第18話 仕立て屋の約束④


 ゆうぜんと若頭がかたを飲んで見つめるなか、はるかは告げる。

 青鬼組が仕立て屋に立ち退きを迫っている今回の調停、その裁定を。


「まず青鬼組の若頭の言い分には一理ある。確かに一目見てもこの店は老朽化している。建て直しが必要という意見は頷けるものだと思う」

「お、おお……そうでしょうや。俺はきちっと筋を通してるぜ」


「次に仕立て屋の店主・友禅の事情。正直、聞いていて僕も胸が痛くなった。でも若頭の言う通り、輿入れの着物だとしたら彼女が取りにくる可能性は低いと思う」

「……っ、勝手なことを言うな! そんなことを言わせるために着物を見せたわけではないぞ」


 友禅が怒り心頭で立ち上がった。体の反物が敵意を表すように伸び上がる。当然、みやが素早く割って入った。その肩を遥は『大丈夫』と言うように軽くたたく。

「まだ僕の裁定は言い終わってないよ」

 執事が黙礼して下がり、遥は友禅を真っ直ぐ見つめる。


「もう一度言うよ。彼女が約束の着物を取りにくる可能性は低い」

 だから、と続けた。

「みんなで彼女を捜そう」


「なんだと……?」

 友禅はぜんとし、若頭も目をまばたいて、雅火は──ほのかに笑みをこぼした。

 テーブルに手をつき、遥は全員を見回す。


「こないのならこっちから捜しにいけばいいんだ。青鬼組、お前たちは街の西側を仕切ってるんだろう? だったらあやかしだけじゃなく、人間のことも把握してるはずだよね?」

「お、おうともよ。昼間は人間に化けてシノギをやってますわ。だから西側ならだいたいのことはわかりますぜ」


「約束の女性は子供の頃からこの店にきてた。だったら家もきっと西側のどこかにあるはずだ。万が一、結婚して街から出ていてもなんらかの情報は手に入ると思う。そうだろ、雅火?」

「相違ありません」

「じゃあ青鬼組は総力を挙げて、店主の約束の女性を捜索。女性が見つかって無事に着物を渡せたら、店主は立ち退きを受け入れる。これが今回の調停の結論だ。さあ異論はあるか?」


 若頭はすぐにぶんぶんと頷いた。一方、友禅はまだ立ち尽くしている。頑固な職人は、降って湧いたような状況に態度を決め兼ねているようだ。

 そこへ雅火が静かな口調でささやく。


「遥様が視た光は、あやかしの想いの光です。そちらの着物にはご店主の心と御業のすべてが費やされているのだと推察致します。一人の職人として、その着物を依頼主に渡すこと以上に大切なことなどございますか?」

「…………」


 友禅の視線が桐箱へ向かう。手は顔の右半分を覆う反物に触れ、左半分の瞳にはとうとうしよくが映った。そして。


「どうか……よろしく頼む」


 彼は意を決したように頭を下げた。


               ○・○・○


 約束の女性捜しはすぐに始まった。

 もちろん遥たち黄昏館も協力し、青鬼組と一緒に西側のあちこちを当たってみた。

 しかし捜索を始めて数日が経っても、まったく足取りがつかめなかった。


「なあ、ひょっとして……すでにとんでもねえババアなんじゃねえか?」

 若頭が苦々しい顔でそう言った。

 視線の先には、雅火の作成した似顔絵がある。友禅から特徴を聞いて描いた、若い女性の絵だ。

 すでに何度目かの捜索会議である。情報共有のため、遥たちは毎日時間を決めて仕立て屋に集まっている。


「布野郎の昔話にミルクセーキとか出てきたよな? ウチでもシノギで人間相手の店出してたりしますが、今時そんなの出しませんぜ?」

「確かに……」

 若頭の斜め前の席で、遥は腕を組む。


「言われてみればそうかも。友禅さん、約束の女の人と会ってたのって何年ぐらい前?」

「……わからん」

「えっ」

 反物の下の目が気まずそうに伏せられる。


わしの店はあやかし相手の商売だ。気づけば路肩の芽が大樹になっていることもある」

「どういうこと?」

 眉を寄せると、雅火が背後から答えた。


「あやかしの時間の感覚は人間とは別物です。私や青鬼のように常日頃から人と接していれば別ですが、そうでなければ……人の世の時間間隔とはズレていくでしょうね」

「ってことはやっぱババアの可能性大じゃねえか!」

 若頭が椅子を揺らして立ち上がった。そのまま店を出ていこうとするので、慌てて声を掛ける。


「若頭、どこにいくのさ?」

「若い衆に伝えにいくんですよ。似顔絵よりもっとババアになってるかもしれねえぞ、って!」

 ドスドスと出ていく背中を見つめ、つい感心してしまった。


「……口は悪いのにいいとこあるよね、若頭。雅火、僕たちもいこう。こぎつねたちと落ち合って捜し直しだ」

「かしこまりました」

 そうして二人で出ていこうとすると、友禅がおもむろに口を開いた。


「……黄昏館の当主よ」

 あまり呼ばれ慣れないので、足がもつれそうになった。すかさず雅火が支えてくれたので腕に寄りかかって体勢を立て直し、振り返る。

 職人はテーブルの上で両手を組み、石のように固まっていた。そして重々しく言う。


「……もういい。もう十分だ」

「友禅さん……?」


「お前たちにこれだけ捜してもらっても見つからない。……ということはきっとあの娘はもうこの街にはいないのだろう。儂のことは忘れ、どこかで幸せに暮らしているのかもしれん。だとすれば……この辺りが潮時だ」

 店主は席を立ち、棚から桐箱を取り出した。


「この店は青鬼たちに明け渡そう。着物も手放す。それですべて終いだ」

「でも……」

「儂はな、ずっとひとりでこの店を切り盛りしてきた」


 桐箱の表面をで、目を細める。

「来る日も来る日もひたすら仕事に没頭する日々。唯一の例外はあの娘がきていた頃だけだ。だがお前たちがこうして儂のために奔走してくれて、久しぶりに店が騒がしくなって……気づいたのだ。儂はただ、あの時間を忘れたくなかっただけなのかもしれん。ひとりではなかった、あのわずらわしくも温かい時間を」

 無精ひげの口元にちよう的な苦笑が浮かぶ。


「これ以上、儂のままにお前たちを付き合わせるわけにはいかん。だから終いにする。依頼は完了だ。礼を言う」

「そんな……、待ってくれ。まだあきらめないでほしい。年齢のこともあるし、他の捜し方を考えれば、見つけられる可能性はまだ残ってるよ……っ」

 

 このままこの人を放っておくなんてできない。

 だって独りのさびしさは知ってる。痛いほど理解している。

 その自分がここで友禅さんを見捨てるなら、当主になった意味なんてない。

 何かないか。何か状況を変えてくれる方法は……っ。


 その時、ふいにくみひもが輝いた。

「──あ」

 また光の流れが見える。けれど友禅から発せられたものではない。流れてくる光だった。

「これ、もしかして……っ」

 思った時には、もう店を飛び出していた。ショーウィンドウの前で左右に目を凝らす。


「どうしました、遥様?」

 雅火が遅れて外に出てきた。この機会を逃すわけにはいかない。目を凝らしたまま答える。

「光が見えたんだ」


 その一言で執事は察した。耳元へ顔を寄せ、集中を遮らないように小声で囁く。

「流れに身をゆだねて下さい。黄昏館の力はあなたの味方です。それに逆らわず、流れに身を任せることで、光をより鮮明にとらえられるはずです」


 雅火の言葉を信じ、自分と光が一体になることをイメージする。感覚が研ぎ澄まされていく。光がどこから流れてきているのか、目で追うより早く感じられた。


 近い。思っていたよりずっと近い。光は路地の電柱の陰から流れてきていた。

「誰か……いる?」

 人影があった。


 飾りけのないワンピース姿で、頬に紅を差している。髪は短めで、すらっとした印象の女性だ。


 はっとしてポケットに手を入れ、雅火が描いた似顔絵を取り出した。見比べてみると、よく似ている。


「あの、あなたはひょっとして……」

 恐る恐るたずねると、女性は小さくお辞儀をした。

 やった、見つけた。やっと見つけた……っ。

 喜びが胸に溢れる。だが近づこうとして違和感に気づいた。


 光に導かれるようにして現れた女性。彼女の体はうっすらと透けていた。

 ワンピースの向こうに路地の景色が見えている。

 雅火が追い付いてきて、どこか痛ましい表情で告げた。


「……遥様。残念ですが彼女は……幽霊です」


「え……」

 がつんと殴られたような衝撃的な言葉だった。

 嫁入りどころではない。仕立て屋の店主が待ち続けていた女性はすでに──亡くなっていたのだ。


 女性が顔を上げる。とても申し訳なさそうな、そして哀しそうな瞳と目が合った。

 途端、組紐が輝き、光がはじけた。

 

 頭のなかに何か流れ込んでくる。それは目の前の女性の記憶だった──。



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