第9話 僕と許嫁は婚約が解消される
*
――数日が経過した、ある日、屋敷にある人物たちが訪ねてきた。
その人物とは……ドロワットさんの両親である公爵夫妻であった。
突然の出来事に驚きながらも応接室へと案内する僕とメイ。
そこで待っていた二人に紅茶を出してソファーに座ると話を始めるのだった。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
僕が訊ねるとドロワットさんの父親は言った。
「娘のことなんだが……」
「娘というと、ドロワットさんのことですか?」
「ああ、そうだ」
頷くと彼は続ける。
「実はな、娘であるドロワットとの婚約を解消しようと思うのだ」
「……えっ!?」
「確かに私たちはサマー家の……君のお父様とお母様と仲良くさせてもらっていた。だが、今、あの方たちはいない。君には申し訳ないが、娘であるドロワットとの婚約を解消してほしい」
「そう、ですか……。確かに、そうですね。今のサマー家に価値はありません。まだ学校に通う、お坊ちゃまである僕にはサマー家を維持できるか、わかりませんから……」
するとそれを聞いたドロワットさんの父親は言った。
「そうではないんだ!」
「違うんですか……?」
「いや、違わないのだが、そういうことではないというかなんというか……」
口籠ってしまう彼に代わり母親が説明してくれた。
どうやら先日の一件以来、彼女の態度が変わったらしい。
なんでも今まで以上に僕にベッタリするようになったとか……。
それだけならよかったのだが、どうやら、あの一件のせいで自分に自信がついたらしく、以前にも増して積極的に迫ってくるようになったのだという。
これには父親も困ってしまっているらしかった。
だからこうして話し合いの場を設けたのだが、当の本人はサマー家に入り浸るようになり、なかなか実家に帰らないのを心配しているというのだ。
「なるほど、そういうわけだったんですね」
「うむ。どうかお願いできないだろうか?」
頭を下げる父親に僕は少し考えてから答えた。
「わかりました。このお話をお受けします」
「そうか! 引き受けてくれるのか!」
喜ぶ父親の横で母親は言うのだった。
「でも本当にいいのかしら? せっかく婚約者になれたというのに……」
僕は微笑んで言うのだった。
「大丈夫ですよ。それにきっとその方がいいでしょうし」
「どういうことかしら?」
首を傾げる母親に説明する僕。
「だってそうでしょう? もしこのまま彼女と結婚してしまうと彼女の立場が悪くなってしまいますから。そうなったら困るのはウィンター家ですよ? だからこれでいいんです」
僕の言葉に納得する母親だったが、なぜか不満そうな顔をする父親がいた。そして――。
「君がそれでいいのなら、私もこれ以上は何も言わんよ。ただ、ひとつだけ言わせてほしいことがある」
「なんでしょうか?」
「もしも娘が君にとって邪魔になるような存在になった時は遠慮なく言ってくれて構わないぞ」
その言葉に驚いたもののすぐに笑顔でこう返した。
「そんなことにはなりませんよ」
僕の答えを聞いた両親は嬉しそうに笑うのだった――。
*
――数時間後、ドロワットさんと顔を合わせる機会があった。
彼女は僕の姿を見ると複雑な表情を向ける。
「わたくしのお父様とお母様から、お話を聞かせていただきましたわ」
「そう、なんだ」
「残念ですわ」
そう言って目を伏せる彼女だったが、次の瞬間に顔を上げるとこんなことを言い出したのだ。
「今日は私とデートをしてくださいませんか?」
「えっ?」
まさかの提案に驚く僕だったが――。
「だめ、でしょうか?」
不安そうな表情を見せる彼女に慌てて答える。
「そんなことないよ」
「そうですか。それはよかったですわ」
安堵の表情を浮かべるドロワットさんを見て思うのだった。
「それでは行きましょうか」
「どこにいくの?」
訊ねると彼女は微笑みながらこう言った。
「秘密です♪」
こうして僕とドロワットさんは二人きりで街へ出かけることになった。
*
屋敷を出た僕たち二人は馬車に乗って街の中心街までやってきた。
馬車を降りて歩き出すと、そこは人で溢れかえっていた。
「すごい人だね」
僕が呟くとドロワットさんが教えてくれる。
「ここはいつもこんな感じですわ」
「そうなんだ」
周囲を見渡しながら歩いていると、あることに気づいた。
この街に住む人たちの多くがドロワットさんのことを見ているのだ。
その視線に気づいた彼女が恥ずかしそうにしている。
そんな彼女の手をそっと握ると驚いてこちらを見る彼女と目が合う。
すると照れた様子で微笑む彼女だった。
それから僕たちは街を散策することにした。
いろいろなお店に入って商品を見たり、屋台などで食べ物を買って食べ歩きをしたりした。
そうして楽しい時間を過ごしているとあっという間に時間が過ぎていくのを感じた。
――ふと時計を見ると午後六時を過ぎていることに気がついた。
僕とドロワットさんは公園のベンチに座る。
僕はドロワットさんに言わなきゃいけないことがある。
そのことを考えると気が重くなったが、勇気を出して告げることにした。
「今日、君のご両親から君との婚約を解消するように言われたことは知っているね」
「……はい」
それを聞いた途端、表情を曇らせる彼女。だが、僕は続けて言った。
「だから、もう……君とは結婚できない」
「そう、ですわね……」
目に涙を浮かべる彼女を前に罪悪感を覚えるも続ける僕。
「だけど安心してほしい。君はなにも悪くないのだから」
「え……?」
顔を上げる彼女に言う。
「今回の一件は、すべて僕の……サマー家の責任だ。君を不幸にしてしまった原因は僕にあるんだ」
「…………」
「それなのに君は僕のことを気遣ってくれるんだね」
何も答えない彼女に対してさらに続ける僕。
「こんな僕を、まだ好きでいてくれるのかい?」
「もちろんです」
涙ぐみながらもはっきりと言う彼女に僕は胸が痛くなる。
「ありがとう。でも、その気持ちだけで十分だよ」
「……どうしてですか?」
「だって僕は、君に相応しくないから……」
「そんなことありません!」
大きな声で否定する彼女の瞳からは涙が溢れていた。
そんな姿を見て僕は心が痛んだ。
それでも話を続けることにする。
「僕には、まだやらないといけないことがたくさんあるんだ」
「それなら私がなんとかします!」
「だめだよ。これは僕自身の問題なんだから」
「ですが……!」
必死に訴えてくる彼女の言葉を遮って話す僕。
「大丈夫。君が心配する必要はない。それに……言っておかなきゃいけないことがあるんだ」
「なんですか?」
首をかしげる彼女に僕は告げた。
「実はね、僕は君の愛を受け止める資格がないんだ」
「……っ!?」
驚きのあまり言葉を失うドロワットさんを前に僕は続けた。
「理由を言うとね……僕には好きな人がいるんだ」
「……えっ?」
戸惑う彼女を見ながら僕は言葉を続ける。
「その人はとても優しくて思いやりがあって素敵な女性なんだ。僕にはもったいないくらいの相手なんだよ」
「…………」
黙って話を聞いてくれる彼女の様子を見て話を続けた。
「だから僕はその人と結婚したいんだ。そのために今、いろいろと、がんばっているところなんだけど、なかなかうまくいかなくて困っているんだよ」
苦笑しながらそう言うとドロワットさんは俯いてしまった。
そんな彼女を見つめながら僕はさらに続けるのだった。
「君には本当に申し訳ないと思っているんだ。こんなにも想ってくれたというのに応えられなくて……ごめんなさい」
そう言って頭を下げると――突然、ドロワットさんが抱きついてきたのだった。
突然のことに驚いていると彼女が泣きながら話し始めた。
「わたくしは、あなたのことを愛していますわ! ほかの誰よりも一番、愛しています!」
叫ぶように言う彼女の頭を撫でながら僕は言うのだった。
「うん、知ってるよ」
「……ずるいですわ」
顔を上げたドロワットさんは泣き笑いのような表情をしていた。
そんな彼女に向かって僕は伝えるのだった。
「今までありがとう。本当に楽しかったよ」
「……はい」
頷く彼女の涙を拭いながら最後に一言だけ付け加えた。
「さようなら、ドロワット・シストロン・ウィンター」
「――!?」
僕の言葉を聞いて目を見開いた彼女の額にキスをしてから僕は立ち上がる。
そして、そのまま振り返らずに歩き出した――。
*
屋敷に戻った僕はメイと話をした。
そこで決めたことを告げるのだった。
それを聞いた彼女は驚いていたものの最後には納得してくれたようだった。
「寂しくなりますわね」
悲しそうにするメイに僕は訊ねた。
「そうだね」
「ドロワットさんは優しいお方です」
「うん、僕もそう思うよ」
僕との会話の途中、メイは口を閉ざしてしまった。
その様子を見て不思議に思っていると――不意に扉がノックされた。
そして、返事をする間もなく入ってきたのはドロワットさんだった。
それを見て驚く僕とメイ。
しかし、彼女は構わず僕の前までやってくると言ったのだった。
「このペンダントは、お返しますわ」
差し出された物を見て、僕は思い出す。
(そういえば、最初に出会ったころ、ハート型の石が入ったペンダントをプレゼントしたんだっけ)
「……わかったよ」
すると彼女は微笑んでからこう言った。
「それと、もうひとつ、お伝えすることがございますわ」
その言葉に首を傾げていると、いきなり抱きしめられてしまう。
突然のことで戸惑っていると耳元で囁かれた――。
「わたくしは今でもあなたを愛しておりますわ」
その言葉を聞いてドキッとする。
ドロワットさんは僕から離れると微笑んだまま部屋を出て行ってしまった。
残された僕たちは呆然としていたが、やがて我に返った僕は思った。
どうやら、彼女の中で何かが変わったらしいということを……。
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