協力者

 特公行の本営に帰投した。

 沈黙した機巧からくりを降ろし、目隠しをした斎藤を乱暴に引き回し、指導官に譲り渡した。おそらく、これから様々な尋問があるのであろうが、黒猫はそれがどのようなものであるのかについては干渉しない。

 指導官から、回収した未知の機巧を平賀博士に渡すよう指示があったので、それを実行した。

「これは——」

 その血で衣服や肌を真っ白に染め、無残に頭部が破砕されていたり弾丸を受けていたりするそれらを見て、平賀博士は驚いた様子であった。

「詳しく、調べる。まずは、火鼠とお前の手当てを。それから、錦鯉を——」


 錦鯉は、結局、修復不能であった。自律制御システムと名付けられたシステムを構成する、人間でいう脳にあたる中枢神経回路と生体CPUが破壊されてしまっている。このような場合、使える臓器や骨格などは取り出して保存され、新たな機巧を作る際に再利用される。平賀博士は、機能の停止した機巧から構成物を摘出するその作業のことを、弔いと言っていた。それを行うときの平賀博士は、悲しげであった。


 黒猫は研究員から手当てを受けながら、ガラス越しのその背を見ている。見ながら、自らの記憶メモリーから錦鯉の存在を抹消した。

 弔いが終わると、続いて未知の機巧の調査である。平賀博士はモニターに映し出された黒猫と火鼠が採取したその運動データを見、慎重に解剖をしながら、黒猫を作業室に呼び入れた。火鼠は修復が終わって、再起動中である。

「どう思った」

 この機巧について、である。

「生体反応を確認しました。しかし、その運動は、紛れもなく機巧でした」

 平賀博士は、モニターに映し出された運動データに、もう一度眼をやった。

「お前達が受けた衝撃は、強化骨格によるものであると算出されている。しかし、見てみろ」

 平賀博士は、開いた胸部と腹部を顎で指した。

 そこにあったのは、金属質な輝きを持つ強化骨格ではなく、白い骨。

「一部の関節や、拳、肘、膝、くるぶしより先などは機械関節や強化骨格が載せられている。しかし、それ以外の部分は——」

 言い淀んだ。

 この開かれた内部がどういうものであるのか、黒猫は知っていた。これは、明らかに、

「——人間のものだ」

 平賀博士は、顔を引きつらせている。鋏で下着を裁断すると、その中には女性である印もあった。

「黒猫。これは」

 人間であった。血を入れ替えられ、一部の骨や関節を換装されているのか。しかし、それならば、疑問がある。生じたそれを、黒猫が口にした。

「博士。では、なぜ、胸骨や肋骨などは人間のままなのでしょう」

 その答えを、平賀博士は即座に出すことが出来た。

「簡単さ。この身体は、守るようには、作られていない」


 肋骨や胸骨は、衝撃から身体の内部を守るためのものである。生身の人間よりも、機巧の方が、無論丈夫である。しかしこの強化された人間は、攻撃に必要な部位は強化されていても、防御に必要な部位は生身のままなのである。守るように作られていないという平賀博士の回答は、妥当であろう。

「サクマミレニアムは、どうやら、とんでもないものを作ったらしいな」

 これらが人間なのであれば、また別の疑問が湧いてくる。

 これは、一体、誰なのであろう。


 特公行が持つ唯一の手がかりが居る部屋の扉が、乱暴に開いた。指導官が、驚いた様子でそれを見る。

「結城君。少し、外してくれるかね」

 指導官の女性は平賀博士に一礼し、退室した。

「斎藤さん、でしたね」

 博士は、斎藤と向かい合わせに座った。伴われて入室した黒猫は、傍らに立っている。

「あの機巧について知っていることを、教えて頂きたい」

「さっきの女の人にも言っていたんですがね。俺は、ほんとうに何も知らないんです。新製品が出来た。それをPRする。それが俺の仕事だったんです」

「あれは、あなた方の会社のものなのでしょうか」

「だから、分からないんですってば」

 平賀博士は、黒猫を見た。

「喫茶店で、緒方の名を出しました。その後すぐ、一体目が襲いかかってきました。車で移動を始めると、四体が襲撃を。あの人間のような機巧、もしくは機巧のような人間は、サクマミレニアムと何かしらの関わりがあると判断することが可能です」

「つまり、緒方が、あれの製造に関わっていると」

「だから、そこで俺の方を見られても、困るんですって」

 平賀博士は、また黒猫を見た。黒猫は、黙って頷いた。

「分かりました。あなたは、本当に何も知らないらしい。上長に掛け合い、解放させましょう」

「ああ、よかった。そうしてもらえると、助かる」

 てっきり殺されると思っていたのか、斎藤は椅子の背もたれに思い切り体重を預けた。

「斎藤さん。それは、安堵の表現でしょうか」

 斎藤に危険はないと認定した黒猫が、質問をした。

「そうだよ。悪いかよ」

「善悪を論じるつもりはありません」

 斎藤は、溜め息をついた。

「あんた、名は?」

「黒猫」

「なんだそれ。可愛い名だな」

「ニックネームのようなものです」

「そうか。秘密主義なんだな」

「黒猫。もう、行こう」

 平賀博士は疲れが出たのか、席を立った。


 斎藤は、その後、解放された。

 ただし、条件付きで。

 サクマミレニアムの社内情報を得、知らせること。どのような内容でも構わないが、あの人間のような機巧の設計者についてと、その使途についての情報を、特に要求された。毎週日曜日の夜、特公行から指定された場所に赴き、その週に得た情報を流す。

 その連絡役に、黒猫が選ばれた。何週間かは特に変化はなく、斎藤が持ち込んでくる情報というのは些細なものであった。

 特公行は目撃者の多数出たあの騒ぎへの対応と隠蔽に慌ただしく動き回っているらしいが、黒猫は自分の任務のことしか考えていない。排熱のために彼女が吐く息が白くなる頃、変化が現れた。


 会う場所は、毎週変わる。斎藤の家族は、毎週日曜の夜に出かけてゆく夫や父に、不信感を抱いているらしい。

「会社の中でも、俺が不倫をしているって噂が広まっていてね。困ってるんだ」

「それならば、社内では、あなたがわたしの愛人であると、自分から触れ回ることをお勧めします。それで、否定のための対応を行わずとも済むでしょう」

 黒猫は、特公行が予約したレストランの席で、手を差し出した。

「なんだよ」

「個人端末を」

 現代で言うところの、スマートフォンのようなものである。個人にはかならず一つ支給され、携行が義務付けられている。ネットワークにアクセスしたり、端末同士での交信をするほか、持ち主のバイタルデータを常にスキャンし、送信して体調管理や病気の早期発見を行う。眼鏡型のものや腕時計型、手帳型のもののほか、小型のものならば指輪型のものもある。端末の使用者がネットワークデータを閲覧する際は、ホログラムでそれを空間中に映し出すことが出来るから、サイズは問わないのだ。

 斎藤は、腕時計型のそれを外し、黒猫に渡した。黒猫が、席を立ち、斎藤の隣に座り直す。無論、握ったと同時に端末のロックにアクセスし、即座に解除している。

「写真を」

 黒猫が斎藤に頬を寄せ、ウインクをする。瞬間、斎藤の個人端末が、それを撮影した。

「不倫について何か言われれば、この画像を見せるといいでしょう」

「むしろ、ケツをまくるってわけか。だが、俺の家族はどうする」

 黒猫は無表情に戻り、席を立った。斎藤を見下ろし、

「それは、ご自身で解決することをお勧め致します」

「どうしてだよ」

 だって、と黒猫は斎藤の向かいの椅子に座りながら言った。

「家族でしょう?」

「家族ってものが、分かるのか」

「あなたが潔白であることを、あなたは証明できる。家族は、あなたを知っているからです」

 ただし、と黒猫は言う。

「我々のことは、話さぬように」

 そんなこと、言われずとも分かっている。

「分かってる。喋れば、どうせ、あんたが俺を殺しに来るんだろう?」

「あなたがそうしたということが露見してから、三時間以内に」

「わかったよ」

 本題に入った。


 設計者についての情報を得たという話であった。新製品の発売が間近に迫っているから、開発者インタビューを社内で行ったというのである。

 その者の特徴を、黒猫は聴き取った。聴き取る度、合成紙ナフキンに、似顔絵を描いてゆく。違う点をその度に斎藤が挙げ、似顔絵が出来上がった。

「開発者の名は、いいのか?」

「いちおう、聞いておきます」

「いちおう、って」

「偽名である可能性が、極めて高いのです」

「わかった。開発者は、村田晋作むらたしんさくという名だった」

「記憶しました」

 黒猫は、完成した似顔絵をポケットに入れ、席を立った。

「いつも、少食だな」

 黒猫の注文した料理は、ほとんど残されていた。動力源は、有機物である。人工臓器の消化吸収効率は人体のそれの比ではないから、僅かな食事で爆発的なエネルギーを生成できる。

「あなたほど、食事を必要としていません。空腹なら、食べて頂いて結構です」

 斎藤は、黒猫の残した皿を手元に引き寄せた。

「なあ」

 代金を置き、立ち去ろうとした黒猫を、呼び止める。

「ありがとうな」

 黒猫は、小首を傾げた。

「家族のこと。勇気が出たよ」

 その意味がよく分からないらしく、そのまま立ち去った。質問をし、理解する必要がないと判断したのだろう。

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