真実 下
×月××日
全て自分が原因だ、少し――違和――感じていた自分が、いち早く計画の中止を唱えるべきだった。
俺が彼らを殺――んだ――たくは無い――【以下判別不能】――
×月××日
今日、十四人目の死者が出た。
人が破裂する瞬間など、見たくは無かった。
×月××日
また死人が出た、これで半数だ、焼け死んだ者、体が裏返しになった者、水分が抜け粉末になった者、水の様に全身が溶けた者。
例のガキもだ。
今まで副作用が出ていないために油断していた。然苦しみだし、その場で窒息をしたのだ。
解剖の結果、死因は溺死だと判った。
何処に水があったのか、まるで別の空間から持って来たかの様に、解剖の最中遺体から数十リットルの海水が噴き出したと言う。
×月××日
イント・レイトナード
カラ・サバス
ミーナ・テリーズ
そして自分、生き残りはもうこの四人しかいない、研究に参加した残りは皆死んだ。
×月××日
生き残りであるイントの精神状態の悪化が心配である。
時折彼は監視の目をかいくぐり、様々な方法で自殺を試みている。
×月××日
自分自身この力を上手く扱える訳では無い。
だが、彼の身を守る為に洗脳を行ってみた、結果は良好である。
自殺をする様子は無く、今は拘束着を纏った状態で大人しくしている。
×月××日
油断したのが間違いだった、イントはあの後命を落とした。
死因は感電死だったらしい、そのときの影響で施設の電気設備の半分が破損し、研究員十七名が巻き込まれた。
本人の遺体は見つかっていない、おそらくそれが彼の手に入れた力だったのだろう。
だが、遺体が発見されないことは良い事かもしれない、どうせ見つかったところで、体の良いサンプルとして扱われるのだから。
×月××日
ミーナが死んだ。
死因は不明だが、施設の壁に刺さった幾つかの皮膚が原因だろう。
×月××日
――【血痕により判読不明】――
×月××日
あれから色々と考えた。
先ず最初にこの実験行った理由についてだが、これは実験では無く、俺とカラのような成功例を生み出す為の本番だったのだろう。
初めから成功する見込みは低く、失敗した場合彼らの様に死ぬのが判っていたのだ、だから実験は一度に行われた。
失敗によって中止の声が上がるよりも早く、一つでも成功例を出す為だ。
奴等は人殺しだ、何が人類の未来の為だ。
×月××日
カラの容態が心配だ。
彼女の力は俺のそれより強い、だがその反面精神面は俺よりも弱い。
唯一同じ境遇の人間だ、彼女を失いたくは無い。
同じ境遇の人間? そもそも俺たちは人間なのだろうか?
×月××日
ここから逃げ出す手立ては見つけた。
だが、ここから逃げたところで俺たちに行く当てはあるのだろうか?
この世界では、俺たちのような化け物は必要とされていない、じゃあ何処に逃げれば良いのだろうか?
俺たちを必要としてくれるのはこの施設だけだ、そんなこと考えたくも無い。
何処か別の世界に逃げてしまいたい。
×月××日
たった一つの優れた方法を見つけた
――――――――
「私が望んだ事……?」
その疑問は当たり前の反応だろう、カルヴェラの言葉の意味など理解出来る訳が無いのだから。
自分をこの世界に閉じ込め真実を隠す行為は自身が望んだ事、そんな事実を突然言われても素直に納得出来る訳が無い。
「そうだ、お前が望んだ事なんだ」
息を切らしながらも、カルヴェラはそう言い切ると、ライフルを構え直しわざと音を立てる。
『余計な事を言えば躊躇無く引き金を引く』そう言いたいのだろう、マキナは一瞬食い下がろうとするが下唇を噛み俯く。
「色々と順を追って説明してやりたい所だがここでは簡単じゃ無いだろうな、そうだろマキナ?」
はやし立てる様なカルヴェラの言葉を、今まで静かにしていたクーナが繋ぐ。
「真実を話すことはカルヴェラにとって都合の悪い事なのは事実だよね、でもそれ以上にあんたらAPSの人間にとっては厄介なのは判ってるんだよ」
強い言葉を使う小さな後ろ姿、そしてその声はステイシスが知るクーナの物だった。
マキナはそんな彼らを幻覚の類いだと言った、だがそれにしてはあまりにも生々しい言葉を使う彼を実在しない存在だと認めるのは気が引けた。
いいや、ステイシスの目には、それが作り物には見えなかったのだ。
「クーナ……」
「怖がらなくて大丈夫だよ、ステイシスは絶対に守るから」
ちらりと振り返り舌を出して笑うと、クーナは一歩だけ後ずさりステイシスの膝に背中を当てる。
やはり不自然である。
マキナが言ったとおりステイシスは記憶を消され能力を使うためだけの道具となっていたのなら今持っている様な自我を残す必要は無く。
同じ理由で、箱庭の仲間の人格と仕草をここまで綿密に再現する必要は無い。
そもそも、大勢の人間の考える事を正確に、ましてやリアルタイムで再現する事が、たとえ強力な力を持っていたとしても、一人では不可能な気がした。
何より……
「今までステイシスに俺たちが嘘を吐いていた事は謝る」
「みんなでステイシスを騙してた事は言い訳できないけどさ、私達の事は信じてほしいの」
そんなイントとガーフィンの声。
彼らの言葉からも、マキナの説明とは大きく異なる認識が窺えた。
「騙したとは……?」
「止めろ!!」
答えを急ぐステイシスの問いを押し流す様に、マキナの怒鳴り声が響く。
「うるさいにゃぁ」
半ば崩壊した純白の部屋の中、ガーフィンの呆れた様な声が響き刹那世界が弾ける。
急な気圧変化に鼓膜が少しだけ痛み、目の前を火花の様な小さな光が弾ける感覚、それをステイシスは知っていた。
「とりあえずさ、時間稼ぎに過ぎないかも知れないけど、静かに話せる所に連れてきたよ」
ガーフィンの使う、空間転移である。
突然の事に驚き瞑っていた目を開けると、ステイシスは自分の周りに広がる景色に絶句する。
「ここって……」
一瞬、自分は砂浜にいるのだと錯覚した。
だがそれは一瞬の事で、刹那に襲いかかる乾いた熱風と、水平線の見えない一面の砂地にステイシスは気がつく。
「砂漠……?」
「そっ! 此処ならクーナの力も役に立つからね」
ステイシスが立っていたのは、見渡す限りに広がる一面に砂地が広がる世界、砂漠だった。
直上から照らされる灼熱の太陽の下先程とは違い、マキナだけが欠けた面子が揃っていた。
マキナから逃げる為に、マキナ以外の人間を飛ばしたのだろう。
「私の力も同じくね」
そう答えたのはカフゥだ。
彼女の力は音響操作、あくまでも物音の指向性や出力を操るだけの力だが、物音を立てる動物の存在しないこの空間なら、十二分にセンサーとして役に立つ。
「エニグマに僕の力が通じなくてもさ、エニグマはこの世界の物理法則には絶対に従わなくちゃ成らない。
だったら簡単だよね、砂地の上を歩かせれば砂の動きで僕はエニグマの位置が判る」
そう言い、懐から煙草を取り出して加えるクーナ。
「そんな事よりも先に答えて! 私がこの世界に居ることを望んだってどういう事なの……?」
止めどなく続きそうな会話を止めると、ステイシスは問いかける。
一同は何かと話したい事があるみたいだが、それ以上に先ず確認したいことがあった。
それは自身がこの世界を望み、自ら記憶を失ったと言う事実。
「答えて下さい……私がこの世界を望んだってどういう事?
自分の記憶を捨てる事を望んだ? こんな作り物の世界で生きる事を望んだって? 私が世界を壊してまで、嘘を吐かされままごとをしていたってどういうこと? 答えてよ!!」
鋭いその矛先はカルヴェラに向けられ、彼は少しだけ声を詰まらせる様な仕草を見せ、代わりにイントが口を開く。
「こんな作り物の世界ってのは言い過ぎだと――」
「あなたたちは黙ってて!」
「いいや黙らねえよ」
鋭く切り捨てる言葉にくってかかると、イントは一歩寄る。
何かを知っている、絶対的な自信があるからこそのその仕草だが、それがステイシスの逆鱗を激しく逆撫でた。
「作り物のくせに! あなたたちはどうせ見かけだけの偽物でしょ? 私を騙すために用意され、何も知らない私を舞台の上で踊らせるためだけの道具でしょ! 自分の意識も持っていない! 私を騙すためだけに用意された存在が偉そうな事を言わないで!」
鋭く切りつける彼女の言葉、それは磨かれたナイフの様に鋭く突き刺さっていた。
だが、その言葉の余韻が風に乗って消えるのに合わせ、カフゥが口を開く。
「……私達は偽物だけど、見かけだけでも無ければ道具でもないです……」
彼女が体に力が入ってるのか、ぐっと握った拳を僅かに振るわせながらもそう言うと、助けを求める様にカルヴェラの方を向く。
「言葉通りの意味だ。
こいつらはみなあちらの世界に居た被験者とは違う、あんたの力と俺の力を合わせて作った模造品だ。
だが、模造品とはいえ実体が無い訳でも、自我を持っていない訳でも無い。
こいつら自身、自分達の正体を知らずにこの世界で生きていた、それは事実だ」
彼が言っている事、それはつまり……
「この世界が違和感なく回る様に、あんたを騙す為にこいつらを俺は騙した。
あんたに嘘を吐くために、俺はこいつらに嘘を吐き、それが真実だと思い込ませた。
『自分たちは人間である』と」
二転三転を繰り返す事実に吐き気を覚えつつも、ステイシスはぐっと握りしめていた手を振って言った。
「信じられる訳無いでしょ……そんな事」
「だが事実だ」
「だったら証明してみせてよ! 私の記憶を返してよ! そうすれば全て事が判るんでしょ!? ねぇ!」
取り乱していた彼女自身、それは突発的な動きだった。
彼女は冷たく言い放ったカルヴェラの襟首を掴むと、答えを求めた。
「すまない……」
だが、帰ってきたのはそんな四文字だ。
「何故?」
「それが約束だからだ、何があっても記憶を返さない事が」
彼自身も迷って居るのだろう、『約束を守る為に真実を隠す』か『真実を伝える為に約束を破るか』を。
元々その約束をしたのはステイシスではあるが、それは今のステイシスではなく過去の彼女だ。
真実を知らない今の彼女に事実を伝えることはつまり、本来の彼女の約束を破り、彼女を傷つけるという意味でもある。
「いいや……もしそんな約束をしてなかったとしても、俺自身が記憶を返したくは無いってのが正解だな……」
何故彼がステイシスの記憶を頑なに隠そうするのかは不明だ、だが不意に見せた不安気な表情に、言及を躊躇ってしまう。
「記憶を返す事自体は簡単だ。
俺が記憶を返せば、あんたは力を再び取り戻す。
それに、俺への疑いだって晴れる筈だ……だが、俺はあんたを傷つけたくは無い」
襟首を握ったままのステイシスの手に触れると、力なくそう告げるカルヴェラ。
彼は握ったままの手を震わせ、ステイシスを避ける様に視線を落とすと、その手を襟首から手を引きはがし、自身の額へと押し当てる。
彼女の体温を確かめる様な、そこにステイシスが実在する事を再確認する様なその仕草に驚いたステイシスは、その手を離そうとするのだが、そっと伸ばされたガーフィンの腕に阻止される。
「ガーフィン……?」
彼女は何も答えない。
ただ静かに首を横に振るのは、カルヴェラの思いを知っての事だろう。
「俺の事言ってる事を信じなくて構わない。
どれだけ俺を憎んでも構わない……だけど信じてくれ、俺はあんたを傷つけたくは無いんだ、あんたを救うためなら真実をいくらでも隠してやる。
いくらでもあんたを騙してやる、どんな手段だっていとわない。
だが……信じてくれ……俺はあんたを傷つける事だけは出来ないんだ……だから俺は記憶を返す事が出来ない……」
徐々に嗚咽混じりになっていく彼の言葉に、ステイシスは言葉を無くす。
「記憶を返せば……事実を知ってしまう……あの日の事を、あんたは知ってしまう……。 真実を伝え……後悔しないと……誓う事は……俺には無理だ……」
乾ききった世界の中、ステイシスの手の甲に水で濡れた感触が伝わる。
元々ぶっきぼうなしゃべり方をするカルヴェラだが、こういった感情を露わにする事は一度も無かった。
そんな彼がここまで取り乱す出来事、それを彼は経験しているのだ。
経験しているが故に、彼はステイシスにその事実を知らせたくない、知ってしまえば彼女が壊れてしまう可能性がある、つまりはそういうことだろう。
「俺は……」
「カルヴェラ、僕が話すよ」
懺悔を繰り返す彼の言葉を繋ぐ様に、クーナは煙草を咥えて火を付けると、一口大きく吸い込んでから口を開いた。
「ステイシスも聞いたでしょ? 僕達は実験で死んだ人間の代わりだって。
そして僕達とは違い、君達二人は最後まで無事に生き延びた訳だけど、それってつまり、全ての流れを身をもって体感したと言う事でもあるんだ。
あの実験では大勢の人間が想像もつかない程残酷な方法で死んだ、その時の思い出を他人の口から聞くのでは無く、実際に思い出すのはあまりにも酷な話だ。
何より、わざわざその記憶を捨てる事で正気を保ててる様になった人間を、再びトラウマに投げ込む事なんてしたくないんだよ」
クーナの外見は子供だが、中身はそれとは全く違う。
いつも何処か達観した目線で箱庭の人間を説得し、あっという間にまとめ上げてしまう彼は、いつも通りの口調でさらさらと状況整理をしていく。
彼は再度煙草を咥えると、煙が目に入らない様にドングリ眼をすっと細め、煙を吸い込む。
煙草の先が赤く光、砂漠を抜ける風に乗った煙がステイシスの鼻を擽る。
いつもクーナが好んで吸い込んでいたその煙の臭いは好きでは無く、クーナの側に良く居た彼女としては、前々から喫煙の習慣を止めて欲しいと思っていた。
だが、こうして一刻も早く逃げ出したくなる空気の中では、寧ろその臭いに安心感を覚えてしまう。
「それでもステイシスは真実が知りたいの?
カルヴェラが一人で抱え込んでいた事実を受け入れ、彼の努力を無駄にしたいと言う気?」
これまでさんざん騙されてきた、二転三転する事実のどれが本物で、どれが嘘なのかななど検討も付かない、だが、クーナの瞳には一切の迷いは含まれていなかった。
「私は……」
クーナが嘘を吐いている可能性だった十二分にある、いいや、カルヴェラの力によりクーナ自身が騙されている可能性だってある。
ならば、この瞬間耳を塞ぎ全てを拒絶するべきだ、そう思うのだが、手足は震えるばかりで思う様に動いてくれない。
「ステイシスも聞いたと思うけど、あの男……えーとマキナだったけ?
彼はAPSの人間でしょ? だとしたらやることは決まってると思うんだけどにゃー」
これまで静かにしていたガーフィンが、ふと口を開く。
ステイシスが零した言葉の先を、彼女なりに先読みした返答だったのだろう。
どちらを信じれば良いかなんてわからない、だが、少なくともマキナが自身らを実験に使ったAPSの人間である事は事実であり、彼らがこの世に存在しなければ、こうした犠牲者は生まれない筈だった。
しかし……
「じゃあ私はカルヴェラを信じろと言うの? 自分がどんな人間だったのかも知らないのに、私をこうした人間を信じればいいと……?」
カルヴェラを素直に信じて良いのかも怪しい。
彼自身認めてはいるが、彼の本当の能力は人の心を操ること。
それを使い、彼は今までステイシスを騙していた、そんな相手を信じれる訳が無い。
「それに……」
一瞬の逡巡の後、言葉を繋げる。
「私が戻らなければ元の世界が危険……それは本当なの?」
マキナはあのときそう伝えた。
ステイシスがこちらの世界にやってくる際、元の世界には大きな傷跡が入り、今もその傷は広がり続けていると。
「……あり得る話ですね」
ぼそりと独り言の様に呟いたのはミグだった。
彼は大柄な体を申し訳なさそうに縮めたまま、自分が余計な発言をした事に気づいてから身を縮こまらせる。
「確かに事実かも知れない、でも、だからといって奴等の実験材料にまた逆戻りする気か?」
余計な発言をしたミグに鋭い視線を投げた後、イントが慌ててフォローを投げる。
彼が世界が崩壊する可能性を否定するのでは無く、APSに対する嫌悪感を宣材に選んだという事は、先ほどのミグの発言が十二分に可能性のある事だと言う証明だろう。
「それは嫌……です、だけど……だからといって大勢の人の命を見捨てる訳には……」
一人で結論を出しかけたステイシスの手を、更に強い力で握りしめると、今度はカルヴェラが口を開いた。
「それが事実だとして、それは奴等が招いた事態だ……だからいいじゃねえか……見捨てればいいだけだろ」
それは本音だったのだろう。
どれだけ彼がAPSを憎んでいるのかなんて検討がつかない、いいや、それ以前に彼らに関する判断材料が圧倒的に足りないステイシスにとって、APS自体がどの様な集団なのかも判らなかった。
だが、それでも一つだけ確実な事がある。
「じゃあ関係の無い人達は!? 見捨てるなんて私には出来ません!」
APSが招いた事態とは言え、それを収束できるのは自分一人しか居ない。
自身がここで動かなくては大勢の人間が死んでしまう、それはつまり、彼女が何もしないと言うことは、殺人と同じ意味なのだ。
「だから返してください……私の記憶を……」
最終通告にも聞こえる彼女の声にうなずき、だらりと手を離すカルヴェラ。
「駄目だ……出来ない……」
そんな彼の口から漏れたのは、否定的な意見だった。
「どうしてもそれだけは出来ない、俺はあんたを傷つけられない」
そして、カルヴェラは懐に手を突っ込むと、何かを取り出し彼女に差し出す。
「どうしても真実を知りたいと言うのなら、俺を殺せ。
そうすれば能力は解かれ、あんたは自由の身だ」
彼が取り出し、ステイシスに手渡したのは一本のナイフだった。
掌に収まるほど短い刀身の簡素なナイフ、それは能力を持った人間を相手にするにはあまりにも貧弱な凶器だが、両手を開き、身動き一つしない彼の命を止めるには十二分だろう。
「止めて……」
小さくそう紡いだステイシスだったが。
その声にカルヴェラは返事をせず、代わりに帰ってきたのは別の声だった。
「どうやら答えは出たみたいだね」
その声は、辺り一面から一斉に響いた。
コンサートホールに響く反響の様に僅かなうねりを持ったその声の主を、一同は知っていた。
「……!」
刹那、地面から一斉に白い棒が一斉に生え、鉄格子の様に一同を取り囲み始めた。
芝が生えるのを早送りで見ている様な光景の中、一同は一斉に身構え声の主を探す。
「話し合いでどうにかなると信じたかったけど、やっぱり君とは上手くやれそうにない」
その声は、白い格子の一部に腰掛けていた。
「マキナ……貴様……」
「その子の能力で私の位置を探ろうとしてたみたいだけど、流石にゴミ屑に紛れていては見抜くことが出来なかった様だね」
そう言いマキナは地面へと降りると、ステイシスへと手を差し伸ばす。
「迎えの時間だ、カラ・サバス、これで彼らの性根が見えただろ?」
大仰な仕草でステイシスを招く彼の能力は、形も大きさも自由に変えられるエニグマを生み出す事。
その為大きなエニグマを生み出して襲いかかると思っており、巨大なエニグマを動かせば何かしらの痕跡が残ると考えていたのが間違いだった。
マキナは予めステイシスの衣服に微小なエニグマを予め仕込み、一同の動向を探っていたのだろう。
そんな事されては、大きなエニグマが残す痕跡を頼りにマキナを探っていたクーナには見つけ出すことは不可能だ。
後は、予め仕込んでいた種を開花させれば、この状況は容易に作り出すことが可能だ。
「ガーフィン」
彼の言葉が事実ならここから逃げたところで、直ぐに同じ結果が待っているのは目に見えていた、だが、それでもごく僅かな時間でも時間稼ぎが出来ればと判断したカルヴェラだったが、いつまで経っても変わらぬ景色に違和感を覚えた彼は、自分の脇を見て絶望する。
「彼女の能力は確かに強大だ、想像が付く限りありとあらゆる事を現実にするのだからね。
でも、そんな強力な力、そうそう簡単には扱える筈が無い。
だからだね? この世界の人間に分け与えることで、彼女の能力を細分化して扱いやすくした。
今回はそれが仇となったみたいだ」
彼の足下で、ガーフィンが気を失って倒れていた。
先ほどマキナが姿を現す際、あえて目立つ登場のしかたをしたのはこの為だろう、一同の注目が仲間から外れている隙に、マキナは彼女を襲っていたのだ。
「ミグ!」
とっさに叫んだはいいが、それも計算の内だったのだろう。
慌てて行動を起こそうとしたミグだったが、次の瞬間には地面を縫って姿を表せた白い拳に顔面を殴られて倒れる。
「これで逃げる事は出来なくなったね、後はどうするかい?
戦ってみるかい? 私はそれでも一向に構わないさ」
そう言い何気なく振り返った先にはナイフを振りかざすイントの姿があった。
「っく!」
相手と目が合ったその瞬間、イントは自信の負けを覚悟していたのだろう。
ナイフを手放し胸元を庇う様に構えられた両腕に、鋭い足による一撃が加えられ、彼の体はゴムボールの様に吹き飛び、背後に居たカフゥを巻き込み真っ白な格子に背中から直撃、骨が折れる不快な音を響かせてから沈黙した。
「止めた方が良い、幾ら子供の外見をしていても、手加減をするつもりは無い」
上段蹴りの姿勢のまま、今度は振り返りもせずに拳銃を構えていたクーナに警告を投げる。
「そういう扱いは慣れてる」
口端を吊り上げ、素早く引き金を引いたクーナだったが、突如として舞い起きる砂煙の中、身をひねったマキナにはかすりもせず、カウンターで繰り出された左足によって宙を舞っていた。
彼が悲鳴すら上げなかったのは、悲鳴を上げる余裕すら無い程強力な一撃だった証拠だろう。
「……うそ……そんな……」
地面へと落下したクーナの周りに、赤黒い水たまりが広がり、直ぐに地面へと吸い込まれていく。
「最終通告だ、彼女の記憶を返してもらおうか?」
「そんな事してあんたらに何のメリットがある、自分たちのやってきた事を知られるのはあんたらにとってもまずい事じゃ無いのか?」
牙を剥く獣の様に紡がれたカルヴェラの一言に、マキナは酷く冷めた視線と共に返事を投げる。
「何度も言ってるだろ? 今回のAPSの狙いはあくまでも世界の救済であり、彼女の能力を手に入れる事は二の次だ。
彼女が私達を幾ら憎んだとしても、世界を救ってくれるのならそれで構わんよ」
どこか老人の様な口調の後、とどめの一言を紡ぐ。
「だから、君の生死はあまり重要では無いんだ。
寧ろ私達としては君には死んでくれた方が好ましい、彼女がこの世界に残る理由が無くなるのだからね」
穏便に済ませる手段も考えてはいたが、それが無理だと判ったらもうステイシスの意志すら関係ないのだ、無理矢理にでもこの世界から連れ出し、世界の崩壊を止める。
それが彼の持つ絶対的な使命だった。
「汚いやり方をするなあんたらは……」
一面に広がるのは、地獄絵図としか呼びようの無い光景だった。
これまで慣れ親しんできた仲間が揃って倒れ、中には血を流している者だっている。
灼熱の太陽に照らされ、流れた血が蒸発しむせかえる程強烈な血の臭いが充満し、吐き気を覚えるほど濃密な殺気がみなぎった空間で、ふと思い出した様にカルヴェラが声を上げる。
「人の意志なんて関係ない……結果が全てか……」
短い呼吸の後、カルヴェラは手を開き手の中に収まっていたワイヤーを展開した。
猛烈な勢いでマキナに飛びかかるワイヤーだったが、それは彼の目前で停止する。
なぜなら……
「基本私は必要だからこんな事をしている。
だけど正直な所、これは私一個人の恨みからの行動だ」
マキナはそう告げると、カルヴェラの胸を貫いた腕を引き抜き、そう告げる。
「……が……はっ」
「カルヴェラ!!」
肺が潰されたのだろう、声と呼ぶにはあまりにも弱々しい音を漏らし、カルヴェラは両膝を着く。
「どうしてこんな酷い事を!」
「言っただろ? 私はどんな手段を使ってでも君を元いた世界に連れ戻すと」
冷たく言うマキナを無視し、カルヴェラの胸に手を当て必死に止血を試みるが、握り拳大の穴からは滝の様に血が溢れ、瞬く間に彼の体から命を奪っていく。
持ったところでものの数秒、寧ろ今生きている事自体が奇跡な致命傷を負ったカルヴェラは、絶望的な表情のままステイシスの頬に手を当てる。
「死なないで! ねぇ! お願いだから……」
今でも彼を信じて良いかは判らない、だがこの時、彼女はカルヴェラの無事を切に願っていた。
だが願いなど所詮は願いに過ぎない、こんな事をしても奇跡は起きる訳が無い。
奇跡など、今の彼女に起こすことは絶対に無理であり、奇跡を起こす力を彼女に戻す位なら、カルヴェラは死んでも構わないと願っている。
ならば、どうしようも無い、そう思われた瞬間だった。
「カルヴェラ!」
必死に彼の名前を呼んだステイシスの脳裏に、一つだけ選択肢がよぎった。
「私の記憶を返して、お願いだから」
そう言うと、彼女は上着のポケットからある物を取り出す。
銀色に鈍く輝くそれは、カルヴェラが先ほど手渡したナイフだった。
刃物を突きつけたところで今まさに命を落とそうとしているカルヴェラは、脅しに乗る筈が無い、同じくマキナに突きつけたところで、彼は鼻歌交じりにステイシスの要望を拒むだろう。
だが、一つだけこのナイフにも出来る事があった。
彼女はナイフを逆手に持つと、自分の喉元へ押し当て口を開いた。
「私に死んで欲しくなければ、記憶を返して」
「止めろ!!」
彼女が力を込め自身の頸動脈を切断したのと、マキナの声が響いたのは次の瞬間だった。
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