二節:どうぐあつめ
龍麻と別れた後、麻祁は再び噴水の管理人がいるとされている家の前へと訪れていた。
下から上へと首を動かし、もう一度全体を見渡す。
切り立った岩のように、真っ直ぐと上へと伸びる白い壁に、レンガで造られた二階建て。
見上げていた首を下ろし、扉へと手を掛ける。
何度も力を入れた所で、やはり扉は開かない。
麻祁は顔を上げたまま、背にある中央の噴水まで下がった。
視線が家の二階から突き出ているバルコニーへと向けられ、そしてさらに上へと行く。
屋根から先、そこから伸びていたのはゴツゴツとした岩肌だった。真っ直ぐと伸び、そしてその先では木々が覆い茂っている。
それを確認した後、麻祁はアデールがいる建物へと向かった。
「……? ああ、君か」
入ってきた人物が麻祁だと分かると、アデールが受付の椅子の場所へと歩いてきた。
椅子に座り、カウンター越しに話しかける。
「噴水の修復は順調かい?」
麻祁は椅子には座らず、そのまま答えた。
「――とめどなく。少し聞きたい事があるんだが……」
「なんでもどうぞ」
「あの噴水の管理人についてなんだが……」
「ああ、それならクリュかこの町の人に聞いたほうが詳しい。俺は余所から来てるから知らないよ」
「姿を見たことは?」
「んー、俺が来た時からはずっと見てないかな……大体、管理人の話なんて聞いたの最近の事だしな」
「この町の住人は噴水に興味はないのか? 町のシンボルと聞いたが」
「掃除をしないのだから興味はないんだろうな。その事に関して騒いだり、これと言って話をしているのを聞いた事もないぐらいだし」
「呑気なものだな」
「俺もそう思うよ。それぞれの家には鍵がついているのに、誰も掛けないぐらいだ。悠然というか、無用心というか、まったく俺が居た街とは大違いさ。……そういえば、ボスプリミが居なくなった時もあまり騒いでなかったな……」
「ボスプリミ?」
「ああ、この上に飼っているんだよ。……まさか知らないのか?」
少しばかり驚いたような表情をアデールが見せる。
「すまない。……あまりそういうものには詳しくないんだ。何かの動物なのか?」
「ボスプリミってのは家畜の一種だよ。あーなんて言うか……直接見ればすぐに分かるよ。どこの場所にでも飼ってるし、必ず目にしたことがあるはずだけどな……」
「後で確認してみる。……で、それが居なくなったと?」
「ああ、飼育している奴がいるんだが、そいつが夕方、数を数えた時には数頭いなくなっていたらしい。まあ、常に放し飼いにしているから、その生活が嫌になって逃げたんじゃないかな? ただ太って、ただ食われるだけなんだから、俺なら逃げるよ」
「獣に襲われた可能性は? 昔、この辺りにはそういう獣がいたらしく、鍵がその名残だと聞いたが?」
「……そうなのか?」
麻祁の言葉にアデールが目を見開かせる。
「聞いてはないのか?」
「……そんな話は一度も……。夜にだって盗っ人なんか来ない場所だ。当然、獣になんて襲われた話なんか聞いた事がない。それは今まで俺が見てきたから間違いない」
「そのボスプリミが襲われたのは結構前?」
「もう数週間前の話だな。……そうか、獣か」
何かが引っかかり始めたのか、アデールが頭を下げ、一人考え始めた。
それを裂くかのように、麻祁がその中に割って入る。
「すまないが、道具をいくつか貸してくれないか?」
「……え? 道具? 構わないが……何が必要なんだ?」
椅子から立ち上がり、カウンターの右側の天板を上へと持ち上げた。
手前と奥の部屋が繋がる通路が開かれる。そこからアデールは体を出し、麻祁へと近づいた。
「この家にあるもので必要があるものなら貸せるが?」
「長めで丈夫のロープにそれを入れるような大型の袋が欲しい」
「……ロープに袋だな。……確か、奥にあるかもしれないな」
奥へと歩き出すアデール。その後ろ姿に、麻祁が声を出す。
「私も付いて行ってかまわないか? もしかすると必要な道具が目に付くかもしれないし」
「ああ、その方がいいかもしれない。もし何かが欲しいならいつでもいいから言ってくれ」
アデールからの許可を貰った麻祁は、天板の上がった通路を抜け、奥へと向かう背中を追った。
部屋の奥にあるドアを開く。広がる空間、そこは薄明かりがぼんやり照らす場所だった。
外は明るいにも関わらず、そこは夜の雰囲気と同じ様子だった。
入り口の横に付けられた唯一の明かりが、部屋全体をオレンジ色に浮かび上がららせるだけで、光というものはない。
部屋の右側には白のベッドが二つあり、その間にはテーブルが一つ置かれていた。上にはいくつかの酒瓶が、腹には何も貯めてないまま立っている。
ベッドの向かい側の壁沿いにはチェストがいくつか置かれ、それ以外には何もない。
「汚い場所で悪いな。人なんて泊める事がないんで……」
「私も同じようなものだ。――片付けてくれる人がいると助かるんだけどな……それにしても、ここは薄暗いな」
「ちょうど岩の中にあるようなものだからな。他の家も同じようなものだよ。まあ、暗いのはこの寝室と、あと貯蔵室だけさ」
部屋の奥へと進み、壁に掛けられているランプにアデールが手を伸ばす。
「どうやら昔、ここに居た人が岩に穴を掘って暮らしていたらしい。その名残を利用して、今のような造りになったんだとよ」
ランプを手にしたまま、今度はチェストの方へと向かい、一番下を開けては何かを探り始めた。
「この場所は暮らすには不便だと思うんだが……山の上だし、何か都合の良いものでも?」
「さあな、昔の事なんて俺には分からないよ。でも、今この場所で暮らしている俺の感想から言えば、何一つ不便がなく、のんびりしてて毎日が天国のようなものだよ……っと」
引き出しの中から出したのは小さな布袋だった。中を開け、黒い粉のようなものをランプの中へと入れる。その瞬間、火が灯った。
「それは?」
麻祁の問い掛けに、アデールはふとランプに一息入れた後、立ち上がった。
「ん? ラピデムだよ。……まさかこれも知らないのか?」
「……すまない」
「ああいやいや、俺が言いすぎたよ。どこから来たかも知らないのに、そう言っちゃ悪いよな。無い地域もあるんだし。これはラピデムという火石の粉だよ」
「火石?」
「昔からある火が燃え続ける石の事だよ。実物は見た事はないが、どうやらこの石に火を点けると一年は燃え尽きないって言われてるんだ
「一年? ……長いな」
「それを粉にして、リシナと呼ばれる植物の油につければ火が灯るんだ。後はこうして息を吹き掛ければ……」
アデールが再びランプに息を送る。
吹く度に火元は強さを増し、壁に映る影を揺らしていた。
「それほど明るくはないが、自分の足元を照らすにはちょうどいい。夜、宿屋とか街の中で火を灯すのならこれが一番さ。どれだけ風が吹いても、朝まで点き続ける。消すには蓋を被せておけばいい」
「他にも明かりとなるものはあるのか? 例えば、太陽の光みたいな強烈なものとか」
「……ああー、俺の知るかぎりじゃ無いかな……。聞いた話では、ここより西の方角にある街では光る石を使っていると聞いたな。確か、ルケットって言う名前だったと思う」
「ルケット?」
「太陽のように眩しく輝く石と言われてるんだ。かなり貴重らしく、こんな田舎までは回って来ないよ。それに、もし来たとしてもかなりの高額で誰も買えないだろうな」
アデールが部屋の奥で腰を屈めた。
ランプを置き、右手で床の一部を持ち上げる。
「この先が倉庫だ」
降りていくアデールの後を麻祁が追う。
短い階段を降りた後、アデールは手にしていたランプを近くの柱にへと掛けた。
薄明かりに照らされた空間に浮かび上がったのは、ギッシリと敷き詰められた数多の道具だった。
ずっしりとした静かな趣で二人を取り囲んでいる。
「後、明かりと言えばこれだな」
アデールが道具の中から一つの太い棒のようなものを取り出した。
先には布のようなものが巻かれている。
「松明?」
「ああ、樹脂を巻き付けてある。よく燃えて、明るくて、何より煙は良い匂いだ」
アデールから渡された松明を、麻祁はあらゆる方向へと向け、物珍しそうに見続けていた。
「人によってはシャネオの樹脂が良いってやつもいるが、俺には正直信じられないよ。あんなヘドロのような臭いを出すやつを好むなんて、どんな場所で過ごしているのか……っと」
腰を屈め、道具の中を探っていたアデールが体を上げた。手には胴回りの太く、長いロープが何重にも巻き付いていた。
「どれぐらいの長さが必要なんだ?」
「長ければ長いほどいい。それと丈夫なの」
「こいつはかなり強いぞ。屈強な男が居てもこれに巻かれれば、何も出来ずに降参してしまうぐらいだ」
手にしていたロープを麻祁へと渡す。
ずしっとくる重たさに、手にした麻祁の右手が少しだけ下へと落ちた。
「今度そんなのを見かけたら縛っておくよ」
「そいつは頼もしいな。……後は袋か。袋……ふくろ……」
右へと移動したアデールが道具の中へと手を突っ込んだ。
一つ引き抜いては足元へと捨て、また手を入れ引き抜く。
「大きさはどれぐらいだ?」
「大きければ大きいほど、後丈夫なのと、大男をぶち込める程度のもの」
「ははっ、それなら……これならどうだ?」
ガサガサと道具の中から一つの袋を取り出し、麻祁の前へと広げた。
全身を包みこむような大きな皮袋。表面は茶色で肌触りとしてはザラザラとし、肩へと掛ける紐は何かの植物の蔓で出来ていた。
「大きいな」
「ここに来る商人から貰ったやつだ。あまりの大きさに邪魔になったからって、タダだったよ。まあ、こんな大きいのを背負う奴なんて早々居ないからな」
「旅人でも持ち歩きを避けるほどなのか?」
「こんな袋なんて背負って歩かないよ。大抵は何人か連れ添って分担で物は持っているし、一人だとしても片方の肩に掛けるぐらいの荷物があれば、次の街までいはいけるってものだ。わざわざ誰も居ない辺境地へと足を進める物好き以外はな」
「物好きね……なら私がいただく。この松明も貰っていい?」
麻祁が左手に持っていた松明をアデールへと向けた。
「ああ、別にかまわないよ。入れておくか?」
「頼む」
大きな口を広げる袋に向かい、麻祁が松明を入れた。
「そのロープは?」
「これは私が運ぶ」
「重くはないのか?」
「この程度は大丈夫だ。もし大男を捕まえたらどうするんだ?」
「はっ、そりゃそうだな。……後は何かいるものは?」
「……んー」
手渡された袋を背負った後、麻祁は倉庫の中を見渡した。
「刃物みたいなのが欲しいな。ロープを切るかもしれない」
「そのロープを切るには、ナイフみたいな小さな物じゃ無理だな。外にあるとは思うが……」
その言葉の途中、アデールが一人難しい表情を浮かべた。
「何か問題でも?」
「長い間使ってないから、錆びているかもしれない。よく切れて丈夫なのが欲しいのなら、ボスプリミを飼育しているエイベルに聞くといいよ」
「エイベル? 場所は?」
「ここから右に曲がった先にある外へと出る場所の右側にある家にいるよ。……今の時間帯ならボスプリミは放牧中のはずだから家にいると思う」
「……後で話しかけてみる。とりあえず、その外にある刃物の様子を見に行こう。ああ、後、松明だけじゃ心細いから、そのラピデムという粉とランプを貸してくれないか? 余っているならでいいけど……」
「それならこれを持っていけ」
アデールが倉庫の柱に掛けていたランプを麻祁へと渡した。
「それはここだけにしか使わない。ここを出れば役目を終わりだから、持っていくといい。後、粉は上にあがってからだ」
「ありがとう。助かった」
「気にしなくていい。……それより、噴水を直すのに、それだけの道具が必要なのか? まるでどこかの洞窟を探りにいくような感じなんだが……」
不思議そうな表情を浮かべたまま、アデールが下から上へと視線を動かした。
右手にはロープを持ち、左手には明かりの灯したランプ。背中には全身を包むような皮袋を掛けた、夏の制服姿。
「直すのも一苦労さ」
ふとため息をついた後、麻祁は階段に足を置いた。
――――――――――――
倉庫から出た後、麻祁はラピデムの粉を貰い、刃物が置いてある場所へと移動した。
部屋の位置としては、受付から右側にある場所で、そこにはレンガで造られた焼き台や水を貯めておく為の大きな樽、火にくべる為に重ねてある薪の束などがあった。
辺りを探ってみると、そこで一本の刃物を見つけた。
大きさは包丁よりも遥かに大きく、鉈のような形をしている。
刃全体は錆びついており、とても最近まで使っている様子はなかった。どうやら、以前ここに住んでいた住人が残していったようだ。
一応鉈を借りた麻祁は建物を出た後、すぐに管理人の家の前へと移動した。
扉の前に手にしていたランプと背負っていた皮のリュックを置き、今度は町の西側にあるエイベルの家へと向かった。
外から眺める外見は、他の家とはさほど変わりは無い。
扉へと手を掛け、中を開けては名前を呼んだ。
「エイベルさん、居ますか?」
少しの間だけ相手からの反応を待つ。しかし、何も返ってはこない。
「すみません! 居ますか!」
声を少しばかり張り上げる。やはり、何も返ってはこない。
諦めてその場所を去ろうとした時、
「……むぅああー、誰なんだよ?」
大きなあくびと共に一人の若い男が現れた。
茶色の髪をぼりぼりと掻きながら、眠たそうな表情のまま麻祁へと近づいてくる。
「んー? 誰なんだ?」
眠気眼の細い目を、麻祁の顔へと近づける。
「アデールの紹介で来た。確かこの上でボスプリミを飼育しているとかで……」
「ああそうだよ? で、何かようなの?」
エイベルは再び大きなあくびをした後、玄関の正面にあった階段へと腰を下ろした。
「実は大きな刃物みたいなのが欲しいとアデールに聞いたら、エイベルに聞けと言われて……」
「アデール? ああー、確かに持っている事には持っている。だが、それは渡せないな。他をあたってくれよ」
「予備になるようなものもない?」
「ないない。牛刀は一つだけしかないし、多分薪を割るやつに聞いても斧は一つしかないって言うぜ? ここじゃ鍛冶屋なんてのは居ないからな。下の街から行き来している商人に頼まない限りは予備なんて入手できないよ」
「……そう、分かった、突然押しかけて申し訳ない」
「いいよいいよ。そろそろ、戻す時間も来てるだろうしちょうど良かった」
エイベルはふと息を吐いた後、階段から立ち上がり、奥の部屋へと消えようとした。その背中を、麻祁が呼び止める。
「もう一つだけ聞きたい事がある、かまわない?」
「ん? 別にいいけど……って、お前は誰なんだい? 見ない顔だな? 旅人?」
エイベルの質問に麻祁は平然とした口調で答えた。
「そういうもの。面倒事の依頼を引き受けて歩いて回っている」
「ああー、物好きの一種だな。特にこんな辺ぴな村に来るなんてよほど変わってるよ。……まあ、何かを手伝ってくれるのなら誰でも大歓迎だけど。……で、何が聞きたいだい?」
「最近、家畜……そのボスプリミと言うのがいなくなったと聞いたけど?」
「んー数週間前のことだな。数頭いなくなっていたよ」
「原因は何?」
「さあねえ、近くを探したけど姿も見えなかったし、逃げたんじゃないかな? 放し飼いにしていたら、一頭ぐらい逃げる事も今まで無かったわけじゃないんだし」
「獣に襲われた事は? 昔居たらしいけど」
「それはないな。近くに死体はなかった。まさか一頭丸ごと飲み込むような獣なんて、この山にいると思うのか?」
「それは……分からないが……」
「昔は確かにいたらしいけど、獣たってルプスのようなものばかりだからな。そんな大きなやつは棲んでいなかったよ」
「ルプス?」
「毛むくじゃらの細長くて四つんばいのやつだよ。下の街じゃペットとして飼っている物好きもいるみたいだ。いつも舌出して、へっへっへっ、って暑そうにしているらしいぜ」
「……どこかで図鑑が必要だな。それじゃ、もうボスプリミの数は?」
「今は減ってはないよ。場所も一応移動させたし、それからは全く」
「なるほど……色々と情報をありがとう、助かったよ」
「これぐらいならいつでも聞いてくれ、俺はあいつらの世話しかすることがないんだし、俺もちょうど時間つぶしによかったよ。……あっ、今日はこの村に泊まっていくのか?」
「その予定、後二日か三日いるかもしれない」
「そっか。まあせっかくこん辺ぴな場所まで来たんだ、少しぐらい良い思いはしないとな、後で肉を食わしてやるよ。案外美味いんだぜ? そこら辺にいるボスプリミより上質だ。宿はアデールの場所か?」
「ここに着いたばかりだからまだ決めてない。アデールの場所が宿屋になるのか?」
「ああそうだよ。あの場所は元々宿屋で夫婦でやってたんだけど、下の街に降りるって聞いて、そこで余所から来たアデールがその後を継ぐことになったんだ。だが、ここに来る物好きの旅人なんていないから、生活の工面からも、今じゃ宿屋と依頼所と二つをやっているってわけだ。ここへ来る前からそういう依頼関係の仕事をやっていたらしく、交流もあったおかげで商人とかも、この村に来るようになってから、物の流通が良くなってな、大分生活にも楽が出てきたよ」
「なるほど……」
「肉はアデールの場所に届けておくぜ」
「すまない、助かる」
「いいよ、またどこかの宿屋か酒場に出向いた時は、ファウンテンの肉はサイコーって伝えといてくれ。生だとあまり色んな場所には運べないと思うが、干し肉なら売れるしな」
「わかった、伝えておくよ。色々とありがとう」
麻祁は片手を振りながら、外へと出た。
「……っ」
西から灯る夕陽が麻祁の目を射す。
少しだけ目を細めた後、その夕陽の方へと向かい歩き始めた。
陽に包まれながら斜面を登る。道は左右に分かれており、さらに上へと目指すため、斜面を登り続けた。
木々と草に挟まれながら道を歩く。途中、幹に隠れるようにして数匹の牛のような動物を見つけた。
黒っぽい皮膚に巨大な体。頭には二本の短い角がついている。
のそのそとした動きで数体一緒に固まりながら、足元に生えている草を食べている。
「ボスプリミか……」
そう呟きだけをその場所へと残し、麻祁は立ち止まることなく足を進める。
しばらくし、左側へと顔を向けると木々に間から町の噴水が目に入った。
それを確認した後、顔を正面へと戻す。先の道はまだ続いている。
「…………」
麻祁は道を逸れることなく、その先を目指した。
少し歩くと、道は一つの洞窟へと繋がっていた。大きく開かれた穴の先は暗く、奥は見えてこない。
麻祁が少しだけ体を中へと入れる。吹き荒れる風が体を押し返してくる。
耳を澄ませば聞こえてくるのは水が流れる僅かな音。それ以外には臭いなどはなく、ただの暗闇しかその場所にはない。
しばらく暗闇を眺めた後、麻祁は元の道へと戻った。
草木を掻き分け、崖沿いへと体を出す。
広がる景色に、眺める町。夕陽に染められたその場所には点々と小さく住人達の姿があった。
吹く風により銀髪がなびく。
麻祁は右肩に掛けていたロープを下ろし、体へと何重にも巻き付けた。
複雑な結び目を三箇所作り、腹の辺りから伸びた一本のロープを掴んでは、力をいれた。引くたびに体が前へと動く。
体からずれないことを数回確認した後、今度は近くにある太い幹へとロープを巻き付けた。
結び目を二つ作った後、垂れるロープを掴んでは、片足を幹へと合わせ、全体重をそこに掛ける。ギュっと閉まる音が幹から聞こえる。
麻祁は肩にロープを掛け、崖先へと向かった。
真下を覗くと、ちょうどオレンジ色の屋根が見える。
掛け声一つもなく、麻祁は体を切り立った崖へと下ろし始めた。
ロープを少しずつ伸ばしては、両足で岩を蹴り、少しずつ屋根へと近づいていく。
同じ動きを数回繰り返し、そして片足がレンガの屋根へと乗った。
カタカタと不安定な音が足を動かすたびに聞こえる。麻祁はバランスを崩さないように一歩ずつゆっくりと足元を踏みしめ、広場の方へと向かった。
屋根から顔を覗かせると、下に小さなバルコニーが見える。
麻祁はバルコニーへと移ると、胴に巻いていたロープを手際よく外し、窓へと手をかけ、押すように力を入れた。
ガラスの揺れる音に合わせ開かれる窓。麻祁の視界に広がったのは、影だけが覆う寝室だった。
麻祁の目が自然と険しくなる。それは不思議な光景だった。
そこが寝室としての証明としてベッドが置かれていた。シワだらけの掛け布団からは、そこにいた住人が起きた状態から手を付けていないのが分かる。
それだけなら何も思わないのだが、不思議な事にその部屋には何かを収納するようなチェストのようなものはなく、当然机のようなものもなかった。ただ、その部屋にはベッドだけがいたのだ。
よくよく床へと目を向けてみると、足元には小さな木くずが幾つも落ちていた。
注意深く辺りを見渡した後、前のあるドアへと足を進める。
開けるとそこは階段になっていた。
下へと向かうと、今度は前に玄関が見える。左右に目を向ければ、二つの部屋が麻祁を挟む。――どちらの部屋にも人の気配はない。
玄関へと近づき、鍵を開ける。
開かれるドアから、光が射し込んで来る。
麻祁は家の前に置いてあった皮袋とランプを回収した後、再び家の方へと向いた。
「さあ、どこへ行ったんだ?」
開かれた玄関へと問い掛けるも、その答えは返ってこない。
「まったく、苦労するな」
ふとため息をつきながら、麻祁は家の中へと入り、ドアを再び閉めた。
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