第28話 僕と第一皇女はお兄様の真意を知る




  *




「あたしはゴーシュ君にダメッシュさんと仲良くしてほしいと思っているのです」


「えっ!?」


 そんな彼女の反応を見たバーシアさんは苦笑いを浮かべると言葉を続けた。


「まあ、いきなりそんなことを言われても困りますよね……」


「……まあ、そうですね……ちなみにですが、どうして、お兄様と仲良くする必要があるのですか? あの人は王国に謀反をおこなおうとしていた人物ですよ?」


 しかし、そんな僕の言葉にも動じることなく彼女は答えた。


「だからこそです」


「どういうことです?」


「確かに彼は許されないことをしてしまったかもしれません……でも、だからと言ってこのまま放置しておくわけにもいかないと思ったのです」


「それは、どういう意味ですか?」


「もしも彼が本気で国を変えようと思っていたのなら、今のやり方ではダメだということを理解していたはずです……それでもなお、強行手段に出たということは何か別の意図があったのではないかと思うのですよ」


「例えばどんな思惑があるとお考えなのですか?」


「詳しいことは、ダメッシュさんから聞いてください。その方が納得するはずですから」


「……わかりました」


 渋々ではあるが頷いた僕を見た後で彼女は笑顔を浮かべながら言った。


「それじゃあ、もう一度、ダメッシュさんと話し合いましょうか」


「はあ……」


 正直、お兄様のせいでお父様とお母様が捕まったのだ。


 どうして、そんなお兄様と仲直りしなければいけないのだろうか……?


 そんなことを考えていた僕の気持ちを察したらしく、彼女が声をかけてきた。


「ゴーシュ君、これはチャンスなんですよ」


「……どういう意味ですか?」


「だって、この機会を逃したら一生後悔するかもしれないんですよ?」


「…………」


「それに、ゴーシュ君の方から歩み寄れば、ダメッシュさんは正直に話してくれるかもしれませんよ?」


「……確かにそうかもしれませんね」


「そうでしょう? でしたら、さっそく行ってみましょうか♪」


 そう言って立ち上がったバーシアさんに続いて僕も立ち上がるのだった。




  *




 部屋を出てお兄様のいる部屋へ戻ってきたところで僕は声をかけた。


「すみません、お待たせしました……」


 しかし、反応はなかった。


 どうやら眠っているらしい。


(まったく、この人は……大事な話をしようと決意したのに眠るなんて……)


 そんな風に考えていた時、不意に後ろから声をかけられた。


「大丈夫ですよ、ゴーシュ君。しばらくしたら起きると思うので待っていてください」


 振り返るとバーシアさんが優しい表情を浮かべて立っていた。


 そんな彼女に促された僕は近くにあった椅子に腰を下ろした。


 そして再び眠り続けている兄の姿を眺めていた時だった。


 ――突然、彼の目が見開かれたのだ。


 それを見た僕は慌てて声をかける。


「お、お兄様……大丈夫ですか?」


 そんな僕の問いかけに対し彼は答えた。


「ああ、大丈夫だ」


 そう言った後でゆっくりと立ち上がるとこちらに近づいてきた。


 そんな彼に向かって僕は話しかけた。


「あの、すみませんでした……」


 それを聞いた彼は小さくため息をついてから話しかけてきた。


「……もう終わったことだ、気にするな」


 それだけ言うと今度はバーシアさんに視線を向けてから言った。


「それで、何の用だ?」


 それに対して彼女は笑顔で答えた。


「いえ、せっかくなのでお話ししようかと思いまして……」


 その答えを聞いた兄は呆れた様子で呟いた。


「そんなことのためにわざわざ俺を起こしたのか……?」


「はい、そうですけど何か問題でもありましたか?」


 首を傾げながら問いかける彼女に兄は大きなため息をつくと諦めたように話し始めた。


「……わかった、話くらいは聞こうじゃないか」


 そんな兄に対して満足そうに頷いた後で彼女は僕の方に視線を向けると言った。


「それでは早速、本題に入りますね」


 その言葉に僕が頷くと彼女は話し出した。


「ダメッシュさんとゴーシュ君のご両親は現在、スプリング王国の地下牢にいます。ダメッシュさんの謀反の計画が原因です。その事実をダメッシュさんは知っていましたか?」


 その問いかけに僕は頷いてみせた。


 すると兄が吐き捨てるように言った。


「当たり前だ。俺が気づかないはずがないだろう……」


「それなら、どうして何もしなかったんですか?」


 バーシアさんが尋ねると兄は静かに語り始めた。


「俺には……どうしても、やらなきゃいけないことがあったんだ……そのためには仕方がなかったんだよ」


 その言葉を受けた彼女が問いかけた。


「そのやらなければならないことというのはなんですか?」


 兄は少しだけ躊躇った後で答える。


「彼女を……ハウティアを……手に入れたかったんだ……」


「えっ!?」


 ハウティア――ハウティア・ファクター・スプリングはスプリング王国の第一王女の名だ。


 予想外の返答だったこともあり思わず驚きの声をあげてしまった僕だったが、バーシアさんは冷静に質問を続けた。


「彼女を手に入れるとはどういうことですか?」


「……言葉通りの意味だよ」


 兄の答えを聞いた彼女は少し考える素振りを見せた後で言った。


「もしかして、ダメッシュさんはハウティア・ファクター・スプリングさんのことが好きだったのですか?」


 その問いかけに一瞬、驚いた表情を浮かべた後で視線を逸らしつつ答えた。


「……そうだと言ったらどうする?」


 彼女の言葉に観念した様子の彼を見つめながら僕は思った。


(まさか、お兄様が恋愛的な意味で好きだった相手というのが王女様だなんて思いもしなかったなあ……)


 そんなことを考えている間にも二人の会話は続いていた。


「それで、彼女と結ばれるために反乱を起こそうとしていたということでしょうか?」


 バーシアさんの質問に兄は頷きつつも答えた。


「そういうことだ」


 その言葉を受けてから少しの間を置いて彼女は再び質問を投げかけた。


「なるほど、大体のことは理解しました……では、もう一つだけ聞かせてください」


「……なんだ?」


「なぜ、そこまでして彼女を手に入れたかったのですか?」


 すると兄は真剣な眼差しを向けながら話し始めた。


「それは、あいつのためだからだ……俺の幼馴染であり、初恋の相手でもあるハウティア・ファクター・スプリングを不幸にしないためなんだよ!」


 彼の言葉を耳にした僕は思わず呟いていた。


「……そうだったんですね……」


 そんな僕の呟きが聞こえたらしく、バーシアさんが微笑みながら尋ねてきた。


「どうしたんですか?」


 そこで改めて気づいたのだが、今ここにいるのは僕とバーシアさんと兄の三人だけだったのだ。


そのことに若干の気まずさを感じながらも僕は口を開いた。


「えっとですね……実は、お二人が恋仲だという話を聞いたことがなかったもので驚きました」


 その発言を聞いて苦笑いを浮かべていた兄であったが、すぐに表情を戻すと僕に声をかけてきた。


「ゴーシュ、お前はこれからどうするつもりだ?」


 その問いに僕は即答してみせた。


「もちろん、お父様とお母様を救い出します」


 それを聞いた兄は満足そうな笑みを浮かべると言葉を続けた。


「そうか、頑張れよ……」


 そう言って微笑んだ後で思い出したように付け加えた。


「それと、一つ頼みがあるんだが聞いてくれるか?」


「なんでしょうか?」


 そう尋ねた僕の目をじっと見つめると彼は静かに言った。


「もしもこの先、お前が自分の道を見つけた時は、その時は……俺に力を貸してくれないか?」


「……わかりました」


 深く考えずに答えた僕を見て安堵したような表情を浮かべると彼は続けて言った。


「ありがとうな、お前ならきっと何かを成し遂げる気がするよ……」


 そして最後に一言だけ付け足すのだった。


「だから、死ぬなよ」


 その後、僕らは別れた。


去り際に兄がボソッと呟く声が聞こえてきた。


「……すまなかったな、ゴーシュ」


 しかし、その時の僕にはその意味がよくわからなかった。


 そのため聞き返そうとしたが既に兄の姿はなかった。


 仕方なく諦めることにした僕は隣にいるバーシアさんに声をかける。


「これでよかったのでしょうか?」


 そんな僕の問いかけに彼女は笑顔を浮かべながら言った。


「ええ、上出来ですよ♪」


 それからしばらくの間、二人で他愛もない会話を楽しんだ後で僕は部屋を後にした。

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