胆鼠海静

一.

向日葵


 向日葵が、今にも吐きそうな面持ちで、日射に首を垂れていた。種が付いた中央の褐色の部分は、はちきれんばかりに膨らんで、大量の吐瀉物を溜め込んでいるようだった。

彼らは、こちらを観ている。もちろん眼球にあたる器官は有(も)っていないが、確かに、視線を放つことが出来るのだ。

太陽の運行に従って動くというのは誤りらしい。しかし、そういった誤解が生じていることが、彼らの異様さ、不気味さの証明になっている。

 見ていると、土から自力で根を引っ張り出してこちらへ来そうだ。他の花だとあまりこういった想像は起こらない。その原因は大きさと体形にあると思う。彼らは、他のキク科の植物に比べて、大きい。それも大木ほどではなく、人の平均身長よりも若干高いぐらい。それが、大人が子供を見下げるが如く、目の前にそびえ立つのだ。不気味でないはずがない。そして、丸と棒をくっつけたような、花と茎の部分の明確性を際立たせる半ば乱暴なデザイン。シュミュラクル現象の身体版といえばいいのか、花は頭部、茎は胴体という連想を観察者に嫌でも想起させ、やがて、人体との類似性が浮かび上がるのだ。巨木の包容力も、小花の華奢性も持ち合わせていない、どうしていいか分からない領域に彼らは、いる。自分たちと似ている、しかしその酷似性は満足のいくまで貫徹されておらず、後の余白は全てこちらとの協調を拒絶するもので埋め尽くされている、向日葵はそういった存在だ。

 差異と一致が織りなす薄気味悪さは他の動物でも見られる。蛸なんかがそうだ。彼らは瓶に監禁されても、蓋を開けて脱出する。



百合

 

異星から送られてきた装置か何かなのか。例えば、探索用の。

 


彼岸花


茎に葉がついていないせいで、か細い花弁が宙に浮いているようだ。その不安定な様が可憐さを一層際立たせる。

 

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