2.好きなのは本当はココアじゃない

 木製の質素な椅子が四つ円形に並べられている。テーブルはない。

 私の右側にはレオ、左側にはクリスさんが座っている。

「扨。六つの宝のうち一つ、だが」

 クリスさんが口火を切る。

「申し訳有りません。剣を持ち帰る事ができませんでした」

 私の責任だ。

 私は個人の感情で、あの場を離れたのだ。

「ふぁふぁふぁふぁ。あれは良いのじゃ。大学に儂は行っておったのだが」

 テッドさんが独特の高笑いをする。

「確かあなたは破門されたのでは?」

「レオ」

 テッドさんはスラグ王立大学の名誉教授であった。何をしたのか詳しくは知らないが、破門を言い渡されている。けれど、それ以降も彼は幾度となく大学に潜入しているのだ。わざわざ蒸し返す必要などない。

「破門されても尚赴かれるとは、あなたの器の大きさには敬服いたしますよ」

 レオは足と腕を組んで、慇懃無礼な態度をとる。

 目上の人に対するこの態度は如何なものか。

「よう儂を褒めてくれるのう。そうじゃ儂は器の大きな人間じゃ」

 テッドさんは飄々とレオの嫌味に返答した。

 レオが舌打ちする。

 こんなところで喧嘩を吹っかけて、どう言うつもりなのだろう。話が長くなるだけで、得るものは何一つない。

「大学で儂が可愛がっておった者が見つけて来おった。という記述のある文献をな。つまりあの剣は、バッタもんという事じゃ」

「おい、あんたがあれは間違い無いと言ったんだぞ」

「そうじゃったかのう」

 テッドさんは惚ける。

 あの剣は、エリック王が持っていたものに相違ないと自負していたのは確かに彼だ。何が何でも手に入れろと声高に叫んで、何人もあの森に送り込み、失敗した。私とレオが二人掛かりで奪いにまで行ったのだ。

「それで、その鏡に心当たりはあるのですか」

 レオが苛立っているのが分かる。

 私はそれにつられないよう、冷静を装ってテッドさんに問うた。

「Lのライセンス協会にある鏡なんぞ怪しいのではないかの」

「今度こそ確かなんだな」

 テッドさんは独特の発声で笑った。確証はないのだろう。

「まあいいさ。その鏡は俺が行こう」

 クリスさんは、いつだって冷静だ。

「テッド、もう少し詳しく文献を当たってくれ。レオはスラグ南部の紛争の状況を確認し、必要があれば手を下す事。サラは、ミラルドへ。あの阿呆どもがまた蔓延はびこっておるらしい。粛清を任せる」

 クリスさんはテキパキと指示をする。

 彼がいなければ、この話し合いはいつまでも終わりを迎えないだろう。

「クリスさん、リクを連れて行ってもいいですか?」

「うん。あれも喜ぶだろう」

「はい」

 リクはナスカさんが神の島で拾ってきたオッドアイの少年だ。

 一緒に船に乗ろうと約束してから、一度も彼を連れ出してあげられていなかった。

「今日の議題は、これだけですかな」

「うん。それでは解散」

 クリスさんは一番先に階段へと向かった。

「クリスさん、一緒に行きます」

「サラ」

 クリスさんの後を追おうと歩き出すと、レオに腕を掴まれた。

 振り返ると、彼はすぅとその手の力を緩めた。

「何?」

「なんでもない。早く行け」

 レオは再び座り直し、煙草を咥えた。火は持っているようだ。

 クリスさんに呼ばれて、私は彼の許へと走った。

 どうも、レオの様子がおかしい。

 テッドさんに食ってかかるのはいつものことだが、今日は妙に苛立っているように感じたのだ。

 でもそれは、私の杞憂だろう。

 レオが嫌な奴なのは、平常通りなのだから。

 クリスさんに続いて、私は階段を上がった。この地下は、どうも空気が薄いように感じる。埃っぽくて、私は嫌いだ。

「サラ、レオと何かあったのか?」

「え?」

 パブを出る。

 クリスさんは、歩みを止めない。彼もこの街が好きではないらしい。

「今日はいつもに増して感情が表に出ていた」

「そうですか? レオはいつもあんな感じですよ」

 私も感じていた違和感ではあるが、惚けてみせた。クリスさんは「そうだな」と笑ってこの話を切り上げた。

 ライセンス協会はユグラシス大陸にある。ミラルドから出航する船に乗らなければならない。つまり、港までクリスさんと一緒にいられるということだ。

「クリスさん、リクはミラルドにいるんですが、一緒に食事でもしませんか?」

「ああ、サラ、本当にすまない。港へ行く前に旧友に会う約束があるのだよ」

 私の期待は早々に裏切られた。

 今の鬱屈した心持ちは、クリスさんと一緒にいれば晴れるのではないかと思っていたのだ。

 意気消沈していると、クリスさんがポンと私の頭に手を乗せた。

「サラの好きなココア、飲みに行こうか」

 視界が明るくなる。

 私はこの町が好きではない。

 そして、ココアの味も実のところ別段好物というわけではない。

 だけれど、集まりの後にクリスさんが連れて行ってくれるバルで出されるココアだけはお気に入りだ。閑古鳥が鳴くそのバルへ、私はクリスさんの腕を引っ張って足早に向かった。

 

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