3.姉と弟のような
エリシーク王国ミラルドは、世界一と謳われる港である。
ウルグ大陸は北部にはエリシーク王国、南部にはスラグ王国がある、南北に伸び大陸である。ミラルドはエリシーク王国の中でも北部に位置する。
クリスさんはスラグ王国で用事があるそうで、ガラパスを出てすぐ別れた。
私は普段ココアを飲む事はない。彼と一緒に過ごす時間が、ココアを美味しくさせる。クリスさんは私にとっての魔法使いだ。実際魔法を使うのは私なのだけれど、彼の魔法は私のそれなんかとは比べ物にならない力を持っている。
ミラルドの中でも最も港に近い広場に私の目的の人物はいる。蝟集する群れを掻き分けて中央にたどり着くと、雪のように白い髪の少年が手を広げていた。
「タネも仕掛けもないよー!」
屈託無く笑う彼の目が私を捉える。
「姉ちゃん!」
両手を掲げて私に大きく手を振る。私は右手を胸の前で振った。
彼の目の前に置かれた草臥れた箱に銅貨や紙幣が次々と放り込まれる。彼は「ありがとう」と愛想よく対応する。
見世物が終わった事を理解した群衆は算を乱して群れを解いた。
「あれ、じぃはいないの?」
彼こそがリクだ。
黒と赤のオッドアイが私を見上げる。
「リク、コンタクトを使いなさいっていつも言っているでしょう」
「俺、あれ嫌いだよ」
銅貨と紙幣で溢れた箱を中腰になってリクは持ち上げる。
「姉ちゃん、ご飯奢ってあげる」
「五年は早いわね」
リクは頬を膨らませて、私のコートの袖を掴んだ。
リクが歩き始め、私は引っ張られるようにしてそのあとに続いた。
リクは身長が百五十センチメートルほどで、十四歳の割に小柄だ。しかし、その小さな体のどこに仕舞われるのか謎なほど、よく食べる。
喧々囂々としたパブでリクは大皿をあっという間に平らげてしまった。
「姉ちゃんは少食だね」
確かに私は大食いではない。しかし、同世代の女性にしては食べる方だと自負している。
記憶に残る妹は健啖家だ。彼女の腹の虫は随分と大きいようで、よく音を鳴らせていた。彼女の食べる姿は実に心地がよかった。
「次の仕事で船に乗るのだけど、リクも一緒にユグラシスに行く?」
「行く! 姉ちゃんと一緒に仕事って久しぶりだなあ」
テーブルに肘をついて、顎を手に乗せる姿は愛らしい子供だ。しかし、Rで育った彼の実力は四天王にも匹敵するものだ。
レオに引っ張られて仕事をすることが多い為、この愛らしい人間性がレオの世間を斜めから見るような性格に汚染されないか心配になる。
否、そうじゃない。
レオは基本的には優しい人だ。ただ表現力が乏しいのだ。
私は彼の温かさを知っていた。
エリシーク王国にいた頃、そしてRに入ってからも暫くは、良きパートナーであり、そして兄のような存在だったのだ。
「ハリネズミの情報はある?」
「勿論だよ」
クリスさんから言い渡された阿呆どもの粛清である。
ハリネズミと名乗る雑多な集まりだ。半年前に一度巣を襲撃してから身を潜めていたのだが、今月に入ってからまた船を乗っ取るなどの悪行を働いている。
「明日の船が怪しいかな。乗船券を当日買える船が出る。変わった奴らばかり乗ると思うから、そこなら紛れやすいよ」
こくりと頷く。
純粋無垢な様子のリクは情報を集める事に優れている。
神の島には忍と言われるもの達がいるそうだ。実態はよく知らないが、隠密に任務をこなす事が専売特許だと聞く。もしかすると、リクはその血を継ぐ者なのかも知れない。
「明日の船、乗る?」
こてんとリクは首を傾げる。
「うん、乗ろう」
「じゃあ、今日は姉ちゃんと遊べる日だね!」
「宜しくお願いします、先生」
「任せて」
楽しそうなリクの顔を見ていると、自分の心まで綺麗な錯覚をしてしまう。
そんな筈はないのに。
リクはお肉のお代わりを注文し、私は珈琲のお代わりを注文した。
すでに陽は傾いている。きっとリクと過ごす時間はあっという間に今日という日を終わらせてしまうだろう。
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