4.お飾りのダガー
家を出て真っ直ぐ進み、二つ目の分かれ道で右に曲がり、また暫く真っ直ぐに行くと、広間のようにところに出る。街へと書かれた看板があるから、その道を行けば森を抜けられると、ロナウドに教わった。
右に曲がると、クライブの後ろ姿を確認した。
「クライブ、待って!」
私の声に反応してクライブは一度足を止めたが、振り返る事なく再び歩き始めてしまった。
私は彼との差を縮めるべく、更に足のペースを速めたのだが、突然上から何かが降ってきた。考えるより先に私は後ろに飛び退き、そのまま尻餅をついた。
「ほう、避けるとはなかなかのものだ」
さらさらとしたブロンドの髪が風に揺れる。端正な顔立ちの男が剣を片手に私の前に立っていたのだ。男は私を見下ろし、口角を上げた。感情のない目で作られた笑顔はまるで人形のようだ。
ゆっくりと男は腕を上げ、切っ先をこちらに向けた。危険だと、逃げろと頭の中で警報が鳴っている。けれど、私は地面に縫い付けられたかのようにその場を動く事ができない。
「アリス!」
クライブの声と共に、男は私に背を向けた。
金属のぶつかる音が聞こえる。
クライブの振りかぶった剣を、男が自身のそれで受け止めたのだ。
「こいつは関係ないだろう」
「君と彼女は関係があるだろう。つまり、そういう事だ」
男の動きは優雅だ。
クライブが叩き込む剣を、半身で避けたり、時には剣で流す。
ーー強い。
クライブの息は徐々に上がっていくが、男の呼吸は乱れない。
このままじゃ、クライブは負けてしまう。
男が攻撃に転じれば、勝ち目はない。
私は立ち上がり、鍔競りをしている男の腰めがけて渾身の力を込めて蹴りを繰り出したのだが、男は軽々とクライブと場所を入れ変えてしまい、私の足は見事にクライブに命中した。
小さく呻き声を上げてクライブは飛んだ。
私はクライブと男の間に割り込んで、ダガーを抜いた。
使った事もないそれは、格好をつけるために城から持ち出したものだった。
構えたものの、どう体を動かせばいいのか、私には分からなかった。
「腰が引けている」
瞬きの間もなかった。男は一振りして、私のダガーを草むらと投げ飛ばした。
動けないでいると、切っ先が私の喉元に向けられていた。何も分からなかった。動けば私は死ぬのだ、という事だけは理解できた。
「クライブ君、今夜湖に来給え。次はこのお嬢さんを、斬る」
剣は下げられた。
男が森の中へと姿を消すと、私はその場に座り込んだ。
「アリス」
クライブに後ろから抱きかかえられるようにして私は立ち上がった。
「怪我はないか」
肩を掴まれて、私の体は勢いよくクライブの方へと向けられた。
私よりもずっと背の高い彼の顔を見上げる。
「ーー怪我、させたな」
私の喉に、クライブの手が触れた。
クライブの目が今にも泣き出しそうで、何かを言わなければと思うほどに、息がつまり、言葉は喉を超えて出てくることはなかった。
「お前は、戦いになんて向いてない。Lなんて考えず、家に帰れ」
「クライブ」
漸く声が出た。
「私に家なんてない。家族もいない。帰る場所なんてないの」
クライブを更に困らせてしまったようだ。
彼は口を真一文字にしてつぐんだ。
「あの、さっきはごめん。痛かったよね」
「ーーああ、痛かった。女の蹴りとは思えない」
「ひどいなあ!」
私は笑った。
こんな息苦しい空気は、早々に去ってもらわなければならない。
「心配させちゃったね。ありがとう」
「ありがとうってなんだよ」
クライブの手が私から離れた。
そっぽを向いたクライブの頬は、ほんのり紅に染まっていた事を私は見逃さない。
「顔真っ赤だよ?」
「うるさい!」
そのまま彼は、街の方へと歩き始めた。
ぽかんと様子を眺めていると、今度こそクライブは私を振り返った。
「何呆けてんだ。置いていくぞ」
隣を歩く事を許してくれるという事だろうか。
乱暴なその言い方の裏側に、クライブの優しさを垣間見れたようで私は嬉しくなって、顎が痛くなるくらい頬が上を向いた。
「置いてかないで!」
慌ててダガーを草むらから探し出して駆け出した。
私はクライブの隣に立った。
そして、二人で並んで、彼のお父さんを迎えに行ったのだ。
クライブのお父さんは遠くから見ても、よく目立つ人だった。
ロナウドよりも体格がいいのではないかと思える。
しかし彼が抱えていたのは、物騒な武器なんかじゃなくて、野菜が少しだけ頭を出した紙袋である。
「ダニエルだよ、よろしく、アリス」
クライブが私を、変わった女だと紹介しても、彼はただ微笑んで私と握手をしてくれた。
「カレイドの街の鍛冶屋に今はお手伝いに行っているんだ」
クライブはダニエルさんの荷物を受け取り、彼にロナウドが帰って来た事をとても楽しそうに話した。
なんて仲のいい家族なんだろう。
子供の頃、お父さんはほとんど仕事で家を空けていたけれど、帰ってくる度に仕事であった事を楽しそうに語って聞かせてくれた。背の高いお父さんにされる肩車が私は大好きだった。お母さんは刺繍が大好きで、洋服に可愛いお花をつけてくれた。私とお姉ちゃんはお母さんが読んでくれる「エリック王物語」に夢中だった。セフィア妃への恋心をひた隠しにするヴィンセント・セファードが祖先なのだと言う。それが嬉しくて、何度も物語を読んでくれと強請ったのだ。
「アリスは精霊様と契約のために来たのだね」
ぼうっとしているとダニエルさんに声をかけられた。
「はい。私、一応ダガーを持っているんですけど使えなくて。体術は稽古をつけてもらったから少しならできるんですけど、それじゃあ駄目だなって」
横でクライブが「すごい足技を持っている」とダニエルさんに小声で言ったが、聞こえないふりをした。
「クライブ、明日にでも精霊様の湖に連れて言ってあげなさい」
湖という単語が、私の体を固くさせる。
先刻の男は、今夜湖に来いと言っていた。
「クライブ、湖に連れて行ってね」
「ーーああ」
クライブは私の方を見ないで、そのまま歩き続けた。
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