第8話 僕と許嫁と学校




  *




 次の日の朝――目を覚ますとメイの姿が見えなかった。その代わりなのかドロワットさんがベッドの中にいるではないか! しかも裸である!


(なぜ!?)


 頭の中はパニック状態だった。そんな僕とは対照的にドロワットさんは幸せそうな表情で眠っている。


(とりあえず起こさないようにしよう……)


 そう思った矢先のことだった――彼女が目を覚ましたのだ。眠そうに目を擦っている姿は子供っぽかった。その様子を眺めていると目が合う。すると、ドロワットさんは頬を赤く染めながらモジモジし始めた。


「あ、あの……昨日は激しかったですわね……とても素敵でしたわ……ポッ♡」


(いやいやいやいや!)


 僕は心の中で否定する。いくらなんでもそれはないだろうと思ったからだ。そもそも僕たちは絶対にそういうことをしていない!


(これはマズいぞ……)


 そう思いつつも何もできない自分が情けなかった。


 こうして新たな一日が始まるのだった――。




  *




 ドロワットさんとメイと一緒に朝食をとった後、屋敷を出たところで彼女と別れた。その際、ドロワットさんが抱きついてきて頬にキスされたのだが、それを見ていたメイの視線が痛かった……。


(頼むから勘弁してくれ……)


 そんなことを思いながら、僕は久しぶりに学校へ向かうのだった――。




  *




 僕の学校は貴族と使用人が通う学校である。


 学校に到着すると教室に向かった。


 中に入ると、何やら周りがざわざわしていた。


 何かあったのだろうか? 不思議に思っていると、一人の女子生徒が近づいてきた。


 よく見るとクラスメイトであることがわかった。


 なぜか彼女は僕の顔を見るなり驚いたような表情を浮かべた。


 何か用があるのだろうと思い声をかけようとした時、彼女は口を開いた。


「ゴーシュ君! 大丈夫っ!?」


「大丈夫って、何が?」


「お兄さんが謀反を働いたせいで、お父さんとお母さんが地下牢に閉じ込められたって聞いてるわ! それに、その地下牢で何者かに殺されたって!!」


(えっ……?)


 一瞬、何を言っているのかわからなかった。


 だが、僕は僕の身に起きた出来事を思い出す。


 ――そうだった。


 お父様とお母様は僕とメイが救出して、ほかの国に亡命させたんだ。


 でも、世間的には僕のお父様とお母様は殺されている、という情報しか残っていない。


 だけど、このことは僕とメイの二人だけの秘密だ。


 だから、このことは絶対に言えない。


 バレたら大問題になるからだ。


 そう考えた僕は咄嗟に嘘をつくことにした――。


「うん、そうだね」


「やっぱり本当なんだ……」


「でも、こうして学校に通えていることをありがたく思うよ」


「そうね。ゴーシュ君に、また会えてよかった……」


「心配してくれて、ありがとう」


「……! 友達として当然だよ! だって、あたし……ゴーシュ君のことが――」


「あら? ゴーシュ様?」


 彼女との会話中、不意に声をかけられた。


 教室の空気が、ガラッと変わる。


「あれ? ドロワットさん?」


 どうして、ドロワットさんが、この学校に……?


「ゴーシュ様♪ 今日からゴーシュ様の学校に転校することになりましたの♪ よろしくお願いしますね♪ わたくしの旦那様♪」


 満面の笑みを浮かべていた。その姿を見た瞬間、すべてを悟ったのだった。


 本当に、これから大変になっていくのだと――。




  *




 放課後になると僕は屋敷に帰ることになった。


 というのも、今朝の一件が原因である。


 あれから大変だったのだ……。


 クラスのみんなから質問攻めにあったのだ。


 お父様とお母様が殺された、という情報を聞いた生徒たちは『大丈夫?』『よく学校に来たね』『これから、どうするの?』みたいな質問ばかりで気が滅入る。


 それと、お兄様の件で悪口を言われたりもした。


『実はゴーシュも、その計画に加担していたりして』『えっ、こわっ!』『あいつの家は、これから落ちぶれていくだろうな』みたいな声が聞こえた。


 だが、それよりも大変なことがあるのだから……。


 その大変なことというのは、ほかでもない、ドロワットさんのことである。


 彼女のことをなんと説明すればいいのか悩んだ結果、正直に話すことにしたのだが――。


『私の名前はドロワットですわ!』


『私はゴーシュ様の婚約者ですのよ!!』


『いずれ結婚する仲ですのよっ!!』


 などと爆弾発言を繰り返したおかげで大変な騒ぎになってしまったのだ。


 その後、なんとか誤解を解いたのだが、それでもまだ半信半疑の様子だった。


 特に男子生徒たちはずっと睨んでいたような気がする。


 おそらく嫉妬しているのだろうな、と僕は思った。


 まあ、無理もないだろう。


 なんといっても彼女は美人なのだから。


 しかし、そのせいで僕はさらに苦労することになるとは思いもしなかった……。




  *




 屋敷に帰った途端、玄関にはドロワットさんの靴があった。


 どうやら先に帰っていたらしい。


 廊下を歩いているとリビングの方から声が聞こえてきたので覗いてみると、そこには楽しそうに会話をしている二人の姿があった。


 二人は僕に気がつくと声をかけてくる。


「おかえりなさいませ、ご主人様」


「おかえりなさい、あなた」


「ただいま」


「夕食の準備ができております」


「すぐに食べますか?」


「う、うん」


「ではこちらへどうぞ」


「今日は学校、大変でしたね。だから、ご主人様のために腕によりをかけて作りました」


「そうなの?」


「はい。ぜひ、召し上がってください。お口に合うといいのですが……」


「いつも、おいしく食べているから大丈夫だよ。心配する必要はないさ」


「そう言ってもらえると嬉しいです!」


 そんなやり取りをしているとメイが言った。


「さあ、早く行きましょう!」


 そう言って僕を急かすように背中を押すのだった――。




  *




 夜になり自室に戻るとベッドに倒れ込んだ。


 なんだか疲れてしまったからだ。


 ここ最近はずっとバタバタしていたからな……などと思っていると扉をノックされる音が聞こえてきた。


 起き上がって返事をすると扉が開き、そこから現れたのはドロワットさんだった。


 彼女は部屋に入ってくるとベッドに腰掛けると言った。


「お疲れですか?」


「ちょっとね……」


「それならマッサージをしてあげますわ♪」


「いいの?」


「もちろんです♪ そのために来ましたもの♪」


 そう言うと彼女は僕の服を脱がし始める。


 あっという間に全裸になった僕を見て顔を赤くした彼女だったが、やがて意を決したように深呼吸すると真剣な表情になって言うのだった。


「それでは始めますね」


 そして体を触り始める。


 その手つきはとても優しかった。


 その気持ち良さに思わず声が出てしまう。


 すると、今度は首筋を舐めてきた。


 その感触にゾクリとしたものが背筋を駆け抜けていく。


 その快感に耐えていると今度は胸に吸い付いてきたではないか!


 ドロワットさんはドキドキしているような表情で――。


(なっ!?)


 あまりのことに驚いていると今度は下半身に手を伸ばそうとしてきたではないか!


(ちょ!?)


 さすがにそれはマズいと思って止めようとするが遅かった……。すでにドロワットさんは下着の中に手を滑り込ませていたのだ!


(あぁぁぁぁぁ!!)


 もう終わりだ!!


 そう思った時、部屋の扉が勢いよく開かれた。


 そこに立っていたのはメイだった。それを見たドロワットさんが動きを止めて訊ねてくる。


「どうされましたの?」


 その問いにメイは答えた。


「ご主人様は疲れているんです! お戯れはそこまでにしてくださいませ!!」


「あらあら、そんなに怒らなくてもよろしいじゃありませんか? それとも羨ましいのですか?」


 その言葉に顔を真っ赤にしてしまうメイ。そんな彼女を見ながらドロワットさんはクスクスと笑うのだった……。

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