選択 上

 手渡されたいくつかの資料と共に紡がれる長い説明を聞き終えると、彼女は渡された飲み物を一口飲み込み口を開いた。

 「つまりは私に実験体になってくれ、そういう事ですか?」

 状況を整理する様に告げた一言に対し、スーツ姿の相手が短く頷くのを確認すると、カラ・サバスは小さく鼻を鳴らす。

 「ええ、端的に述べるとそうなります。

 ですが、正確には少しだけ違いますね」

 「違う?」

 「実験体になって欲しいのではありません。

 我々APSは、あなたに特別な存在へとなって欲しいのです」

 最近何かと話に上がる団体『APS』の関係者を名乗るその男は、一切の迷いも無く冗談めいたその一言を言い切る。

 「私にサイキックになって欲しい、そんな非現実的な事自信満々に言ってて恥ずかしく無いの?」

 少しだけ冷めた口調で紡がれた彼女の声に、男は口端を吊り上げて答えると、静かに同意書を差し出す。

 「それだけの確信がある証拠ですよ」

 続いて差し出された万年筆。

 「これだけ言われちゃ断る理由も無いか……わかった、あなたたちの遊びにつきあってあげる」

 男がどれだけの仕事をこなし、どれだけの収入を得ているのかを体現してるとも取れる、いかにも高価なそれを手に取ると、カラは軽い気持ちで同意の意思をそこに書き記す。





 『アドバンシス』の試験投与は、山をくりぬく様に作られた巨大なその施設の中で行われた。

 辺りを見渡す限り広がる白い世界。

 塗装する予算が無かったのか、それとも何かしらの異常を直ぐに見抜ける様にか、一見すれば白い紙に建物の輪郭だけを書き記した様なその施設内は、清潔で明るくはあるが同時に何処か不気味だ。

 「ここ良いか?」

 数時間後に迫ったその時を考えるカラの元へ、一人の男が声をかける。

 「えっと……」

 「俺の名前はカルヴェラ・アロク、カルヴェラと呼んでくれ」

 一応資料で顔だけは見ていたが、完全に名前を忘れていたカラの代わりに、男は自分の名前を告げた。

 「あんたの名前はカラだろ?」

 「え……ええ」

 カルヴェラと名乗る男は支給された真っ白の服の裾を揺らし、何気ない仕草で握手を求める。

 実際には初めて会うその相手に、カラは少しだけ警戒心を浮かべはするが、ここに同じ服装で居ると言うことは自分と同じ境遇の人間であり、そんな相手を警戒する事は失礼に当たると判断し、遅れて手を伸ばすと、彼の手を掴む。

 「よろしくな」

 「ええ、こちらこそ」

 何処かガラの悪い雰囲気はあるが、少なくとも自身に対して友好的な態度を見せる彼は、カラが腰掛けていた長いすの一端に座ると、持っていた資料をぱらぱらとめくり口を開く。

 「『カラ・サバス』28歳、身長164㎝、体重は……っとこれは失礼だな。

 試験に参加が決まったのは今から七ヶ月前か……ずいぶんと早い段階から見つかってた候補者の一人だな」

 いたずらに笑って見せる相手に驚いたカラは、そっとその資料をのぞき込み口を開く。

 「どうしてそんな事まで?」

 「ん? ああ、俺一応被験者の一人ではあるが、それ以前にAPSの人間でもあるからな」

 その説明をしたいが為の前振りだったのだろう。

 彼は持っていた資料をぱたぱたと揺らすと、『関係者以外閲覧禁止』と書かれた封筒に仕舞い自慢げに鼻を鳴らす。

 「道理で……」

 「そういう事、ところで一つ聞きたいんだがあんたさ、今不安か?」

 突然の問いかけに、カラは目を丸くして動きを止める。

 「いや、何でも無い忘れてくれ」

 会話の流れに水を差した事に気がついたのか、カルヴェラは慌てて手を振って誤魔化すと、施設内の椅子に腰掛け、母親と思われる女性と共に絵本を読む子供を指し示す。

 「あれが今回の試験の最年少記録保持者のクーナと、その付き添い。

 そしてその奥でふて腐れている陰気な奴が、イント・レイトナードで、初めて見つかった候補者だ」

 彼自身話題が尽き、何かと話の種が欲しかったのだろう。

 本屋でおすすめの作品を紹介する口調で、部屋にいる面子を指さして回り、その詳細を述べていく。

 「後は――」

 「何? 何々? 楽しい話?」

 それのネタも尽きたのか、少し尻すぼみになった彼の頭上から明るい声が降り注ぎ二人の注目を集めた。

 「あんたの名前は……」

 その女は、二人が腰掛けた長いすを跨ぐ様に立ち、長い髪を揺らして声を口を開く。

 「私の名前はガーフィン・クドラフト、二人の名前は何かにゃ?」

 明るく振る舞うためにキャラを作ってるのか、それともそういう癖なのか。

 彼女は何処か癖のある口調で疑問を投げ、少しだけ間を開けてから二人とも返事をする。

 「なる程ねぇ……そういえば、二人はミグって人と会ったかにゃ?」

 「……何だよその『にゃ』ってのは……まぁいい、そいつがどうかしたのか?」

 カルヴェラの質問に対し、ガーフィンは口端をにんまりと持ち上げて笑うと、口を開いた。

 「そのミグってさ、凄く面白い人で――」

 「あの! すみません!」

 彼女がその詳細を言うよりも早く、今度は別の声が割り込む。

 「何かにゃ?」

 彼女が言葉を切って振り返った先、そこには何処か気の強そうな女が立ち、感嘆の眼差しをガーフィンへと注いでいる。

 「ガーフィンさん……ですよね?」

 「……ん? そだよ」

 刹那、その女はぱっと目を見開き、早口で己の名前がカフゥであると告げた後、さっと握手を求めて声を上げる。

 「ん? あいつ有名人か何かか?」

 「知らないんですか? 彼女『スケアクロウ』のメンバーですよ?」

 「スケアクロウ? ああ……なんか最近流行ってるバンドか」

 元々バラエティ番組などをあまり見ない彼にとって、記憶の片隅に残っていた情報は曖昧な物だったが、それが事実であると告げる様、不意に響いたその声を聞きつけて蟻が地面に落ちたあめ玉に群がる様、どこからともなく人が集まり彼女を取り囲む。

 彼女のポジションが、ヴォーカルで無くあまり目立たないベースだった事、そしてこんな場所に彼女が居るなど誰も想像すらしていなかった事。

 その二点が幸いし、彼女はカメレオンの様にこの空間で器用に姿を隠せていたみたいだが、先ほどのカフゥの一言が引き金となり、大勢の人間に彼女の正体が知られたといった所だ。

 「すげぇ人気だなおい……」

 半ばもみくちゃになりながら呻いた彼の一言に、カラは小さな声で返事をするが、わき起こる歓声に飲み込まれていく。

 「とりあえずあれだ、試験が無事終わったらゆっくり話でもするか」

 いい加減この人混みはかなわないとばかりに悲鳴を上げたカルヴェラは、乱れた服の裾など気にも留めず足早にその場所から消えていく。

 「あのっ……!」

 その後ろ姿に向け放った声もまた、そこに集まった大勢の人の声に飲み込まれ、次の瞬間には消えていた。

 カルヴェラが最初に何気なく言った一言、それに対して彼女はもう少し詳しく話をしたかった。

 何故なら、彼女自身も今回の試験に対し、強い不安を覚えていたからだ。

 「今回の試験、本当に安全なのですか?」

 行く当てを失い、独り言の様に紡がれた一抹の不安。

 それが現実になると知っていたら、彼女は一目散にこの場所から逃げ出していたかもしれない。

 無論、カルヴェラ自身もこれから数時間の後に起きる悲劇の詳細など、知るよしも無かった訳だが。






 最初の異変が起きたのは、試薬の投与が始まった直後の事だった。

 突然隣の部屋から低い重低音が響き、一瞬遅れて建物全体が揺れ室内の照明がちらつく。

 一瞬、それは地震か何かかと思ったカラだが、空調を逆流して流れ込んできた異質な臭いに顔をしかめ、その予想は間違いだと悟る。

 「何……この臭い……」

 「どうなんでしょう……空調が故障したのでしょうか?」

 生理的に受け付けられない臭いだった。

 それが空調を伝って逆流したと言うことは、どこかの部屋の気圧が瞬間的にふくれあがった証拠であり、その圧力変化が何によってもたらされたのかを直ぐに悟る。

 「さっきの音って……」

 自分の部屋からどれほど近いのかは不明だが、研究員の一人が堅牢性に関しては核シェルター並みだと豪語していた程だ、ちょっとしたガスボンベが破裂した程度では音はおろか揺れすら感じない筈である。

 つまりそれは……

 「今の音……大丈夫なの?」

 右手を点滴で繋がれ、手足を固定具で繋がれたまま顔だけを動かし、カラは自身と同じ様に不安気な表情を浮かべる研究員と顔を見合わせる。

 「さ……さあ、とりあえず試薬の投与を続けますね」

 初めからそういう指示があったのか、先ほど響いた異音に顔をしかめつつも、手元にあった端末を操作すると試薬をカラの体へと送っていく。

 試薬の投与は少しずつ時間をかけて行われるらしく、担当の研究員もその場を直ぐに離れる事が出来ない様だ。

 「ねぇ……この臭い変じゃない?」

 鼻を突くその臭い、それは薬品や機械的な臭いとは全く違う物だった。

 強いて言うなら、それは夏場に放置された生ゴミや腐乱した動物の死骸とよく似ており、一種にして彼女は自分の体毛が全て逆立つ感覚を覚える。

 「ねぇ……何があったの!?」

 「他の班が現場に向かって原因究明を急いでいる筈です。

 ですから今は落ち着いて、なるべく動かないでください」

 無理矢理顔を上げようとした彼女の頭を軽く押さえると、研究員は吐き気を覚える様な臭いに顔をしかめつつも、そう告げる。

 不安だけが鋭くのしかかる室内で、専用の機械が小さく鳴き、シリンジの中身が無くなった事を告げる。

 その時、第二の変化が起きた。

 「とりあえず針を抜きますね」

 今にも暴れ出しそうなカラをなだめる為、なるべく落ち着いた口調で告げた研究員は、手慣れた様子で針を引き抜き脱脂綿を手に取ると、赤い血が滲み始めたその場所に押しつける。

 病院では何度も見たことがある光景、その中に、一つだけあり得ない物があった。

 「……?」

 カラが居る部屋には、今使った機材の他にも、経過観察の為のカメラや、用途不明な機材が整然と並んでおり、事態が全て順調に進んでいる事を告げていた。

 だが、そんな中、一つ明らかに不自然な物が彼女の目に留まる。

 止血に使った脱脂綿から、小型の保護パッドへと手を伸ばす男の直ぐ耳元で、何かがきらりと光る。

 「どうかしまし……?」

 カラの様子に気がついたのだろう、彼は彼女が見ていた方向を見つめ、愕然とする。

 目をこらして見ると、空中で輝くそれが爪の先程の大きさに砕けた幾つかののガラス片だと直ぐに判った。

 「なん……だ? これ――」

 視線を動かし、その先で倒れるカメラを見て、そのガラス片の正体が元々はカメラの一部だった事を知った彼は、次の瞬間猛烈な勢いで飛びかかってきたガラス片を胸で受け、部屋の壁にぶち当たる。

 「な……何が!! た……だずけ……」

 成人男性を吹き飛ばしても収まる事のないガラス片は、部屋の壁を作用点にし、万力の様に締め上げてゆく。

 「だす……がはっ!」

 その力は想像を絶する物なのだろう、声にならない悲痛な悲鳴と共に、彼は大量の血をマスクの奥に滲ませてもがき苦しむ。

 熱した棒を近づけた発泡スチロールの様、彼の胸には不自然に凹んだ箇所が幾つも生まれており、その先で輝くガラス片を取り除こうと彼は必死に引っかき回す。

 服は破け、爪が剥げる程引っ掻いてもガラス片は取り除かれる事が無く、耳を塞ぎたくなる程の異音と共に、更に深くその身を沈ませてゆく。

 「が……う……ああ……」

 圧迫により致命傷を負ったのか、男が悲鳴を上げる事すら無くなった刹那、ぼこんと人体から響く筈の無い音が部屋にこだまし、ガラス片は彼の体とその先にあった壁を貫通してどこかへと姿を消す。

 「……あ……ああ……」

 理解など出来るはずが無い。

 目の前で突然ガラス片が宙を舞い、男の体を缶切りの様に貫いた。

 吸気口から流れる異臭、そして部屋の中からも生まれる濃密な血の臭いに彼女はえずき、固定された体の代わりに首だけを逸らし吐瀉物をまき散らす。

 刹那次の悲劇が生まれた。

 「大丈夫か!?」

 カメラ越しに大雑把な状況をつかめてたと思われる男が、部屋の扉を開いて姿を現すと、彼女の拘束を解くべく駆け寄る。

 「一体何が……」

 真面に動かなくなった頭を必死に動かしてそう告げる彼女に、男は首を横に振ってみせる。

 そして、次の瞬間彼の首が、腕が、そして足が、ありとあらゆる関節が、文字通り外れた。

 「は……ぇぁ……」

 強い力が加わった訳では無い、ただ静かに、何の抵抗もなく当たり前の様に体の要所要所が外れ、支えを失った体は重力に素直に従うだけだ。

 出血すら無い、だがぱっくりと切られた断面からは皮膚、筋肉、そして骨に血管が鏡面の様に一瞬輝き、そのまま彼女の視界から外れ、湿り気のある音と共に地面へと倒ればらばらの方向へと転がる。

 あまりにも一瞬の事で何が起きたかなど判るよしも無い。

 男の体に起きた現象は、部屋の至る所で発生しているらしく、備え付けの機材が次々にと崩れていく、精巧に出来た積み木の様に突如崩れるかの如く、初めから切れ込みが入っていたと言わんばかりに崩れていく世界は、恐怖以外の何物でも無かった。

 「嫌……嫌……止めて……」

 真面な悲鳴すら紡げない恐怖、ただ怖いと告げる簡単な行為すら出来ない畏怖に、彼女はベッドに固定されたまま半狂乱のまま暴れる。

 この場所から逃げたかった、自分を繋ぐ拘束具を引きちぎり、目の前にある扉から一目散に走り去りたかった。

 兎に角、この部屋から逃げたい、死の臭いで満たされたこの空間から逃げたい。

 そう説に思った刹那、ゴム風船が萎む様な気の抜けた音がどこからともなく響く。

 音に合わせ、彼女の体から拘束具の圧力が消え、瞬きするほど一瞬の間に、部屋の奥に人一人通れる程の大きさの丸い穴が穿たれていた。

 「……?」

 何故拘束が解けたのか、そして解かれた拘束具は何処に消えたのか?

 そもそも、先の説明通り、道具を使っても破壊が困難な筈の壁に、何故今は巨大な穴がぽっかりと空いているのか。

 冷静な状態ならこれらの疑問点に首を傾げて立ち尽くしたかも知れない。

 だが、現在の彼女に、状況を疑問視し整理出来るだけの判断能力は無かった。

 砂漠で遭難した人間が、コップ一杯の濁った水にすがりつき、汚いなどといった事を考えるまもなく中身を空にする様に。

 延々と暴力を振るわれた人間が、一抹の哀れみに無限の愛を感じ、必死にしがみつく様に。

 カラはベッドから転げ落ちる様に抜け出し、裸足のままその穴へと飛び込む。

 この部屋から逃げれば大丈夫、異常が起きているのは先ほど自分が居た空間だけの筈だ。

 ならば、今この瞬間から自分は恐怖から解放された、そう信じ無理矢理にも理性を保とうとした刹那、彼女の期待は泡の様に消える。

 彼女が逃げ込んだのは、隣の処置室だった。

 先ほどと全く同じ配置の機材の中、カラと同じ様にベッドに縛り付けられていると思ったその人物は、一人部屋の隅で血走った目を光らせていた。

 「近づくな!!」

 獣の様に男、カルヴェラは吠えた。

 喉がはち切れんばかりの罵声、それは彼を押さえようとして居た複数の研究員の耳に届く。

 明らかに正気ではない彼の形相に、彼らは皆顔を合わせ、一斉に押さえ込もうとするのだが、次の瞬間彼らは何故か安心した様な表情を作ると、同意の言葉を述べて部屋を後にする。

 部屋の奥に突如空いた大穴、そして先ほどから響く異臭に異音、更には鳴り響く警報すら気にならないのか、もしくは何かしらの理由があり、そんな事考える事すら出来なくなたのか、いずれにせよあまりにも不自然な対応を見せた一同の中、最後尾にいた一人が突然立ち止まり、耳に手を当てた後床へと倒れる。

 「何が……?」

 床へ倒れた男の耳朶から赤黒い血が噴水の様に吹き出し、遅れて始まった痙攣に合わせて血がまき散らされ、それすら直ぐに収まる。

 「あ……ああ……俺の……俺のせいだ……俺がもっと早く止めて……」

 何が起きたのかおおよその見当が付いているのか、カルヴェラは先ほど会ったときとは別人の様な表情でそう呟くと、ガタガタと作り物の様に震える手でカートの中を漁り、目的の物を見つけ出す。

 「俺が……俺は……」

 彼が手にしたそれは、記録用のボールペンだった。

 彼は震える手でそれを握りしめると、両腕の力をつかって振りかぶる。

 「だめぇ!!」

 未だに機能不全を起こしている頭を必死に動かし、彼女は彼が何をしようとしているのかを悟り悲鳴を上げる。

 幾ら刃物では無いと言えど、力任せに繰り出されるそれは凶器他ならないのは当たり前の事、そしてそんな凶器を、己の首に刺せばどうなるかなど考えるまでも無い。

 だが……

 「……?!」

 カルヴェラは目を丸くし、握りしめていた手の中を確認するが、彼がしっかりと握っていた筈のペンは、何処にも無い。

 「どこだ……? なぁ何処に!」

 四つん這いのまま再度ボールペンを探すカルヴェラ、そんな彼を見て、彼女は何一つとして話しかける事が出来ず。

 壁に空いた大穴、そして唐突に不審な行動を取った研究員、消えたボールペン。

 これらが、二人が手に入れた力だと判るのは、これから暫くの後の事だった。






 力を使う事に時間も労力も必要無い。

 ただその瞬間望む、それだけでどんなことですら可能に出来る。

 必要な物は虚空から現れ、不要な物はどこかへ消し去り。

 距離が邪魔なら空間を飛び、見たことの無い遠い世界の景色すら鮮明に意識に刻むことだって可能だ。

 時間とて例外では無い。

 一瞬を無限に引き延ばす事など、彼女にとっては造作も無い事。

 そして、引き延ばされた時間の中で、瀕死の重傷を負った相手の傷を完全に治療し、怪我があったと言う事実すら無かった事にするなど、彼女にとってはあまりにも容易な事だった。

 「すまない……」

 カルヴェラは地面に倒れたまま、血痕すら跡形も無くなった自分の胸を撫で、苦い表情でそう告げる。

 だが、そんなカルヴェラの思いとは裏腹に、その人物は精一杯の笑みを作って答える。

 「いいえ……そうじゃない」

 そっと手を伸ばすと、カルヴェラの手を掴み立ち上がらせる。

 「謝るのは私の方、今まで一人で抱えさせて……今まで孤独な思いをさせてごめんなさい。

 だから……今度は私があなたを救う番」

 そして、その女、カラ・サバスは、己が作り出した世界を見回し、そう告げた。

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