第15話 僕とメイドと祭壇の女神様




  *




 翌朝――朝食を終えた後、荷物をまとめた僕たちは洞窟の入口を目指して歩き始めた。


 ちなみに昨日のうちに水場を見つけていたので飲み水に困ることはなかったし、食料に関してもある程度確保しておいたので問題はないと思う。


 あとは体力が持つかどうかが問題なくらいかな……一応、疲れにくい体になっているから大丈夫だとは思うけど、油断はできないからね。


 そんなことを思いつつも歩みを進めていくとほどなくして入口が見えてきたので中に入ってみることにする。


 すると奥の方から冷たい風が吹いてくるのを感じたので奥に続く道があることを確認して奥へと進むことにした。


 念のためにメイにはいつでも戦えるように準備しておいてもらうようお願いしてある。


 なので万が一のことがあっても大丈夫なはずだ。


 それに僕がいるし、いざというときは力になるつもりだから大丈夫だと思うけど……。




  *




 どれくらい歩いただろうか……?


 もうずいぶんと長く歩いているような気がするけど、まだまだ終わりは見えないみたいだ。


(おかしいな……)


 僕は疑問を抱いていた。


 というのもここに来るまでに魔物はおろか動物すら見かけていないからである。


 普通なら何かしら生き物がいてもおかしくはないはずなのにそれがないというのは明らかに異常だと言えるのではないだろうか? それともここが特別な場所なのだろうか……?


 そんなことを考えながら歩き続けていると前方に大きな扉が見えた。


 おそらくあれが噂の地下への階段なのだろうと思った僕は扉の前までやってくると周囲を確認することにした。


 やはりと言うべきか近くには何もないようだ。


 そうなると目の前にある扉を開けて中に入るしか選択肢はないことになる。


 だが何があるのかわからない以上、迂闊に入るべきではないと考えた僕はメイを呼んで相談してみることにした。


「……どう思う?」


 そう尋ねると彼女は頷いて答えた。


「はい、わたしも同意見です」


 どうやら彼女も僕と同じ考えのようだ。


 ならばここは一つ賭けに出てみるべきかもしれないね……よし! 僕は覚悟を決めると大きく深呼吸をしてから扉を開けた。


 するとその先に広がっていたのは巨大な空間だった。


 しかも今まで歩いてきた通路よりも広くて天井も高いことから地上に近い場所に造られたのではないかと推測できた。


 しかしそれよりも気になったことがあったので尋ねてみた。


「ねぇ、あれってもしかして祭壇じゃない?」


 そう言って指差した先には何やら文字のようなものが刻まれた石柱があったのだ。


 しかもその数は五つあり、中央にある一際大きいものを中心に円を描くように配置されているようだった。


 さらにそれらの周囲には何かの紋章のような模様が描かれていた。


 それを見たメイも同じことを思ったようで頷きながら言った。


「そうですね、もしかしたらそうなのかもしれません」


 やっぱりそうなのかな……だとしたらあの紋章のようなものは何を意味しているのだろうか?


 そう思った僕は詳しく調べてみたいと思い、近づこうとしたときだ。


 不意にどこからか声が聞こえてきたのである。


『ようこそいらっしゃいました』


 その声はまるで頭の中に直接響いてきたかのような不思議な感覚を覚えた。


 突然の出来事に戸惑いながらも周囲を見渡そうとしたその時、目の前に光が集まり出したかと思うとそれはやがて人の形へと変化していった。


 その光景を見て驚きのあまり言葉を失っていると、光が収まり中から現れたのは美しい女性の姿だった。


 その女性は僕に向かって微笑むと言った。


『お待ちしておりました勇者様……』


 その言葉に僕は首を傾げるしかなかったのだった。




  *




 目の前で起こっていることが理解できなかった。


 なぜなら目の前にいる女性が発した言葉は、まったく僕に縁のない言葉だったからだ。


 そんな僕の気持ちなど知る由もないであろう目の前の女性は話を続けた。


『私はこの世界を管理する女神の一人――名をソフィアと申します。以後お見知りおきください』


 そう言った彼女の微笑みはまさに女神と呼ぶにふさわしいものだった。


 そんな彼女の言葉に対して僕は尋ねた。


「えっと……どうして僕が勇者なのでしょうか?」


 すると彼女は言った。


『あなた様は選ばれし存在なのです』


「選ばれた……?」


 どういうことかと聞き返すと彼女が言うにはこういうことらしい。


 この世界には様々な種族が存在しているわけだが、その中でも特に強大な力を持つ者たちのことを魔族と呼んでいるのだという。


 そしてその頂点に立つのが魔王と呼ばれる存在だそうだ。


 そしてそんな魔王に対抗するための存在が勇者なのだという。


(それで、なんで僕が勇者なんだ……?)


 あまりにも突拍子のない話だったので信じることができなかったからだ。


 そんな僕の様子を見た彼女は笑みを浮かべて言った。


『信じられないようですね?』


「え、えぇ……」


 正直に言うと、とてもじゃないけど信じられなかった。


 だっていきなり現れて「あなたは勇者に選ばれました!」って言われても普通は信じられるはずがないからだ。


 しかし、彼女は笑みを浮かべたまま言った。


『ですが、これは紛れもない事実ですよ』


「えっ!?」


 彼女の言葉に思わず声を上げた。


 するとメイが耳元で囁いてきた。


「ご主人様、あのお方の仰っていることは本当だと思います」


「なっ!? なんでわかるんだ?」


 驚いて尋ね返すと彼女は言った。


「あの方から感じる魔力は間違いなく神様のものでした。それもかなり高位の方であると思われます」


 それを聞いて納得した僕は改めて彼女に視線を向けながら問いかけた。


「えっと……つまり貴女は神様で、本当に僕を勇者として選んだってことですか?」


『その通りです』


 即答されてしまった。


 とはいえ簡単に納得できるわけがなかった。


 なぜなら僕は普通のどこにでもいるような一般人なのだから、そんな僕に世界を救うような力があるとは到底思えなかったからだ。


 するとソフィアと名乗った女神は言った。


『確かに今のあなたに世界を救えるほどの力はありません』


 ズバッと言われてしまったことで少なからずショックを受けていると、それを察してか慰めるように言ってきた。


『ですが、あなたが成長することでいずれは神の領域に達することができるでしょう』


 それを聞いた僕は少しだけホッとしたものの、それでも自分が勇者であるということに違和感を抱くのだった。


 その後、ソフィアさんは僕たちについてくるように言ったので僕たちは素直についていくことにした。


 その際、周囲にいた光の玉が彼女の周りを漂うように飛んでいたので興味本位で聞いてみたら、どうやらそれらはこの地下神殿の管理をしている精霊たちだそうだ。


 また管理といっても地上にある各施設の維持管理や警備がメインの仕事のようで、基本的に自由気ままに過ごしているようだった。


 ただ今回に限っていえば、僕らをここまで案内するために一時的に集まっていたようだ。


 ちなみに普段は他の場所に行っていてここにはいないらしい。


 そのことを聞いた僕は、せっかくなので彼らにも手伝ってもらおうと思ってお願いしてみた。


 すると彼らは快く引き受けてくれたばかりか、なんと手分けして作業に取り掛かってくれたのだ。


 おかげで思っていたよりも早く終わりそうだと思った僕は内心で感謝しながら先を急いだ。




  *




 それからというもの、順調に進んでいった僕らはついに最深部と思われる場所へとやってきた。


 そこには巨大な扉があり、おそらくここが目的の部屋なのだろうと思った。


 その証拠に扉の隙間から光が漏れていたからである。


 それを見たソフィアさんが言うにはこの先にいるものが、今回の騒動の原因であり、すべての元凶でもあるのだと説明してくれた。


 それゆえに何としてもここで決着をつけなければならないのだが、一つだけ問題があった。


 それは扉の大きさの問題だった。


 というのも扉はかなり大きく、それこそ人一人分なら余裕で通れるくらいの広さがあるのだ。


 しかし、中に入るためにはそれなりの大きさのものを用意しなければいけなかったのである。


 そこで僕とメイは相談した結果、まずは僕が中に入ってみることに決めた。


 その結果、無事に入ることができたため、続いてメイにも入ってもらうと今度は問題なく入ることに成功したのである。


 それを見て安心したのかソフィアさんが言った。


『これで準備は整いましたね』


 そう言って笑みを浮かべる彼女の姿に若干の不安を抱きつつも、ここまで来た以上後戻りはできないので覚悟を決めることにした。


「……それじゃあ、行ってくるよ」


『はい、ご武運をお祈りしております』


 ソフィアさんに見送られる形で扉を潜った直後、眩い光に包まれていくのを感じた。


 そして次に目を覚ました時、僕は広い空間の中に立っていたのである。


 周囲を見回してみると奥の方に何かがあることに気づいたので近づいてみると、それは祭壇のような台座の上に置かれた大きな水晶だった。


 しかしそれは淡い光を放っており、どことなく神秘的な雰囲気を感じさせた。


「これが原因なのかな……?」


 そう呟きながら手を伸ばして触れようとした瞬間――突如として強烈な頭痛に襲われたのである。


「ぐぁっ……!!」


 あまりの痛みにその場に蹲ってしまった。


 そんな僕を見たメイは慌てて駆け寄ろうとしたが、次の瞬間――僕の体から凄まじい魔力が溢れ出し、その衝撃で吹き飛ばされてしまったのだ。


 その直後、僕は意識を失ったのだった……。

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