第6話 僕とメイドと許嫁




  *




 メイと二人で屋敷の中を歩いていた。特に目的はないけれど、二人で屋敷の中を散歩するのが習慣になっている。僕たちは庭に出ると、辺りをぶらついた。


 しばらく歩いていると、不意にメイが話しかけてくる。


「ご主人様……」


「ん? どうかした?」


「わたしたちの関係は秘匿しなければなりませんよね」


「うん……今は、ね」


「ということは、このままだと、ご主人様は、あの方と……」


「あの方?」


「許婚の方です」


「ああ……」


 僕には結婚している約束をしている許婚がいる。とは言っても、親同士が決めた関係である。今、僕の両親は、ほかの国へ亡命している。だから、その、僕と許嫁の関係が続いているかは正直、微妙なところだ。


「ご主人様……」


 メイは不安げな表情を浮かべる。僕は彼女の肩に手を置いた。


「心配はいらないよ」


「ですが……」


「きっと大丈夫」


「…………」


「それよりも、メイはどう思っているの?」


「えっ?」


「僕のことを……」


「ご主人様のことですか?」


 メイは首を傾げると、少し考え込むような仕草を見せる。やがて、答えを出したのか、真っ直ぐに僕を見つめてきた。


「わたしはご主人様のことが大好きです」


「メイ……」


「誰よりもご主人様のことを想っている自信があります」


「…………」


「ですから、わたしはご主人様を信じています」


「そっか……」


 僕は安堵のため息をつく。メイは優しく微笑むと、再び歩き始めた。その後ろ姿を見ながら、僕は思うのだった。


(メイが信じてくれるなら、僕はどんなことでも、がんばれる気がする……)


 たとえ、どんな人が相手でも、僕は僕の信じる道へ行く――それが僕の生き方なのだから――。




  *




 そんな生活が続いたある日のことだった。屋敷の中に一人の少女が訪ねてきたのだ。年齢は僕たちと同じくらいだろうか? 容姿は金髪碧眼の、どこかの貴族の令嬢のようにも感じられる。少女は玄関の前で立ち止まると、呼び鈴を鳴らす。しばらくして玄関の扉が開いた。


 サマー家の執事は少女に対応する。


「いらっしゃいませ」


 どうやら、このお屋敷の関係者らしい。僕は慌てて物陰に隠れる。すると、執事は言った。


「どのようなご用件でしょうか?」


 すると、少女は口を開く。


「ゴーシュ・ジーン・サマー様のお屋敷でよろしいでしょうか?」


「そうですが、ご用件は?」


「わたくしはドロワット・シストロン・ウィンターと申します」


 その名前を聞いて僕は驚いてしまった。なぜなら、目の前にいる少女の名は――いや、どうして、このタイミングに……。


(なんで、あのとき聞かされていた許嫁の名前の少女が……?)


 疑問を抱いたまま様子を窺う。すると、彼女は言った。


「突然押しかけてしまって申し訳ありません」


「いえ、構いませんが……」


「実はゴーシュ・ジーン・サマー様にお会いしたく伺いました」


「失礼ですが、お知り合いですか?」


「いいえ、初対面です」


「……っ!?」


 これには僕も動揺を隠せなかった。なぜ、彼女は僕を訪ねて来たのだろうか?


 彼女は本題に入った。


「もう一度お訊きします。ゴーシュ様はいらっしゃいますか?」


「……ゴーシュ様! お客様がいらっしゃいました!!」


 もう、僕が対応するしかない――。


「――今、行くよ!」


 彼女と対面する。


「おまたせして申し訳ございません。私がゴーシュ・ジーン・サマーです」


「あなたがゴーシュ様なのですね……」


 彼女は僕を見て、瞳を涙の膜で潤わせていて、気づいたときには彼女に抱きしめられていた。


「お会いしたかったです……ゴーシュ様」


「――えっ?」


「お父様とお母様の件、お聞きしております。お兄様の件で捕まって、城の地下牢で何者かに殺されたとお聞きしております。さぞ心を傷ませたことでしょう」


「…………」


「今や、ゴーシュ様は、ひとりぼっちです。わたくし、まだお会いしていない婚約者の方が、どんな方か気になっていました。ですが、なかなか勇気が出ずに自分から会いに行くことができませんでしたの」


「……そう、だったんですか」


「だから、今回の件で悲しんでいるゴーシュ様のそばにいることが、わたくしの使命だと思ったのです」


 そう言って僕を抱きしめる腕に力を込めた。柔らかい感触に包まれるのを感じながら僕は思うのだった。


(まさかの展開だ……)


 こうして、僕――ゴーシュ・ジーン・サマーと彼女――ドロワット・シストロン・ウィンターは出会ってしまったのだ。




  *




 その後、彼女を屋敷に招き入れて話をした。


 気がつくと日が暮れようとしていた。窓の外を見ると夕焼け空が広がっている。そろそろ帰らないとご両親が心配するのではないかと思った。


「もう暗くなってきたし、そろそろ帰った方がいいんじゃない?」


 そう言うと、ドロワットさんは首を横に振る。


「今日はこちらに泊まらせていただきますわ」


「え……?」


「明日は学校がお休みなので、一日中ゴーシュ様と過ごすことができますから」


「…………」


 それはつまり……一緒に住むということなのだろうか? さすがにまずいと思い、断ろうとしたのだが――。


「それでは、よろしくお願いいたしますね♪」


 と、彼女は言って微笑んだ。どうやら僕に拒否権はないらしい。結局、その日は彼女が泊まることになった。しかも同じ部屋で寝るということになり、さらに困ったことになってしまう。メイは少し不満げな表情を浮かべていた。


 その夜、僕たちは一つのベッドで一緒に寝ることになった。隣に視線を向けると、そこには美しい金髪碧眼の少女が眠っている。とても可愛らしい寝顔を浮かべている。その姿を見て思わずドキッとする。


 しばらくするとドロワットさんが目を覚ました。彼女はゆっくりと起き上がると、そのままベッドから抜け出す。そして、僕の頬に口づけをすると部屋を出て行った。


 僕はしばらく呆然としていたが、やがて深いため息をついたのだった。


(これは大変な状況になりそうだな……)


 そんなことを考えているうちにいつの間にか眠りに落ちていった……。




  *




 翌朝――目が覚めると目の前に彼女の顔があった。驚いて飛び起きると彼女も目を覚ます。


「おはようございます、ゴーシュ様」


「お、おはよう……」


 挨拶を返すが状況が理解できていない。いったいどうしてこうなったのか……記憶を遡ってみるが、何も思い出せない。そんな僕を見て彼女はクスッと笑う。


「ゴーシュ様ったら昨夜はずいぶんと情熱的でしたわね」


「うん…………えっ? はい!?」


「あんなに激しく求めてくるなんて、ゴーシュ様も男の子なんですね」


「ちょっと待って!? それってどういう……」


「ふふっ♪ お忘れになったのですか?」


 彼女の説明によるとこういうことだった。昨晩、ベッドの中での出来事だが、僕が寝ぼけて彼女に抱きついたのだという。それも力強く抱きしめて離さなかったらしい。


「そ、そうだったんだ……」


 彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。


「本当はもっと激しいことを望んでいたのですが、残念ながら時間切れですわ」


「……えっ?」


「ゴーシュ様、ドロワット様、朝食の準備ができましたのでお呼びに参りました」


 メイは、もとのクールな雰囲気をまとって冷静に僕たちを見つめていた――。




  *




 僕とドロワットさんは屋敷を出て街へと出かけた。目的は食材や生活用品を購入するためだ。屋敷を出る際、メイに呼び止められた。


「ご主人様、本当にご一緒に行かなくてもよろしいのでしょうか?」


「ああ、大丈夫だよ」


 心配そうな表情を浮かべるメイに笑顔で答える。実際、買い出しには二人で十分だった。


 それに僕は知る必要があるのだ。


 ドロワット・シストロン・ウィンターが本当は、どんな目的で僕の屋敷にやってきたのかを――。

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