部屋に一人残され、天井を仰いだ。

 低い天井は染みだらけで、とても汚かった。


 

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