第16話 僕と謎の精神生命体
*
(ここは……?)
ゆっくりと瞼を開けると、そこは薄暗い部屋の中だった。
まだ頭がぼんやりとしているせいか思考がまとまらない。
とりあえず起き上がろうと体に力を入れた瞬間、全身に激痛が走った。
「うぐっ……!?」
その痛みによって完全に意識が覚醒した僕は、自分の身に何が起きたのかを思い出した。
(そうか……確かあの時、急に痛みが襲ってきて……そのまま気絶したのか?)
だとしたらここはどこなのだろうかと思ったその時、ふと気づいたことがあった。
それは自分の手足が全く動かないということだ。
いや、正確には動かすことはできるのだが、何かに固定されているかのように全く動かせなかったのである。
そのことに疑問を抱いた僕は、何とか首を動かして自分の体の状態を確認しようと試みたのだが、どういうわけか視界は真っ暗で何も見えなかった。
「いったいどうなってるんだ?」
そう思った時だった――不意に声が聞こえてきた。
『目が覚めたか?』
聞こえてきた声に視線を向けるとそこにいたのは黒いローブを纏った人物だった。
しかもよく見るとその人物は僕自身だったのである。
一瞬、鏡でも見ているのかと思ったけれど、それにしては似すぎているような気がした。
そんなことを考えていると再び声が響いてきた。
『どうだ、気分の方は?』
その問いかけに答えることなく黙っていると、彼は笑みを浮かべながら言った。
『まぁいい……それよりもお前に話がある』
「話……?」
いったい何だろうかと思いながら聞き返すと相手は頷いた後で話し始めた。
『あぁ、お前にとっても悪い話ではないはずだからな……』
(どういうことだ……?)
相手の言葉の意味が理解できなかった僕は首を傾げていると、その反応に気づいた相手がニヤリと笑みを浮かべた。
『その様子だと何も知らないようだな?』
(知らない……?)
ますます意味がわからなくなった僕は、困惑していると彼が言った。
『いいだろう、教えてやる。お前の体に起こっていることについてな……』
(僕の体に起きていることだって……?)
その言葉を聞いた途端、嫌な予感がした。
なぜなら今目の前にいる人物は自分のことを自分だと言ったからだ。
普通ならばそんなことありえないだろう。
だが、それが現実となってしまっている以上、認めざるを得なかった。
そんな僕の考えを見透かしているかのように笑みを浮かべたまま話を続けた。
『どうやら理解してくれたみたいだな……そうだ、俺はお前の体を間借りさせてもらっている者――すなわち精神生命体というやつだな』
「精神……生命体……」
『あぁ、その通りだ。もっとも厳密に言えば少し違うんだがな……』
「……っ!?」
彼の言葉に思わず息を飲んだ。
なぜなら彼曰く、自分は人間ではないというのだから当然の反応と言えるだろう。
するとそんな僕に対して言った。
『驚くのも無理はないだろうな……なんせ普通の人間はこんなこと信じないだろうからなぁ!』
まるで小馬鹿にするような口調で話す彼に苛立ちを覚えたものの、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。何故なら先ほどから気になっていたことを尋ねるチャンスだと思ったからだ。
だから僕は意を決して尋ねた。
「あなたは何者なんですか?」
それを聞いた彼は笑みを浮かべて答えた。
『俺か? 俺は見ての通りただの人間だ』
「いや、そんなはずない! さっきも言いましたけど普通の人はこんなことはできないはずです!」
僕がそう言うと彼はやれやれといった様子で肩をすくめた。
『だったら逆に聞くがお前は自分が特別だと思うようなことがあるか?』
「……どういうことですか?」
『言葉通りの意味だよ。たとえば勉強ができるとかスポーツが得意だとか、そういったことが当てはまるわけだな』
「それは……」
言われてみれば思い当たる節があった。
確かに僕は勉強や運動に関してはそれなりにできる方ではあったし、友達からも一目置かれる存在だったと思う。
だけどそれはあくまでも他の人と比べての話だと考えていたのだ。
それなのに目の前の相手はどうだ? 明らかに常人離れした力を持っているにもかかわらず、それを自慢するどころか隠そうとしているではないか。
その事実に気づいた僕は無意識のうちに口を開いていた。
「……もしかしてあなたも何か特別な力を持ってるってことですか?」
『ほぉ……なかなか鋭いじゃないか』
僕の指摘に対し、彼は感心したように言ったあとで続けた。
『そうだ、俺も持っているぞ……ただしお前と違って特殊な能力を、だ』
「それって一体どういう能力なんですか?」
期待を込めて問いかけると、彼は笑みを浮かべたままで言った。
『俺の能力は【憑依】といって他人の肉体を乗っ取ることができるというものだ』
「乗っ取る……?」
『そうだ、文字通り他者の体を奪うことができるというわけだ』
彼の説明を聞いてようやく理解した。
どうして体が動かなかったのかを……。
つまりこういうことだったのだ。
先ほどの頭痛で気を失っている間に何者かに憑依された結果、今のこの状況になっているのだと悟ったのである。
だからこそ僕は必死になって叫んだ。
「今すぐ僕をここから解放してください!」
すると彼は首を横に振った。
『それはできない相談だな』
「なっ!? どうしてですか!?」
『理由は簡単だ――俺がそう決めたからだ』
「えっ……?」
予想外の答えに唖然としてしまった。
しかしすぐに我に返ると再び問いかけた。
「そもそもなんで僕にこんなことをするんですか?」
『さっきも言っただろ? お前が勇者に選ばれたからさ』
「そんなのおかしいです! だって僕には何の力もないんですよっ!!」
『いいや、そんなことはないさ』
「何を根拠にそんなことを言うんだっ!?」
『そんなの……決まっているだろ。俺にはわかるんだよ……お前の中に眠る力がな』
「ぼ、僕の中に眠る力……?」
予想もしていなかった言葉に戸惑いを隠せないでいると、彼は頷いて言った。
『そうだとも……その力さえあれば世界を救うことも容易いことだろう』
「せ、世界を救えるって……まさか本気で言ってるんですか?」
『もちろん本気だ。それに何も俺だけがこの体を使うわけじゃないんだぞ?』
「ど、どういう意味なんですか……?」
不安を覚えながら尋ねると彼は不敵な笑みを浮かべながら答えた。
『お前もいずれは俺のように他の誰かに寄生することになるということだよ』
「そ、そんな……!!」
あまりの衝撃的な事実に愕然としていると、彼は続けて言った。
『まぁ、安心しろ。お前は今回のことを一瞬で忘れる……せいぜいお前の体を楽しませてくれや』
それだけ言うと彼は姿を消した。それと同時に視界が暗転したかと思うと、次に目を覚ました時には見知らぬ部屋のベッドで横になっていたのだった――。
*
(あれからどれくらい経ったんだろう……?)
ふと窓の外を見ると既に日が暮れており、綺麗な満月が見えていた。
それを見てもう夜になったんだなと思っていると不意に扉が開いた。
そして現れたのはソフィアさんだった。
「目が覚めたようですね」
彼女は微笑みながら声をかけてきたので僕も笑顔で返した。
「はい、おかげさまで元気になりました」
「そうですか、それはよかったですね」
そう言いながら近づいてくる彼女を見ていると何故か違和感を覚えた。
その正体について考えていた時、あることに気づいたのである。
(あれ? そういえばなんだか雰囲気が変わったような気がするんだけど気のせいかな?)
そんなことを考えているうちに彼女がすぐ側までやってきたところで改めて声をかけた。
「あのぉ~……」
「どうかしましたか?」
首を傾げる彼女に思い切って聞いてみた。
「あなた、本当にソフィアさんですよね?」
その瞬間――彼女の目がスッと細くなった。
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