第12話 当主の生活①


 たかまちはるかは眉間にしわを寄せ、精一杯、いかめしい顔を作っていた。両手は机の上で組んでいる。


 貴族ようたし然とした高級な執務机に座っており、格好は高校の制服。ブレザータイプでネクタイをしている。


 視線の先には二匹のあやかしがいた。

 頑張って偉そうにしている遥には見向きもせず、二匹は激しく言い争っている。


「これはオラに供えられたまんじゆうだ。だからオラが食う。それが道理ってなもんだ!」

「馬鹿言うない! これはお前じゃなくてオラに供えられた饅頭だ。だからオラんだ。間違いねえ」


 見た目はどちらもお地蔵様だった。石の体に前掛けをつけ、背丈は遥の腰ぐらい。ただし怒鳴る度にタヌキの尻尾が出たり消えたりしている。


 遥は眉間に疲れを感じつつ、言い争いに口を挟む。

「えーと、どっちも落ち着いて。とりあえず依頼の件だけど」

 来客用のテーブルへ視線を向ける。そこには銀の皿があり、手のひら大の饅頭が載っていた。


「そのお饅頭をどっちが食べるかってことでめてて、上手く調停してほしいってことでいいんだね?」

「んだんだ。黄昏館のご当主様に決めてほしいんだ」

「街の顔役さんの決定ならオラたちも黙って従う」


 お地蔵様たちは石の頭で器用にコクコク頷いた。

 期待を込めたまなしを向けられ、遥は腕を組む。

 街の顔役と言われれば聞こえはいいが、自分はまだ当主見習いである。しかしだからこそきちんと仕事をしなければならない。


 今回の事の次第はこうだ。

 このお地蔵様たちの名はふたぞう。昔から街外れのバス停に立っているお地蔵様なのだが、なんと正体はタヌキだそうだ。お年寄りたちがお供え物をくれるので、それを日々楽しみにしているらしい。


 双子地蔵というだけあって、普段は一つずつ供えてもらえる。だが今日だけは勝手が違った。お年寄りがたまたま孫を連れていて、お饅頭の一つはその子のお腹に収まってしまったという。


 結果、お地蔵様たちに供えられた饅頭は一つだけ。

 それをどっちが食べるかでケンカを始め、どうにも決着がつかず──こうして調停を頼みにきた、というのが顛末だった。


「うーん、すごくどうでもいい……」

「なんだと、この野郎!?」

「オラたちには大問題なんだぞ、この野郎!?」

 息がぴったりだった。お地蔵様たちはタヌキの尻尾をギザギザにして怒りだす。石の体で地団太を踏み、床がミシミシ言い始めた。放っておいたら底が抜けそうだ。


「ご、ごめん! 謝るから落ち着いて!」

 慌てて手を合わせたが、効果なし。お地蔵様たちは止まらず、絨毯の下で床がだんだんへこんでいく。

 やばい、これは本当にやばい。

 すると背後から凛々しい声が響いた。


「遥様、私にお任せを」

 銀色の髪が揺れ、スーツの身が颯爽と飛び出した。

 遥の後ろに控えていた執事、みやである。

 素早くお地蔵様たちのもとへたどり着くと、雅火は前掛けに指を引っかけ、石の体を持ち上げた。かなりの重量のはずだが顔色一つ変えない。


「お客様、どうかお気をお鎮め下さい。せっかくのへんが解けてしまいますよ? 変化を得意とするあやかしにとって、術が途中で解けるのは何より恥ずべきこと。私もキツネなのでよくわかります。どうか冷静に」

 麗しく微笑みかけると、お地蔵様たちの顔がちようちんのようにぽっと赤くなった。


「お、おお……オラたちとしたことが、ついつい頭に血が上っちまって、すまんです」

「素敵な執事さんにお手間掛けちまうなんて面目ねえ」

「とんでもございません。お客様のお世話をするのは執事の何よりの喜びです。どうかお気になさいませんよう」


 キツネとタヌキは仲が悪そうなイメージだが、どうやらそうでもないらしい。

 雅火の美しい顔を間近で拝み、お地蔵様たちは満更でもなさそうだ。

 床が抜けなくてよかった……とほっとしたのも束の間、雅火の眼差しがこちらを向く。


「ご安心下さい。お客様のお悩みは、我が主人が必ずや解決致します。大船に乗ったつもりでご期待下さい」

 水を向けられ、頬が引きつった。

 思いっきりプレッシャー掛けてきたよ、この執事……。


 黄昏館で暮らすようになって一か月が経っていた。

 初日に長蛇の列をさばいたので数だけはこなしているものの、仕事はまだまだ手探り状態である。だというのに、雅火は毎回こうして当たり前のように完璧な仕事を要求してくる。

 とりあえず無言でじっと睨んで抗議してみた。しかし執事はまったく動じず、『何か問題でも?』という顔で笑みを返してくる。本当、意地が悪い。


「えーとだね」

 椅子に深く座り直し、厳めしい顔を作る。ここ数日で考えた、当主っぽい表情だ。

 二匹のあやかしに一つのお供え物。これをどう調停するか。

 とりあえず時間稼ぎのつもりで、苦肉の策を口にしてみる。


「半分こするんじゃ駄目なのか? 双子地蔵なんだし、仲良く割って食べれば?」

 ……まあ、それで解決するならそもそもここにきてないだろうけど。

 と思ったのだが。

 石の体の後ろで、タヌキの尻尾がピコンッと跳ねた。


「「それだべ!」」

「それなのか!?」


 これまた息ぴったりだった。さすがに『本当にいいの?』と思うが、こっちの戸惑いに反して、お地蔵様たちは喜んでハイタッチしている。

「それがええ、それがええ。半分こなら文句ねえ」

「オラたちは双子地蔵だからな」


 雅火が「話はまとまったようですね」と二匹を床に下ろした。そして右手を一振り。どこからともなくデザート用のナイフが現れた。

「失礼」

 よどみなくナイフをいつせん。饅頭が二つに切れた。


「過不足なくぴったり二等分にさせて頂きました。どうぞお召し上がり下さいませ」

 見事な切り口に「おお」と感嘆し、それぞれに饅頭を口へ放り込む。その後、双子地蔵はご機嫌な様子で帰っていった。


               ○・○・○


「なんかどっと疲れた……」

 雅火と二人きりになったので、肩の力を抜いて椅子にもたれかかる。


「これ、僕、いらなかったよね? 半分こにするとか誰でも言えるし」

「いえいえ、見事なお裁きでございました。双子地蔵がいるのは街外れなので、普段、相談できる相手などいないのでしょう。遥様のお裁きは彼らにとってまさしく天啓だったはずですよ。無理をして眉間に皺を寄せていた甲斐がありましたね?」


 ……見透かされてた。

 恥ずかしくなって明後日あさつての方を向く。


「……べ、別に無理なんてしてない」

「左様ですか? 眉が引きつっておいでのようですが。眉間のマッサージでも致しましょうか?」

「結構だよ」

「それにしても当主らしく振る舞おうとした結果が必死に顔を厳めしくすることだとは。まるで背伸びする子供のようで大変愉快でした」

「く……っ、もう放っといてくれ!」


 今度はこっちが地団太を踏みたい気分だった。

 自分がまだ未熟なのはわかっている。だから色々試行錯誤してそれらしい顔をしていたのだけれど、雅火からすれば児戯に等しいことだったらしい。もう穴にでも入りたい。


「ともあれ、朝のお務めご苦労様でした」

 いつの間にか雅火が紅茶の用意をしていた。良い香りが鼻をくすぐる。

「どうぞ。時間を掛けて蒸らしたオーガニックティーです。隠し味にキャラメルを加えているので、疲れが取れますよ」

「むう……」


 雅火の淹れる紅茶は本当に美味しい。からかわれて腹が立っているのに拒めない。アメとむちの使い分けが絶妙過ぎる。


 ティーカップを傾けると、さわやかな甘みが口のなかに広がった。雅火の言う通り、ふっと疲れが抜けていく。これなら元気に学校にいけそうだ。

 黄昏たそがれ館に住むようになってから昼間は学校、朝と放課後は当主の仕事──という毎日になっている。幸い、馬鹿みたいに長蛇の列ができたのは初日だけで、最近は一日に依頼が一つ二つという感じだ。


「お味はいかがですか?」

「正直、美味しい」

「それはようございました。ちなみに遥様」

「なに?」

「先程のご失態で床板が割れております。学校から帰られたらご自分で修理して頂きますね」

「え?」


 ティーカップを置き、双子地蔵がいた辺りを見る。絨毯が敷いてあるが、確かにちょっとべっこりしている。

「それ……僕がやるの? 一応、当主なんだけど」

「やり方がわからなければ、私が教えて差し上げます。遥様は軍手だけご用意頂ければ大丈夫です」

「いや、でもさ」


 ごねようとしたら執事の美しい顔が目の前にきた。爽やかなのに背筋が凍るような笑みだった。


「グダグダ言わずに──やりなさい?」


「…………はい」

 当主なのに拒否権がなかった。

 あれ、当主ってなんだっけ? と哲学的な疑問を抱きつつ、程なくして遥は学校に向かった。

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