6.罪人は弁明する
甲板に出ると、ナイフを振り回す大人を相手取り、足を引っ掛けたりしながらリクは、まるで遊ぶように避けていた。
「姉ちゃん、こいつらどうしたらいい?」
「ハリネズミはこの場で殲滅する」
「落としちゃうよ」
雄叫びをあげながらナイフを振りかぶった男は、リクに腕を捕まれ、背負い投げをされた。手すりに足をぶつけた後、大きな音を立てて海へと落ちた。
もう一人の男は聞き慣れない異国の言葉で喚き散らして、食堂へと走ろうとする。私はその腕を掴んで微笑んだ。
振り返った男は、思いの外若かった。怯えた顔で私を見て、自分の意思で動かせなくなった体を小刻みに震えさせている。
ハリネズミの全てが悪人ではないのかも知れない。
だけれど、他の船でも同じような所業を繰り返し、それに対抗する勇気もなければ、抜け出すという果敢さもないのだ。それはもう、手を下した人間と変わりないように私は思う。
男を掴んでいない左手の指先に力をいれる。
セファードの家に伝わる宝剣を頭に思い浮かべる。私はそれに触れたことがある。細やかに宝飾された細身の刀。ヴィンセント・セファードがセフィリア妃から賜ったものだという家宝である。あまりにも美しいものだから、それほど古いものとは思えない。伝承は重厚さを上塗りする為のもので、事実かどうかは重要ではないのだ。
戦うための刀ではないそれを、私は敢えていつもイメージする。
想像から私は、精霊シルフの力を借りて武器を創造するのだ。
男は目を見開いて私の左手を凝視する。
右手の力を緩めると、男は自由になったというのにその場を動かない。
「クサ、逃げろ!」
声の方に目を向けると、地下から上ってきたアオゲがそこにいた。
ハリネズミは間も無く甲板に集まるだろう。
アオゲから男に視線を戻す。
「私もね、仕事なの」
静かに私は剣を男の胸に沈み入れた。
抜き取ると赤が降り注いだ。
フードをかぶり直さなかった事を、少しだけ後悔した。
「あなたがリーダーね。さあ、甲板に出て戦いなさい」
アオゲは階段から顔を出したまま、出てこない。
その代わりに他のハリネズミ達が甲板に雪崩れ込んでくる。
「全員処刑でいいんだよね? バルバラも?」
バルバラ。レオが救いたいと思った女性。
こうなってしまった以上、彼女だけ救うというのも、それは彼女にとって辛い事ではないだろうか。
「殲滅よ、リク」
彼らが悪人ならば、当然私も悪人だ。
大義名分があろうと、そんなものは理由にはならない。
人の命を奪えば、人殺し、ただの罪人である。どんな国であろうと、それを大手を振って許す事はない。否、許す許さないは問題ではないのかも知れない。
人は、人を殺してはいけないものだし、
半年前、ただ脅すだけではなく、初めからこうしていれば、この船やその他の船も被害には合わなかった。今手を下さなければ、被害は数を重ねていくだろう。自分にしか通用しない理屈をこねて、私は風で作られた剣を握りしめた。
私は子供の頃、俗にいう見える子だった。
魔法という仕組みを私はよく理解はしていないけれど、風が吹けばいいと思えば吹いたし、コップの水に念じれば溢れさせる事が自然とできた。
今のように炎を出したり、剣を創造したりという事は出来なかったけれど、子供の頃から小さな魔法を使う事が出来たのだ。
幼馴染のベルナルド・ラインも同じような
愛される花には妖精が宿ると絵本に書いていた。
だから私は彼女を花の妖精なのだと思っていた。
か細く、可憐な女性だった。
彼女はコゼットと名乗った。
彼女の傍で、私はよく本を読んでいた。隣にいるだけで、落ち着いたのだ。
ベルナルドは私の家に
ライン家もエリック王物語に出てくるイザーク・ラインの子孫と言われる、セファード家同様に古い家柄である。彼の父はカルロ、レオやロナウドの師だ。
家で稽古をすればいいのにと、私は彼に言った事はない。
言葉を交わさなくても、傍にいるだけでいいと思える人は貴重だ。
家が燃えた時、共に私が愛した花々も炎に舞い上げられてしまったから、彼女とはもう会えないものだと思った。だけれど、Lと対峙した時、彼女は私の傍にいたのだ。それは私を守ろうとするように思えて、心強かった。
コゼットは風の精霊シルフだったのだ。
私の使う魔法を支えてくれる、風、水、火、土の四大精霊は皆、セファードの家を守護するようにいた者達だ。その中でもコゼットは、私にとって特別だ。
精霊はその名を信頼する人間にしか呼ばせないのだとコゼットは言う。
その言葉は、私を嬉しくさせた。
優しいコゼットの力で作る武器は、野蛮なものでは嫌だった。使用目的は野蛮ではあるけれど、それは私の責任だ。セファードの宝剣を形取るのはきっと、コゼットへの弁明のようなものだ。
「サラがもし私の知らないサラになってしまっても、私が取り戻してあげる」
コゼットの言葉に私はいつも笑顔で返す。
私はもうあの頃の、コゼットとベルナルドの隣で本を読んでいた少女ではないけれど、彼女を失いたくはないと思うのだ。
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