第10話 花の舞う日に再会を③


 はるかは執事へ語りかける。

「ねえ、みや

 その足は、初めて自分から執事の方へ歩み寄った。


「あやかしの問題の解決ってこういう感じかな?」

 遥の背後ではこぎつねたちが楽しそうに花園を駆けていた。

 雅火は目を細め、わずかな苦笑を返す。

「実際はこれほど容易ではありませんが……工程としては相違ありません」

 そっかと頷き、執事と向き合った。


「手伝ってくれてありがとう。さっきの風と花びら……あれのおかげで言いたいことをちゃんとあの子たちに伝えられたよ。子供の頃、僕と祖母の前で風を起こしたのもお前だったんだね、雅火」

「……こうしてあなたに名を呼んで頂ける日を、私はお待ちしておりました」

 こぼれたのは、どこか感慨の込められたつぶやき。


 だがそれも一瞬のことで、執事はすぐにいつもの余裕の表情に戻った。

きよくせつありましたが、これで私のことも信じて頂けたということで宜しいですか?」

「どうかな。コンソメとかテリーヌとかさんざん脅かされたし」

「おや」

「まあ、でも……」


 自分なりに覚悟を決め、背筋を伸ばした。

「当主の話、受けるよ。祖母がやっていた役目、僕にやらせてほしい」

 ほう、と雅火はいじわるな顔をする。


「どういう風の吹き回しでしょう?」

「祖母は……おばあちゃんはずっと僕を守ってくれてたんだろ? だったら……」

 髪を揺らし、振り返る。

 花園ではこぎつねたちが今も楽しそうに遊んでいる。

「今度は僕の番かなって」

 あの子たちを守りたい。

 当主という立場になれば、それが出来るのだろう。だったら。 

「どこまでできるかわからないけど、やってみるよ」


「なるほど、良い心掛けです。ならばお手を」

 雅火はこちらの手を取ると、くみひもを受け取って、さっと巻き直した。切れていたところも一瞬で繋ぎ直されている。少し驚いた。


「雅火、これ直せるの?」

「妖狐の力で結い直しました。みすず様ほど完璧ではありませんが、私の匂いをつけておいたので、低級なあやかし程度が寄ってくることはなくなるはずです」


 銀髪が揺れ、切れ長の瞳が細められる。

 背にするのは、立派な洋館。凛々しい執事は敬意を表すように胸へ手を置き、告げる。


「新たなご当主、高町遥様。ようこそ黄昏たそがれ館へ。この雅火、全身全霊でお仕えすることを誓います」


 からかっている様子はなかった。

 もう肩の力を抜いてもいいだろう。口調も和らげ、こちらも頭を下げ返す。

「うん、よろしく、雅火。まだ右も左もわからないけど、当主として精一杯頑張ります」


 お互いに自然と笑みがこぼれた。

 二人の間に和やかな空気が流れた──ような気がした、矢先。


「ではお言葉通り、頑張っていただきましょう。早速、お仕事です。すでに調停を依頼するあやかしたちが列を成して待っておりますので」

「えっ」


 白い手袋がパチンッと指を鳴らす。すると庭園の先で、屋敷の門が開かれていく。

 そこには陳情書のようなものを抱えたあやかしたちが長蛇の列を成していた。

 雅火が優雅に手振りで示す。


「やり方は逐次お教えしますので、まずは彼らの訴えを端から処理して下さい」

「い、いきなり? あれ全部? 嘘だろ!?」

「大丈夫です。幸い明日から週末ですので遥様の学校はお休みです。二日ほど徹夜する覚悟で働けば、週明けには問題なく登校できるでしょう。ご心配なさらなくとも、黄昏館の執事の名に懸けて、遥様の学業に支障はきたしません」


 なんとなくずっと思っていたが今、確信した。

 この妖狐は他人をいじめる趣味がある。

「……鬼か、お前は」

「いいえ? 狐です」

 返ってきたのは有無を言わせぬ、爽やかな笑顔。


 早くも後悔しつつ、こうして――遥の当主としての日々が始まった。

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