第一章:始まりの街、ファウンテン
第一章:はじまりのまち、ふぁうんてん
水の中、
「……ゴボゴボっ!!」
大量の泡を吹き上げながら、龍麻が顔を上げた。
「……ガハっ!! ごほっごほっ――!!」
急激に入り込む空気にむせ込むも、顔を振るっては水滴を飛ばし、うつ伏せになっていた体を持ち上げた。
「な、なんだよこれは……」
体に絡みつく藻を剥がし、辺りにびちゃびちゃと投げ捨てる。
軽く見渡した後、体を起こした。――どうやら噴水の中にいるらしい。
水を蹴っては外へと出て、横へと目向ける。そこには麻祁が立っていた。
いつもの睨むような細い目で、胸元に手を当てて真っ直ぐと前を見つめる麻祁の姿。
龍麻は腕に絡みついていた藻を地面へと投げ捨て、そして改めて辺りを見渡した。
徐々に晴れていく視界に、
「……嘘だろ」
龍麻は目を見開かせた。
青く透き通る空の下、二人の前に現れた景色。それは――あの村そのものだった。
赤味のある屋根に、オレンジ色の壁。レンガ造りのその家は立ち並び、噴水の周囲を取り囲んでいた。
二人にとって、その見たことある景色は、とても受け入れがたいものだった。
何故ならこの村は、濁流により一緒に呑まれたはずなのだから――。
龍麻が眼前に広がる景色を確かめるかのように、体を忙しく動かし、辺りを見回す。
「これって……」
「ああ、あの村だ」
無表情のまま淡々とした口調で麻祁が答える。
「そんな……だって、確か一緒に濁流に呑まれたはずじゃ……」
「ようこそ、新しい世界へ!」
後ろから聞こえる少女の声。
二人が振り返ると、そこにはクリスタルの姿があった。
それは最初に見せた濡れたドレスの藻にまみれた姿ではなく、どこにでもいる村娘のような姿だった。地味な服装に上から下へと茶色で染められている。
「どうですか? 全然普通でしょ?」
右手にスカートの端を持ち、踊るようにしてユラユラと動かす。
「どうしたんだよ……その姿……?」
唖然とする龍麻の表情に対し、クリスタルは、へへっと笑みを返した。
「こっちの方が皆さんとお話しできて、仲良く出来るんですよ? 一応、女神としての姿もあるにはあるのですが……」
言い難そうに横目をチラつかせながら、クリスタルが龍麻の方へと視線を送った。横にいた麻祁も、目だけを動かし、龍麻を見る。
「な、なんだよ」
前と右から向けられ続ける異様な視線に、龍麻が一歩後ろへと下がった。
濡れた服から水滴が落ち、びちゃっと藻が足元に落ちる。
麻祁は視線を前のクリスタルに戻し、口を開いた。
「……で、何をどう貢献すれば、神様は願いを叶えてくれるんだ?」
「それに関しては非常に簡単ですよ! とにかく困ってる人を助ければいいんです!」
クリスタルが人差し指を二人の前に突き立てた。
「困ってる人?」
「ええ! そうです!」
今度は龍麻へと指先を向ける。
「この世界には困ってる人が沢山いるので、とにかくそれを手伝っていればおっけーです! 頼み事を上手くこなして行けば、徐々に注目度が集まって、最後には神様からご褒美として願いを貰えるってわけです!」
「どれぐらい助ければ、その神様ってのには会えるんだ?」
龍麻の言葉に、向けていた人差し指を顎に当て、クリスタルが悩み始める。
「んー、詳しい事は分かりませんが、とにかく沢山かな……」
曖昧な答えに、龍麻が不安そうな表情を浮かべる。
「……大丈夫なのかよ」
「今までの例として、願いを叶えて貰えた人達はどれぐらいの事をしてきたんだ?」
「そうですね……例えば……人を喰ってるドラゴンを倒すとか。悪い事をしている王様を倒すとか……」
「おいおい、規模が大きすぎるだろ。アニメの世界かよ」
「後は……まあ、色々ですね」
「……なるほど。とりあえず大きい事を成し遂げればいいみたいだな。それじゃ、まずは大きな街へと行って情報を集め……」
「あー! 待ってください!」
クリスタルが麻祁の言葉を止めた。
「そんなに急いでも良い事はありませんよ! まずはこの村で困ってる人を助けましょ!」
「この村たって……」
困った表情を浮かべ、龍麻が改めて周りに目を向けた。
視界に入ってくるのは広場の中心にある、藻が覆った噴水と、その周りを囲むレンガの家のみ。
それぞれの家の前にはそこの住人がいるものの、立ち止まって世間話をする女性も居れば、ただ椅子に座って寝る人もいたりと、いつもの日常の生活を送っていた。
「困ってる人は居なさそうなんだが……」
「いえいえ、案外普通に暮らしていても不便な事は多々あります。どうですか、貢献度を少しでも上げる為に、簡単な頼み事でも一つ。ね、ね」
徐々に迫め寄る顔。
二人は顔を見合わせた後、麻祁が口を開いた。
「まあ、手始めに簡単なのを受けるのもいいな。ここの場所がどういう所なのかも分かるし」
「ああ、さすが私が導いた人! ご理解が早くて助かります! それじゃこっちに……えぇーっと……」
クリスタルが何かを探すようにして麻祁の顔をじっと見た。
それに気付いた麻祁はすぐに答える。
「麻祁式(アサギシキ)麻祁でいいよ」
「アサギさんですね! それじゃ案内します。こっちこっち」
右手を握り、笑顔のまま麻祁を引っ張ってクリスタルが走り出した。
広場に取り残された龍麻。
「いいのかよ……」
一人だけ納得の出来ない表情を浮かべつつ、急ぎ二人の後を追った。
――――――――――――
クリスタルが案内したのは一軒の民家のような所だった。
手を引かれ走る中、麻祁がふと二階の窓にへと目を向けた。
視界に入ったのは、窓の横から飛び出す長い棒に掛けられた一つの旗。
風によりバタバタとなびくそれには奇妙なマークが書かれていた。
勢いよくドアを開き、二人が中へと入る。
「失礼しまーす!」
クリスタルが元気よく声を出すと、目の前のカウンターから一人の男性が現れた。
「ああ、クリュちゃん、おはよう」
男性が挨拶をすると、クリスタルも同じ言葉を返す。
「おはようございまーす!」
元気よく挨拶するその姿に、男性は笑顔で頷いた。が、すぐにその表情は変わった。クリスタルが手を引く、麻祁の姿を見たからだ。
「クリュちゃん、その人は?」
男性の問い掛けに、クリスタルが笑顔で答える。
「冒険者さんです! ついに来てくれました!」
クリスタルの言葉に、男性が、納得したかのように頷いた。
「ああ、そうか……ついにこの村に……ちょっとアンタ!!」
突然声を張り上げ、男性が立ち上がった。
カウンターの横から姿を出し、入り口へと掛け寄る。
辿り着いた場所、そこにはずぶ濡れの龍麻の姿があった。
「そんな濡れた格好で入られると困るよ! それに体中に……ああ、もう、いっぱい付いてるじゃないか!?」
突然怒られ、たじたじとする龍麻。
「す、すみません……」
ただ顔を伏せ、謝るだけしかなかった。
木の床にはポタポタと水滴が落ち、びちゃっと藻も落ちる。
「……とにかく乾かしてきてから入って。それならいいから」
「はい……」
龍麻は小さくそう返事した後、外へと出ていった。
「ったく……」
男性は小さな溜め息を吐いた後、カウンターの裏へと戻った。
「ごめんよ突然。……全くあの子は何なんだ?」
「ははは……」
怒る男性に、クリスタルは、あの人も冒険者です。とは言えず、ただひきつらせた笑い声を出すしかなかった。
少しだけ緊迫する空気の中、麻祁が男性へと向かい問い掛けた。
「さっき、この村に……っと言っていたが、私達以外に訪れた人はいないという事か?」
その言葉に、男性が頷いた。
「ああ、俺がここについてからは一度もないな。たまに寄ってくれる人もいるが、商人やそのまま通り過ぎる人ばかりだな」
「始めてなのか?」
横にいたクリスタルに向け、麻祁が睨むような視線を向ける。
「あ、いや、いやいや、久しぶりって事ですよ。この村って結構歴史があったりで……、そ、それに死んだ人の魂を狙う導き手って沢山いますから。案内するのも一苦労なんですよ、ははは……そ、それよりアデールさん」
一時表情を引きつらせるも、すぐに笑顔へと戻したクリスタルは男性の方へと駆け寄った。
「あの依頼、誰か受けてくれてますか?」
カウンターに立てた右手で口元を覆い、クリスタルが声を落す。
「ああ、あれか?」
それに対しアデールは隠す様子もなく、カウンターの裏にある引き出しから一枚の紙を取り出した。
「まだだよ。やっぱり誰も受けには来てくれないな。報酬がまずいんじゃないのか?」
「ええー、で、でも私、これだけしか持ってないですし……それ以上出せって言われても……」
カウンター越しで話をする二人を余所に、麻祁は部屋の中を歩いていた。
辺りを見渡し、部屋の中の情報をかき集めていく。
少し広めのその部屋は、中央を木のカウンターが仕切っていた。
奥にはアデールと呼ばれた男性が座り、その手間の広場には、小さな椅子が男性と向き合うように一つ置かれている。
右端の壁には大きなコルクボードが掛けられており、そこにはいくつもの紙が張られていた。
麻祁がそれに近づき、その一枚に目を通す。
「ムーリス退治?」
聞き慣れない単語。
すぐ横にある紙へと手を伸ばす。
「パンターノフロッグ……エダークスベアー……」
目に見える文字を麻祁が呟いていく。
「それ、依頼書ですよ」
後ろから聞こえるクリスタルの声に、麻祁が振り返った。
「依頼書? これが頼み事か?」
「はい、今困ってる事を書いて、ここに提出するんです。そうすれば、後は受けるか受けないかを冒険者さん達が自由に選ぶわけです」
「冒険者というのは私達の事だな」
「それ以外にも依頼を受ける人物はいるよ」
アデールが補足をするようにして、カウンターの奥から声を出す。
「いるのか? それ以外にこんなモノを受ける物好きが」
「理由なんて人それぞれある。金に困っている奴らなんて、どこにでもいるからな。何も親切な奴だけじゃないよ、目的はそれぞれさ」
「ふーん……で、ここに書かれての全てがこの村の依頼内容なのか?」
「いえ、ここに張られているのは、この村以外のところのですね」
「別の場所か」
「そうです。あっちこっちで色々悪さをするのがいるんですよ。畑を荒らしたりとか、貨物を襲ったりとか。後、誘拐なんてのもたまに聞いたりします」
「物騒な場所だな……他の冒険者とやらが解決してくれるんじゃないのか?」
「ある程度は終わらせてくれるんですが、中には運悪く死んだりする人もいたりで……上手く行かない事が多いんです」
「……死後の世界にも更に死があるのか。死んだ人達はその先どうなるんだ?」
「そ、それは……その……」
クリスタルが頭を下げ、
「全員土の中さ」
代わりに、アデールが答えた。
「土葬か」
「死んだら終わりさ。昔からそれは変わりない」
「……そういえば、一つ聞きたかったんだが、何故私達を冒険者として受け入れるんだ? 突然現れたのに怪しいとは思わないのか?」
麻祁の質問に、アデールは溜め息を吐いた。
「そんな事いちいち気にしていたら、こっちの神経がおかしくなるよ。昔からさ、変わった姿の人間がどこからともなくパッと現れるのはさ。ほら、服装を見れば分かるだろ? 俺達とは違う、変わった服だ」
アデールが麻祁の着てた学生服を指差した。
「俺の生まれた街では、よく変わった人物がよく歩いていたよ。鎧を着てる奴とか、何かよく分からないそこら辺の木と同じような服装だとか。……そういえば、そんな奴らの中である男が酒に酔った時、『俺は生まれ変わった』とか『望みを叶える』とか騒いでいたな。ったく、変わった奴ばっかりだよ」
その瞬間を思い出したのか、アデールが呆れるようにして、ふと溜め息を吐いた。
「そいつらがどこから来ているかとか、気にならないのか?」
「なるわけないよ。……別に知ろうとは思わない。街の助けには色々なってたし……まぁ、中には悪い事する奴とかもいるけどよ。昔からの事だ、今更気にしている人なんていないな。だから、街に突然現れても誰も驚かないよ。そいつが急にナイフとかを振り回したり、叫んだりするとかしない限りな」
「気にする人はいないか……」
「昔の歴史を調べたかったら、ここから遥か先の『ビブリオテーカ』って街に行けばいい。変わった街だ。旅人の話じゃ、そこから本が生まれ、そして世界中からも集まっているらしい」
「ビブリオテーカ……」
「ああ、でも、行くには苦労がかかるぞ。……どうやら、武器どころが寝るための寝具すら持ってなさそうに見えるが……」
「は、始めて着ましたからね! ってな事で、まずは準備が必要なんです!」
待ってましたかと言わんばかりに、突然クリスタルが間に割り込んできた、
アデールへと近寄り、カウンターにあった、紙を麻祁に手渡す。
「手始めの依頼としてはこれはどうですか? 簡単だと思いますし、何よりお金とか出ますよ!」
クリスタルから渡された紙を麻祁が目を通す。
そこには大きな文字でこう書かれていた。
――噴水の修復を依頼します。
「…………」
麻祁はそれをじっと目を通し、その横にいたクリスタルはニコニコと笑みを浮かべながら麻祁の顔を覗いていた。
視線を下まで動かした後、
「これ以外で」
紙をクリスタルへと戻す。
「ええー!! だ、ダメですよ!! これが一番いいんですって! ってより、他には無いんですよ! ねえ、アデールさん!?」
「ああ、残念だがこれ以外にこの村での頼み事なんてないよ。あるとしても、そこら辺のじいさんの肩叩きとか、山に入って果物取ってくるとかそんなのだけさ。わざわざ依頼書に書く程のものじゃない」
「私はそれでも何かもらえるなら構わないが……」
「ああー! ダメですダメです! それは私が既に押さえてますから! とにかくこれを受けてみてください」
押し付けるようにして麻祁の胸元へと紙を寄せた。
麻祁が視線をアデールへと向ける。それに対し、ただ小さな頷きが返ってくるだけだった。
「分かった受けるよ」
その言葉に、クリスタルが両手を叩いた。
「ありがとうございます! 受諾するにはその村の受付で判子を押してもらってください!」
クリスタルが指差す先、そこにはアデールがいた。
麻祁は靴の音を響かせながら、アデールの前へと向かった。その途中、クリスタルに向かって言葉をかける。
「受けているから、外にいる龍麻に声を掛けといてくれ」
「たつま? ああ、分かりました!」
元気よく外へと飛び出すクリスタル。
その姿にアデールは笑みを浮かべた。
「アンタも苦労するね」
「初めて受ける依頼が噴水の修復とはな……」
紙に赤い判子が押される。
「あの噴水はこの村の象徴だ。俺が来た時にはすでに壊れていたらしいが、あの子が直そうと、必死でお金を稼いで依頼していたんだ。受けてくれる人がいて俺も嬉しいよ」
「少しでも貢献できれば幸いさ……っと一つだけ質問いい?」
麻祁の言葉に、アデールが頷いた。
「ああ、一つと言わずになんでも」
「――神や女神の存在を信じるか?」
その質問にアデールの眉間にシワが浮かんだ。
「神と女神? 宗教的な余所にはあるが……俺はまあ、信じてるよ。こういう仕事をしてるんだ、人の出会いってのもあるしよ」
「……私も信じてるさ、近くにいるって」
麻祁は振り返り、外へと出る為に歩き出した。
コツコツと木の踏む音を立て、白の半袖シャツに長く伸びた銀髪を揺らす。
その後ろ姿が消えるまで、アデールはじっと見つめ続けていた。
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