3.暖炉のある家

 森の中に小さな二階建ての家がぽつんと在った。

 煙突から煙が出ている。暖炉があるのだろうか。

「さあ、どうぞ、アリス」

 ロナウドが扉を開いて、私を迎え入れてくれる。

 それがとても嬉しくて、私はその場で足を止めてしまった。後ろからクライブが私の背中をドンと押した。

「早く入れよ。寒いだろ」

 そのままクライブは私の隣をすり抜けて、先に扉をくぐり抜けてしまった。

「ちょっと、痛いじゃない!」

私の声はまるでクライブに届かない。

「早くおいで」

 楽しそうに笑うロナウドは、私が部屋に入ると扉を閉めた。

 家の中はとても暖かかった。暖炉が私達を包み込むように薪を燃やしていた。そこには大きな鍋が置かれている。

 本の中に出てくるような光景が私の目の前に広がっている。

「お帰りなさい、ロナウド。お勤めご苦労様でした。クライブもお帰りなさい。ーーあら?」

 丸眼鏡を掛けた小柄な女性が、私を不思議そうに見つめていた。

「彼女はアリス。精霊様に会いに王都からきたそうだよ」

 ロナウドはマフラーを女性に手渡して、椅子に腰掛けた。

 その正面にクライブは座り、肘を机について手に顎を乗せて私を見た。その目には意地悪な光が宿っているように感じた。

「怪しい女だけど、多分悪い奴じゃあない」

「怪しいって、クライブ、あんたねえ!」

 私の叫びなど意に介さず女性は後ろからクライブを抱きしめて、満面の笑みを浮かべた。

「まあ、女の子のお友達ができたのね、クライブ。初めまして、アリス。私は二人の母のマリアです。どうぞ、座ってちょうだい」

 コクリと頷き、私はクライブの隣に座った。

 幸せな家族というのはこんな感じなのだろうか。

「お友達じゃない」

 クライブは私を一瞥して、すぐにふんと鼻を鳴らして私から顔をそらした。

 照れ隠しをしているのが丸わかりだ。

 ぶっきらぼうではあるけれど、彼は嫌な奴なんかじゃないのだろう。

 マリアさんは楽しそうに笑って、奥の部屋へと消えた。きっとそっちは台所なのだと思った。

「ロナウド、今回の休暇はどれくらいなんだ?」

「休暇じゃなく、今は職なし」

 ロナウドはLだと言っていた。

 Lは基本的に依頼を受けて日銭を稼ぐ、その日暮らしである。

「定職についていたの?」

 私の疑問をクライブは馬鹿にするように鼻を鳴らした。そしてまるで自分の事のように自慢げに語るのだった。

「ロナウドはライセンス持ちだよ。その辺のならず者と一緒にするな」

「え!」

 リバティは人々からならず者扱いを受けている。

 自由を愛すると言えば聞こえはいいが、一処に留まる事なく当て所もなく旅を続け、時には汚いと言われるような依頼すらも受けて生活費を稼ぎ出すのだ。勿論、信念に基づいて行動をする人もいるが、多くはまともに働けない人間なのだ。しかし、ライセンス持ちは別だ。その実績が認められ、国からの要請も受けることがある。そして世間からも、まるでエリック王一行のような勇者のような扱いに変わる。私が目指すところもライセンス持ちである。

「ロナウドはエリシーク国の要請で七年間働いてたんだ」

「エリシーク国の……」

 思わず俯く。

「いいじゃないか、そんな話は。アリスも詰まらないだろう?」

 何をしていたのだろう。

 私の事を本当は知っているのだろうか。

 七年前と言えば、私の家が燃えた年だ。

 私が家族を失った年。

 真っ白な雪を真っ赤に染めたあの夜。

 私を時計台に迎えにきたのは、確かーー。

「アリス?」

 顔を上げると、ロナウドが私を真っ直ぐに見詰めていた。

 やっぱり、私はこの人を知っている。

「ねえ、ロナウド。私、ユリアスで貴方に会った?」

「さあ、どうだったかな」

 ロナウドは穏やかに笑った。

 はぐらかされている気がする。

 じっとロナウドの目を見詰めてみるが、彼は何も話そうとはしなかった。

「おい、ロナウドはロリコンの趣味はないから惚れても無駄だぞ」

 左を勢いよく向くと、クライブは私の方を見ていなかった。

 頬が熱い。

「そんなんじゃないもん。ロナウドが私の大切な友達と関わりがあったんじゃないのかなって思って……。あの人は、もういないから」

 言い訳を話すつもりだった。

 私は何を言っているんだ。こんな暗い話を聞いて、いい気分になる人はいない。私だって、カルロの事を彼を知らない人に話したって何も得るものはない。

 私は再び目線を自分の膝へと落とした。

「俺、義父とうさんを迎えに行ってくる」

 椅子が引かれる音がした。

 クライブはそのまま立ち上がって家を出て行ってしまった。

「わ、私も行く」

 クライブをここに居辛くさせたのは私だ。

 立ち上がった私をロナウドが「アリス、待って」と引き止める。

 扉がパタリと閉まった。まるでそれは私を拒絶するようだ。

「アリス・セファード。俺は君に会ったことがあるよ」

 振り返ると、ロナウドはどうしてだか悲しそうに私を見て居た。

 中途半端に立ち上がって歩き出そうとしていたが、ロナウドに向き合って座った。

「クライブには知られたくないかと思って、ごめんね。七年前、時計台に妹を迎えに行って欲しいと、女の子がカルロ様に頼みに来たんだ。今にも消えてしまいそうな子だった。あの雪の日、小さな女の子を負ぶって城へ戻る事が俺の初仕事」

 大きな手で私の頭を撫ぜてくれた。

 涙を拭ってくれた。

 温かい背に背負われて、そのまま眠ってしまって、目を覚ました時にはベッドの上だった記憶は、今でも鮮明に思い出せる。

「お姉ちゃんに会ったの?」

「カルロ様から連れ戻すよう命じられていたけれど、上手くいかなかった。申し訳ない」

「そんな! お姉ちゃんがRの四天王だってこと、調べてくれたのはロナウドなんでしょ?」

 Rなんてお伽話か何かだと思っていた。

 エリック王物語に登場する神様の住処だという空中城を再び呼び起こそうとする団体。影のような存在で、噂によれば、国家とも通じ、裏で歴史を操ろうとする組織とも言われている。Rのトップは四人いて、四天王と呼ばれている。

 カルロが調べた話によれば、私の家を襲撃した黒幕はRのナスカという女だという。エリシーク王国と当時戦争をしていたスラグ王国の差し金だと、カルロは睨んでいた。

 そんな組織に、どうして、あの優しかったお姉ちゃんがいるというのだろう。

「ロナウド。あの日、来てくれてありがとう。それから、カルロの傍にいてくれてありがとう」

「仕事だからね」

「それでも、ありがとう。カルロは貴方の事とても信頼してたよ。じゃなきゃお姉ちゃんの事を任せたりしない」

 カルロは言っていた。友のような護衛がいるのだと。

 きっとそれはロナウドだ。

「話してくれてありがとう。ロナウド、私、クライブと一緒に行ってくるね」

「ああ、クライブを頼むよ」

「任せて!」

 私は今度こそ、クライブを追って家を出た。

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