終節:くりすたるっむ・くらるーす・りむぴすと
「あなた達は死にました。なので私がその命を預かります」
それがクリスタルが始めた最初の言葉だった。二人は次の言葉を待つ。
「で、なんで命を預かると言うと、それはあなた達の力が必要であり、手伝って貰わなければ、私の夢も叶えられないのです。だから、手伝いが必要なんです! 説明おっけですか?」
了承させるかのような言葉に対し、麻祁がすかさず返した。
「ダメです」
「ええー!!」
声を張り上げ、驚くクリスタルに対し、麻祁は表情を変えない。
「何でですか!? それ以外に説明ができませんよ!!」
「なら、私から問い掛ける。それでいい?」
「んー」
麻祁の提案に少し悩むも、
「それで納得してくれるならいいですよ」
クリスタルはすぐに承諾した。
「じゃあ、聞いてください」
胸をドンっと叩き、ふんぞり返るクリスタル。
「まず、何故私達が死んだと分かるんだ?」
「それなら簡単に分かりますよ。だって、ここにいますから」
クリスタルのその言葉に、龍麻が驚いた。
「や、やっぱりここは死後の世界なんだ……」
「しご?」
龍麻の言葉にクリスタルが首を傾げた。
「しごって何ですか?」
「死んだ後の場所って事」
「あーあー」
麻祁の説明に、クリスタルが納得した。
「私達以外にも死んだ人がいるのか?」
「いますよ、沢山います。だからみんな取りあいです」
「みんな?」
「ええ、そうです。ですから、さっきも危なく私じゃなくて他の人があなた達と話そうとしてたんです。私が急いで止めたから、私と今話してるんですよ。良かったですね、私で!」
クリスタルが嬉しそうな表情を見せる。
二人の頭の中ではさっきの映像が浮かんでいた。それは白と緑が喧嘩をするようにぶつかり合っている瞬間だった。
「みんな死んだのを確認すると急いで飛んでいくから、もう早い早いって、ほんとがめつい人達ばかりで嫌になりますよ」
「がめついって……って、俺達が死ぬ瞬間なんて見てるんだ」
「ええ、バッチシと!」
龍麻の言葉に、クリスタルが両手で丸を作り、それを目に当てた。
「この目で見ましたよ。濁流に呑まれている所を」
「で、その後、拾うために急いで駆けつけたと?」
「はい! 早いもの勝ちですからね! 他にも沢山いるにはいますが、若い人ってのは珍しいですから、おじいちゃんやおばあちゃんなんて、もう手に余る程です」
一人ふんぞり返るクリスタルに対し、麻祁と龍麻は顔を合わせた。
「おい、死神が死者を選別して冒涜しているぞ」
「ああ……」
麻祁の言葉に、龍麻は小さく頷くしかなかった。
「みんなでその瞬間を見ていたんですよ! 早くー! 早くー! って、で急いで駆けつけました」
「死者を取り合うって事は、他にも同じように死んだ人の命を預かろうとする人がいるって事なのか?」
「いますよ。私以外にも多くの方が、みんな功績が欲しいからって」
「功績?」
「はい! 優秀な魂を選別した女神は神様からその功績を讃えられるのです。一番優秀な人には願い事も叶えてくれるとかで……」
「なるほど、ワルキューレか……」
「ワルキューレ?」
麻祁の呟きに、龍麻が反応した。
「魂を選別すると言われる北欧神話に登場する女性だ。死んだものの魂を戦士として選別して、世界の終焉であるラグナロクと呼ばれる戦争へと向けて、鍛えるんだ」
「なっ!? だったら俺達も戦争とかしなきゃいけないのか?」
「さあな。ただ北欧神話は昔から伝えられているものだとしても、あくまでも人が作り出した物語の一つだ。同じ状況だとしても、そうだとは言えない。まあ、それを仕組んだ神様ってのは、とんだはた迷惑な悪党なのは分かるがな……。で、その願いと言うのは何でも実現が可能なのか?」
「はい、何でも叶えてくれますよ。色々な願いを叶えてくれてるのを聞いたことありますし、実際にもこの目で見ましたし」
「生き返ることも?」
「可能です。そんな人も数人いました」
クリスタルの言葉に、麻祁は目を逸らし、何かを考え始めた。
横から龍麻が小声で話し掛ける。
「おいおい、本当に信じるのか? 嘘かもしれないぞ……」
「その可能性も考えられるが……現状ではどうしようもない。これが夢ならいいが、さっき抓った時に起きなかっただろ。痛みがある以上は、これは幻ではない」
「痛みのある幻だったらどうするんだよ? そんな経験あるだろ?」
「もしそうだとしても、あの濁流に巻き込まれた後の状況から考えても、辻褄が合わせられない。もし何かの施設に侵入したり、誰かと対峙したなら、まだしも……」
「それじゃ本当に死んだって言うのかよ?」
「……私自身はそうは思わないよ。……だが、目の前にいるあの女はそう言ってるし、何よりその瞬間を目にしていたと言っている。とにかく今はその話に乗るしかない。もし話とは違う流れになるなら別の方法を考えればいい。……それに、よく周りを見てみろ。そもそも真っ暗闇で他には何も見えない。話を断った所で、どこを彷徨うっていうんだ?」
「……それはそうだけどよ……あっ」
龍麻が何かに気付いたように、クリスタルに向かい口を開いた。
「この場所ってどこなんだ?」
「ここですか? んー」
クリスタルが人差し指を顎に指し、考え始めた。
しばらくした後、首を横へと振った。
「わかりません。私達は死んだと分かったならすぐにこの場所に来れますから、あまり深く考えた事ないです。ぽっと飛んだら、ぽっと来れますし」
「ぽって……それならもし、こうやって話し掛けてくれる人に着いて行かずに、そのまま無視して歩き続けたらどうなるんだ?」
「そういう人も中にはいますけど、でも、そんな人は変わっている人だって事でみんな話しかけるのを止めてしまいます。今でもずーっとただ歩き回ってる人もいますし、本当に変わり者なんですね」
「あ……そ、そうなんだ」
表情を引きつらせる龍麻に対し、麻祁が小さく呟く。
「私は歩き疲れた、まだ元気なら私は止めないが?」
その言葉に、龍麻が首を横に振った。
「俺も歩き疲れたよ」
こそこそと話し合う二人を見続けていたクリスタルが、痺れを切らしたかのように問い掛けた。
「で、もう説明はいいですか? これ以上聞く事がないなら、早速……」
「内容は理解した。ついて行くよ」
「ほ、本当ですか!? やったー!」
両手を叩き喜ぶクリスタル。体を激しく揺らし、ばちゃばちゃと辺りに藻を飛ばす。
「ただし、まだ目の前にいる人物に関して私達は詳しく知らない。まず名前からだ」
「それなら、お安い御用です! 私に関してなら納得していただくまで何回でも話しますよ!」
クリスタルが再び胸元をドンと叩く。
「私の名前はクリスタルッム・クラルース・リムピスト。長いのでクリスタルでも、クリュでもいいです」
「クリスタル……クリュね。……で、クリュの願いとやらは何なんだ?」
「えっ!?」
麻祁の問い掛けに、クリスタルが再び目を伏せた。
チラチラと何度も横目を向けた後、すぐに胸を張り上げる。
「わ、私の願いはそうですね。と、とにかく知名度を上げることですかね!」
「知名度?」
「はい! 一応これでも名は知れ渡った女神の一人ですから! もうこれ以上の御褒美なんてのは要らないのですが……でも、知名度さえ上がってしまえば、何でも融通みたいなのは効くんですよ! それこそ人の信仰などを集めたりで、何一つ不自由なく暮らせるとか!」
「女神が不自由ね……」
「あ、いえいえ! 今はそれほど苦労はしてないんですけど、更にその高みを……なんて! 知名度が低いと結構不便なんですよ。どこへ行ってもバカにされるし、何より、思って以上に得られるものなんてないですし……」
「女神も苦労はしているのか?」
「はい……何でも思い通りには行きませんからね。ですから、こうやって魂を預かって、神様からの功績を認められて、それで願いを叶えていくんです。女神によっては、美が欲しいかったりとか、お金持ちになりたいとか、色々あるんですが……」
「どこへ行っても欲は尽きないな」
呆れるように麻祁が溜め息を吐いた。
「ですので、私に預けてくれませんか? 悪いようには決してしませんから! 必ず導きます! 精一杯フォローしますから!」
そう言いながらクリスタルが両手を二人の前に差し出してきた。
水に濡れるその腕には藻が絡み付き、水滴がポタポタと滴り落ちていた。
「ああ、頼むよ」
麻祁がそう返事をし、そして肩で横にいた龍麻を叩いた。
「え!? 俺かよ……」
小声でそう呟いた後、差し出されたクリスタルの手を龍麻は軽く触れた。
「ありがとうございます!!」
クリスタルは涙を浮かべながら、龍麻の手を握りしめ、大きく上下に振った。
飛びは跳ねるいくつもの水滴が全身へと掛かる。
「ああ……」
言葉を失くし、ただ腕を振られ続け、水滴が飛びかかる現状を、龍麻はただ受け入れた。
「で、これからどうやって移動するんだ?」
「ああ、そうですね早く行きましょ!」
麻祁の言葉に、腕を振り続けていたクリスタルは手を止め、何やら唱え始めた。
クリスタルを取り囲む緑の光が強さを増し、暗闇全体を包んだ時、目の前に白い光が現れた。
「ここから出るには、この光へと入らなければなりません」
「この中って……」
龍麻が恐る恐る中を覗くようにして、少しずつ足を進める。
「大丈夫ですよ! ただ外に出れるだけですから!」
ドンっと背中をクリスタルが押した。
龍麻は咄嗟に足に力を入れる。
「や、止めろよ! 押したら危ないだろ!」
「後がつかえてるんだ。早くしろって」
麻祁が急かす様にして龍麻の背を押した。
「ば、バカ! 止めろって! 行くにも勇気がいるだろ! って、つかえるも何もお前一人じゃないかよ!!」
「私とクリュだよ」
二人で龍麻の背中を強く押した。
「ば、バカ! おすなてぇーー!!」
大声と共に、光の中へと姿を消す龍麻。
麻祁はそれを見送った後、光へと足を踏み入れ……そして、手前で立ち止まった。
「最後に一つ聞いていい?」
「な、なんですか?」
麻祁の言葉に、クリスタルが少し驚く。
「どうしてそんなに濡れて、藻だらけなんだ? ずっと気になっていたんだが」
その質問に対し、クリスタルが頬を赤くさせた。
「それは……その……」
どこか言い難そうにモジモジとする姿に麻祁は、表情を変えずに言葉を続けた。
「この先に行けば分かる?」
「は、はい。それに関しても後でちゃんと……」
「そう、それなら早く行かないとな」
光の中へと足を進めて、姿を溶かしていく。
二人の背を見届けた後、クリスタルが再び何かを唱える。
その瞬間、白も緑も光が一瞬にして消えた。
後の空間に残されたのは、誰の姿の居ない、ただ先の見える事もない暗闇だけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます