7.井の中の蛙、大海へ出る

 仁王立ちするロナウドの前で、私とクライブは正座していた。

 夜中に出て行った事、Rと対峙していた事、ロナウドは笑顔のまま私達を責めた。いっその事、引っ叩かれて怒鳴られた方が気が楽だ。

「さっきの男、知り合いなのか」

 仏頂面でクライブは言い訳ではなく、話を外らす方に作戦を組んだようだ。

「クライブ、今その話は違うだろう」

 ぴしゃりと言われ、クライブは黙った。義兄あにには弱いらしい。

「ロナウド、本当にごめんなさい。でもクライブは、誰も傷つけない為に、それから自分の過去と向き合う為に行ったの。だから、そんなに怒らないであげて。無茶をしたことは全部私が責めを負うから」

 ロナウドのため息が聞こえた。

「二人とも、椅子に座りなさい」

 そう言うとロナウドは先に椅子に座った。

 私とクライブもそれに倣って座った。

「危険な事をしたという意識はあるね?」

 私はこくりと頷く。

 クライブは項垂れたまま動かない。

「レオは俺よりも前から王に仕えていた。七年前、突然姿をくらまし、Rになって居た。あれは腕が立つ。俺だって戦えば相打ちが限界だろう。クライブが戦って勝てる相手じゃあない」

 お姉ちゃんはあの日、私の前から消えた。

 そしてレオという男も同じく姿を消し、二人は今Rにいるのだ。

 無関係な訳がない。

「レオがセファードの事件に絡んで居たという確証はない。俺はあの事件とレオは無関係だと思う」

 ロナウドの目は嘘をついていない。

 きっと彼の言う事は正しいのだろう。

 下唇を噛む。

「Rは伝説をうつし世に現界させる事を目的としている。その剣は、恐らくエリック王のに当たると奴等は考えたんだろう」

 エリック王の冒頭。六つの宝を集めよと言うやつだ。

 一つ、異なる色のモノ。

 二つ、美しき溢れたモノ。

 三つ、光を放つモノ。

 四つ、守りしモノ。

 五つ、穢れを洗うモノ。

 六つ、天使の心臓。

 物語の中で、六つ目の天使の心臓は、セフィリア妃の命だった。

「じゃあ、これからもクライブの剣は狙われるって事?」

 ロナウドは頷く。

 お姉ちゃんもまた、クライブの前に立ちはだかるというのか。

 七年という月日は、それほどまでに人の心を変えるものなのだろうかと考える。お姉ちゃんは、いつだって自分のことよりも、他人の事を気遣っていた。お父さんが仕事に行く時、決まって泣きじゃくる私をいつも励ましてくれたのは、お姉ちゃんだった。

「ーーロナウド。俺、アリスと一緒に行こうと思ってる」

 クライブの突然の提案に、私は勢いよく横を向いた。

 クライブが私と?

「俺は、強くなりたい。この剣が何の意味を持っているのか、自分が一体何者なのか、知りたい。その為には、ここにいる訳にはいかないんだ」

 クライブは真っ直ぐロナウドを見ている。

 真摯な心がその横顔を精悍にさせているのだ。

 全身の血液が忙しなく駆け巡る。

「いい事だと思うよ、クライブ。アリス、クライブを連れて行ってくれるかい?」

「クライブは、いいの?」

 クライブが私に顔を向けた。

「お前となら、いい」

 私の頬が緩んだ。

「私とがいいんでしょ?」

 にたりと笑うと、クライブは赤くなり、そっぽを向いた。

 段々クライブの照れ屋なところが、可愛く思えてきている。

「うん、ロナウド、私、クライブと行くよ!」

 私は立ち上がる。

 一人で大陸を渡るよりも、二人でする方が楽しいに決まっている。

「アリス、ありがとう。でも、旅立つには早いかな。まだ陽は昇っていないね」

 ロナウドは笑った。

 隣でクライブが小さく「ばーか」と言ったけれど、やっぱり私は知らんぷりを決め込んだ。


 翌日、私たちは森を出た。

 マリアさんは朝焼き上げたパンを紙袋に詰め込んで、涙を流して見送ってくれた。ダニエルさんとロナウドは、餞別だと言って銀貨を十枚クライブに渡した。城を出るときに金貨を適当に掴んで来た事を、ロナウドには言えないままだ。ただの泥棒でしかない行為を告白する勇気はなかったのである。

 北上したところにあるミラルドという港へ向かう。

 ミラルドはウルグ大陸で一番賑わう港町だという。そこへクライブと行ける事が、私を興奮させた

 クライブは近くの町にしか出た事がないらしい。すぐ近くのカレイドで剣の稽古をたまに受けたり、ダニエルさんと一緒に手作りの工芸品を売っていたそうだ。それでも、私よりはよっぽど世間慣れしているのだと思う。私は井戸の中から空を見上げ続けた蛙で、やっと地上に出たばかりなのだ。

 世間知らずの私達はのんびりと街道を歩いた。

 船に乗るには、きちんと券を前もって買わなければならないと言うことなんて露ほども知らないまま。

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