第10話 僕とメイドの二人だけの日常
*
翌日、目を覚ました僕は起き上がると窓の外を見た。
外はまだ薄暗いようだった。
時間を確認すると午前五時を少し過ぎたところだった。
こんな時間に目が覚めるなんて珍しいと思いながら部屋を出る。
すると廊下でメイと出会った。
彼女もまた眠そうな顔をしている。
僕に気づいた彼女は挨拶してくる。
僕もそれに応えると訊ねた。
「どうしたの? こんな朝早くから」
すると彼女は答えるのだった。
「昨日、あんなことがあったので気になって様子を見にきたのです」
「心配してくれてありがとう」
「いえ、当然のことです」
そう言いつつ微笑むと、不意に顔を近づけてきて――頬にキスをされた。
突然のことで驚いてしまったが嫌ではなかったので受け入れた。
すると満足したように微笑んだ後、こう言った。
「これで今日も、わたしは、がんばれそうです」
それを聞いて嬉しくなると同時に恥ずかしくなった。
なぜなら、彼女がどれだけ僕のことを想ってくれているかを知ることができて嬉しかったのである。
それと同時に申し訳ない気持ちにもなった。
だから、せめてもの償いとして彼女の頭を優しく撫でてあげた。
そうすると嬉しそうにしてくれたのであった。
その姿を見て可愛いなと思う一方で、まだ、自分の心が整理されていないのだなと思うのであった。
*
それから食堂に移動して朝食を済ませると、今日は特に予定はないのでどうしようかと考えていると、メイが声をかけてきた。
「暇でしたら一緒に買い物に行きませんか?」
断る理由もないことから了承した。
そして出かける準備をして屋敷を出る。
門を出てしばらく歩くと人通りの多い道に出た。
そこをさらに歩いて行くと街に出る。
ここは王都なので当然ではあるが、かなりの人がいた。
ただ、僕たちは貴族街にあるのでそこまで人は多くなかった。
そのため歩きやすいのだが、メイは少し辛そうだった。
なにせメイド服のままであるのだから……。
周囲の目を惹くには十分だったようで、通行人たちは皆、彼女を見ていた。
中には足を止める人もいて、それが邪魔で歩きにくいということもあった。
そこで僕は提案することにした。
「メイ、その格好だと目立つから着替えてきたらどうかな?」
「――そうですね。それでは一度屋敷に帰って着替えてきますので、ここで待っていてください」
そうして彼女は来た道を戻っていった。
僕は、そんな彼女の背中を見送ってから近くのベンチに座った。
そして行き交う人々を見ながら物思いに耽った。
(どうして僕と彼女は、みんなに祝福されながら結婚できないのだろう)
メイと結婚することが最初の目的だった。
しかし、ドロワットさんのことが頭にチラつく。
だからこそ、メイにもドロワットさんにも申し訳なく思うのだ。
こんな僕に好意を寄せてくれていることが嬉しい反面、それに応えることができない自分に憤りも感じるのだった。
そんなことを考えていると、いつの間にか時間が過ぎていたらしい。
気がつくと目の前にメイが立っていた。
僕が慌てて立ち上がると、彼女は微笑んで言う。
「お待たせしました」
そう言って近づいてくると隣に腰掛けてくる。
改めて彼女を見てみると、いつもとは違う雰囲気を纏っていた。
いつものメイド姿ではなく、私服を着ていたのだ。
しかも、ひらひらとした短めのスカート姿でいつもよりも可愛く見えた。
そんな姿に見惚れていると、それに気づいたのか訊ねてきた。
「どうされましたか?」
「え、あ、いや……なんでもないよ」
思わず目を逸らしながら答えると、彼女は首を傾げた後で納得したように頷いた。
「もしかして、わたしのことを見て惚れ直しましたか?」
その言葉にドキッとした。
まさか見抜かれているとは思わなかったので驚いたが、同時に嬉しくもあった。
なぜなら、彼女もまた僕のことを想ってくれているのだと感じたからだ。
正直に感想を述べよう。
「うん、とても、かわいいよ!」
そう言いつつ立ち上がり歩き出すと、彼女もついてくる。
その際、耳元で囁かれた。
「大丈夫ですよ。ちゃんとわかっていますから」
その言葉を聞いた瞬間、顔が熱くなるのを感じた。
きっと耳まで真っ赤になっていることだろう。
だが、すぐに平静を取り戻すと何事もなかったかのように振る舞った。
それから目的の店に向かって歩き出した。
その店で服を買い揃えると昼食を取るために飲食店に入った。
そこはテラス席のあるカフェのようなお店で、店内は女性客が多く見受けられた。
そのため男一人で入るのは難しいだろうけど、幸いにも男女二人で来たため、そんなに違和感はないだろう。
席に座るとメニュー表を開いた。
すると、そこには美味しそうな料理の写真がたくさん載っていた。
それを見た途端、空腹を感じた。
だから、さっそく注文することにする。
メイも同じものを頼むと店員を呼んで料理を頼んだ。
ちなみに飲み物は二人とも紅茶にした。
しばらくして運ばれてきた食事を食べ始めると、あまりの美味しさに感動した。
それは彼女も同様だったらしく「おいしいですね」と言いながら食べていた。
そんな彼女を見ていると自然と笑みが浮かんだ。
やはり誰かと食事をするのは楽しいものであると思ったのである。
食後になると会計を済ませて外に出た。
それから街を散策して回ったのだが、その間はずっと手を繋いでいた。
理由はもちろん迷子にならないようにするためである。
彼女はそのことをとても気にしているようだった。
僕としては手を繋げることが嬉しかったし、こうして一緒にいられるだけでも幸せを感じていた。
彼女の手は温かく優しかった。
その温もりを感じるだけで幸せな気分になれる。
やがて日が傾き始めた頃、屋敷に戻ることになった。
屋敷に戻るとそのまま部屋に戻った僕はベッドに倒れ込んだ。
そして今日一日を振り返るようにして思い返す。
(今日は楽しかったなぁ……)
そんなことを思いながら笑みを浮かべていると不意にノックの音が聞こえた。
起き上がって返事をすると扉が開いてメイが入ってきた。
ちゃんと、もとのメイド服に着替えている。
彼女は扉を閉めてから僕の元に来ると、こう言った。
「夕食の準備ができましたので食堂に来てください」
それだけ言うと部屋を出ていく。
僕もベッドから降りると部屋を出た。
いつものテーブルで空いている場所に座ってから手を合わせると食べ始めた。
そしていつも通り賑やかな時間を過ごすのだった。
今日のメニューは、ごはんと、お肉を焼いたものと、サラダと、スープだ。
どれも美味しくておかわりをしてしまったほどである。
そんな僕をメイが微笑ましそうに見ていた。
恥ずかしかったけれど悪い気はしなかった。
むしろ嬉しいと感じる自分がいたことに驚きだった。
その後、入浴を終えて部屋に戻るとベッドに寝転んだ。
天井を見上げながら今日の出来事を思い返した。
(やっぱり、メイと過ごす時間が一番好きだな)
そう思いながら目を閉じるといつの間にか眠りについていた。
*
気がつくとメイが隣で寝ていた。
いつものメイド服じゃなくて、パジャマ姿だった。
そんな彼女の姿もまた、新鮮で、かわいらしかった。
今まで、なかなか二人で過ごすことが少なくなっていたもんな。
きっと今まで、さみしかったんだろうな。
僕はメイの頬にキスして抱きしめながら、また、眠りにつくのだった。
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