第27話 僕と第一皇女はお兄様と話し合う
*
数時間後、僕は馬車から降りて城内を歩いていた。
(相変わらず広いなあ……)
そんなことを思っていると前方から見覚えのある人物が歩いてきたので声をかけた。
「やあ、バーシアさん」
すると相手はこちらに視線を向けてきた後に笑みを浮かべて言った。
「あら、ゴーシュ君……今日は、よろしくお願いいたしますね」
それに対して僕も笑顔を返すと言った。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そして二人で歩き始めると僕は尋ねた。
「それで、今日は何のための護衛ですか? それとも、ただの観光とか……?」
その問いに彼女は首を横に振った。
「いいえ、違いますよ。実はですね……ゴーシュ君に会ってもらいたい方がいるのです」
「僕に会ってほしい人?」
「はい、そうです。詳しい話は部屋でしましょう」
そこで言葉を切った後で僕に手招きしてきた。
なので、彼女の後を追うようにして部屋に向かった。
*
部屋に入るなりソファーに腰掛けた彼女に対して問いかけた。
「それで会って欲しい人というのは誰なんですか?」
すると彼女は笑みを浮かべながら答えた。
「それはですね……今は、秘密です」
「……えっ!?」
その答えを聞いた瞬間、思わず聞き返してしまった。
(どういうことなんだ……?)
困惑していると彼女が口を開いた。
「すみません、驚かせてしまって……ですが、その方に会うためには必要なことなのです」
「……なるほど、そういうことなら仕方ないか……」
その言葉に納得はしたものの気になるものは気になったので質問してみた。
「ちなみにですけど、どんな人物なのか聞いてもいいですか?」
すると彼女は頷きつつ答えた。
「……その方が誰なのかは、お会いすればわかりますよ」
そんな意味深な言葉を受けた僕はさらに混乱してしまった。
そんな時、部屋の扉がノックされたので視線をそちらに向けるとバーシアさんが声をかけてきた。
「どうぞ、お入りください」
その言葉の後に入ってきたのは黒いローブに身を包んだ長身の人物だった。
フードを深く被っているため顔は見えなかったが体格的に男性であることは間違いなさそうだった。
彼は無言で部屋の中に入ると僕らの向かい側のソファーへ腰を下ろした。
それを確認したバーシアさんは彼に向かって話しかけた。
「お久しぶりですね、ダメッシュさん」
その名前を聞いて僕は驚きを隠せなかった。
(そんな……でも、どうして……!?)
そんな彼女の言葉に男は小さく頷いた後で口を開いた。
「ああ、久しぶりだな、バーシア……」
その声は低くて落ち着いたものだったが僕には聞き覚えのある声だった。
(間違いない……この人は……)
そう思った僕は我慢できずに叫んだ。
「なんで、お兄様がここにいるのですか!?」
その瞬間、部屋の中に沈黙が訪れた。
しばらくした後で我に返った僕は慌てて頭を下げた。
「今まで何してたんですか!? お兄様のせいで、お父様とお母様は捕まったのですよ!? それなのに何もせずに隠れていて……恥ずかしくないのですか!?」
しかし、そんな言葉を受けても、なお兄は無言のままだった。
その様子を見た僕は再び声を上げた。
「何とか言ったらどうなんですかっ!!」
そんな僕の叫びに反応するように兄が立ち上がったかと思うと次の瞬間、僕の顔面に拳が飛んできた。
それをまともに受けた僕は後ろに倒れ込んでしまった。
そんな僕に対して兄が言った。
「うるさいぞ!! 黙っていろ!! 弟が兄に逆らうな!!」
その迫力に圧倒されてしまいそうになったがなんとか踏みとどまった僕は立ち上がると声を荒らげた。
「黙るわけないでしょう!? どれだけ心配したと思っているんですかっ!!」
そんな僕に対して兄が怒鳴り返してきた。
「黙れと言っているのがわからないのかっ!!」
そして続けざまに拳を繰り出してきたので今度は避けることができた。
その後、僕と兄の殴り合いが始まったのだが途中でバーシアさんが止めに入ったことで戦いは終わった。
その後で床に座り込んだままの兄に対しバーシアさんが話しかけてきた。
「ダメッシュさん、あなたの気持ちはわからなくもないのですが……これ以上、騒ぎを大きくするのは得策ではないと思いますよ」
それに対し兄は俯いたままで答えた。
「……わかっているさ」
「それならいいのですけれど……」
そこまで話したところで、ふと何かを思い出したらしいバーシアさんが尋ねてきた。
「そういえばダメッシュさん、あなたに会わせたい人がいるといったことを覚えていますか?」
すると兄は小さく頷いてみせた後で言った。
「それはゴーシュのことだろ? 今さら何を話すことがあるというのか……」
「ええ、そうですよ。ただ、一つだけ伝えておきたいことがあっただけです」
「……なんだ?」
そう呟いた後で顔を上げた兄にバーシアさんは微笑みながら言った。
「ゴーシュ君は、あたしの婚約者になったのですから、今後は仲良くしてくださいね♪」
そんな爆弾発言を耳にした僕は驚いてしまった。
(今なんて言ったんだ!?)
そんな僕の心情など知る由もなく二人は会話を続けていた。
「どういうことですか!? なんで、そんな話になっているのですか!?」
珍しく動揺している様子の兄にバーシアさんが笑顔で答える。
「だってゴーシュ君があたしのことを好きになってしまったみたいなんですよ♪ ですから結婚を前提にお付き合いすることにしたんです♪」
それを聞いた兄は頭を抱えながら大きなため息をついた後で僕に問いかけてきた。
「本当なのか……?」
その問いかけに僕は戸惑いながらも答えた。
「いや、それは違……」
「違わないですよね♪」
僕が否定しようとした瞬間、バーシアさんが割り込んできた。
しかも満面の笑みで……だ。
そんな彼女に兄は呆れた様子で呟くように言った。
「……もういい、勝手にしろ……」
それを聞いたバーシアさんは満面の笑みを浮かべた後で僕の方に視線を向けると嬉しそうに抱きついてきた。
そんな彼女の行動に僕は顔を赤くしながら思った。
――まさか、こんな展開になるなんて思わなかったなあ……。
……いや、そういうことではない!
今、この場で大事なことは……!
「ダメッシュ・ジーン・サマー……あなたに聞きたいことがあります」
「なんだ?」
「あなたは、どうして王国に歯向かおうとしたのですか?」
「お前には関係ない」
「……どういうことですか?」
「俺は自分の目的のために行動しただけだ」
「……その目的は?」
「……お前に教えるつもりはない」
そんなやり取りを交わした後で、僕らは互いに距離を取った。
そんな僕らのやり取りを見ていたバーシアさんが声をかけてきた。
「ダメですよ、二人とも喧嘩しちゃあ……」
そんな彼女の言葉で僕たちは黙り込んだ。すると彼女は続けて言ってきた。
「とりあえず、お互いに言いたいことはあるでしょうけど、今日はこの辺にしておきましょうか……。また後日、時間を作るのでその時に話しましょうね」
彼女の提案を聞いた僕は頷くと返事をした。
「わかりました」
そして部屋を出る前に振り返って兄に声をかけた。
「それでは失礼しますね」
それに対して兄は何も言わずに頷くだけだった。
*
部屋を出たところでバーシアさんに声をかけられた。
「ゴーシュ君、ちょっといいですか?」
「はい、なんでしょうか?」
「あたしの部屋まで一緒に来てもらえますか?」
そう言われたので断る理由もなかったので了承すると答えた後に歩き出した彼女についていった。
(一体、何の用だろう……?)
そんなことを考えながら歩いているとすぐに目的地に到着したようだった。
そのまま部屋の中へと入った後で彼女が言った。
「そこに座って待っていてください」
その言葉に頷きつつソファーに腰を下ろすと彼女が紅茶を持ってきてくれた。
「どうぞ召し上がってください」
その申し出をありがたく受けることにした僕はティーカップを手に取ると口をつけた。
温かい液体が喉を潤していく感覚が心地よかった。
そんな僕の様子を微笑ましそうに眺めていた彼女はおもむろに口を開いた。
「ゴーシュ君に一つお願いがあるんですけど……聞いてくれますか?」
その問いかけに僕は首を傾げた後で尋ねた。
「それで……お願いって何ですか?」
すると彼女は笑みを浮かべながら答えた。
「簡単なことですから心配しないでください」
「……はあ」
曖昧な返事を返した後で改めて質問してみた。
「それで、僕に頼みたいことというのは……?」
その言葉を聞いた彼女は真剣な表情で話し始めようとしていた。
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