真実 中
×月××日
今日、信じられない事が起きた。
正直、これを書いてる自分自身未だに信じられない事だが、どうやら自分はこの試薬に対しうる高い適性を持っているとの事だ。
つまり、自分もこの計画に、エンジニアとしてでは無くもっと深い部分で協力出来ると言う出来ると言う事である。
きっと明日にでも、被験者リストに俺の名前が書き加えられるのだろう。
実験に参加出来る事がうれしくてたまらない。
×月××日
試薬投与の日程が決定した、×月××日である。
正直、急すぎるこの日程に目が回ってはいるが、これも今後世界をよくしていく為だ、文句を言うのは野暮だろう。
少なくとも俺は、特別な人間なのだ。
行き過ぎた科学は魔法と大差無い、いいや違う、魔法だとしても人は扱うことが出来るのだ。
あの試薬の力を使いこなせば、この世界はもっと良くなり魔法は現実の物になる。
×月××日
今日、新たな候補者が見つかった。
問題があるとすれば、彼の年齢がまだ四歳というところである。
上からの指示のため声を大にして否定は出来ないが、正直あの子をこの計画の被験体にすることは非常に気に病むのが事実である。
まぁそれ以前に、俺は子供が嫌いなだけかもしれんが。
×月××日
全ての被験者が出揃った、数は四十八人だ。
思っていた以上の数だ、こんな数に試薬は足りるのだろうか?
それ以前に、計画がまだ進んでいないとは言え、正直今回の計画に四十八人を巻き込むことには何かと気が引ける。
そもそも、実験自体が段階を得てでは無く、一度に全ての候補者に試薬を投与することに疑問を感じている。
確かにこの研究自体に失敗のリスクは少ないが、仮に何か問題があった際、一度にこれだけの試薬の投与を行い、問題を修正できるのか謎だ。
科学は失敗の上に積み上げる物なのだから。
×月××日
やはり何か妙である。
幾ら何でも事がとんとん拍子で進みすぎている。
今日被験者全てと顔を合わせた、彼らは疑問を感じていないのだろうか?
まぁ少なくとも、親を同伴で来たあのガキは何も疑問を感じていない様だが。
×月××日
明日は実験の日だ。
結局自分の杞憂は、文字通り杞憂で済むと良いのだが、突然足下をすくわれそうな気がしてならない。
嫌な予感がする。
だが、そんな予感当たった試しない、きっとこれもただの思い違いだ。
兎に角、俺は明日に備えて今日は早く寝よう。
×月××日
――皆――故な――【以下判別不可】――
――――――――――――
崩れた瓦礫が積み重なる部屋の中、カルヴェラの声は崩れること無くステイシスの耳に届いた。
真実を述べる時特有の、酷く落ち着きのある安定した声、だからこそ、彼がさっき言った一言は間違い様の無い事実なのだろう。
だが、だからこそステイシスはその一言から耳を背けたかった。
「俺はお前を利用した」
確認する様に紡がれた追加の一文。
それはつまり、彼が全ての始まりであるとの宣言である。
「これが彼の本性だよ。
彼は私では無く、君に怯えていたんだ。
君が本当の事を知るのを、誰よりも恐れていた、そうだろ?」
マキナはゆっくりと舐める様な仕草でカルヴェラとの距離を詰めると、そう言い切った。
「……貴様」
「それはこっちの台詞だよ。
自身の持つ『精神操作』の力で彼女の記憶を消し。
更に彼女の意識の一部を自分の脳とつなぎ合わせ、彼女の力まで自由自在に扱う。
人の事を道具としか思っていないんだな君は、正直、反吐がでるよ」
これまでに無い怒りを露わにするマキナは、軽く手を振ると分身を生み出し、自身の左右に一人ずつ配置する。
「大人しく彼女を解放してくれ。
記憶を返し彼女をこの世界から逃がしてくれ、それ以外は何も求めない。
お願いだ、私に暴力を振るわせないでくれ」
中央のマキナは短く息を吐くとそう脅し、左右の二人はその言葉に呼応してそれぞれ特徴的な構えを取る。
「それじゃその前に、一つ聞かせてくれよ。
あんたのその力は、どうやって手に入れた? 被験者の中にお前の様な力を持った奴は居なかった気がするがな」
目を細め短い息継ぎをすると、吐き捨てる様に言った。
「第一、他の被験者は全て死んだ筈だが」
追加の事実を述べた彼は、左手を掲げる。
その手の周りで不可視の力の渦が発生し、吸い寄せられるようにガラス片が集まり、惑星のそれとよく似た衛星の環が形成される。
後は彼が一つ念じるだけで、そのガラス片は散弾と化けマキナに襲いかかるだろう。
「死んだ……?」
ステイシスの一言に、マキナは彼女を守る様にカルヴェラの前に立ちふさがると、静かに答える。
「後でちゃんと説明します……それより、私がどうしてこの力を持っているのか教えてあげますよ。
簡単な事です、私はあなたたちの遺伝子情報を元に作られた人形にすぎません。
試薬に対して高い適性を持った二人の遺伝子が元なら、こうして試薬に選ばれるのも当然ですよね?」
軽い自虐のつもりなのだろう、彼は少しだけ笑うと、自分のほおを作り物か何かの様に抓ってみせる。
「人形? 道理で血も涙も無い訳だな」
「それは否定しませんよ、ですが、そんな空っぽな人形だからこそ、作られた目的だけは忘れません。
『カラ・サバスという人間を、絶対にこの世界から連れ出す』と言うね」
彼が呟いたカラと言う名前、それはつまり……
「それが……私の本当の名前……なの?」
マキナは静かに頷き、カルヴェラは目を細めて少しだけ視線を動かして肯定する。
「彼女をここから連れ出す? たいそうな事だな、一体どうやって連れ出す気だ? なぁ、どんな手段を使う気なのか言ってみろよ」
挑発的な彼の言葉に、マキナは静かに答えた。
「『どんな手段を使ってでも』と答えときましょう。
少なくとも、それが私の生まれた理由ですからね」
刹那、マキナの分身の一人が拳を放つ。
「てめえらは相変わらずだな!!」
カルヴェラはその一撃を体をひねって回避すると、右手をポケットに入れて何かを取り出し宙へと投げる。
刹那、鋭い風切り音が響き空気とマキナの体が胴体から真っ二つに切断され霧散する。
「……ほう……」
突然の出来事にこれと言った驚きも見せず、マキナは宙に浮いたそれを見て口を開く。
「ワイヤーですか、ずいぶんと考えましたね」
マキナの視線の先、音も立てずに揺れていたのは銀色に輝くワイヤーだった。
意識しなければ見落としそうな程細いそれだが、カルヴェラの力で制御されたそれは、下手な刃物よりも鋭く、簡単に回避することは不可能な強力な武器と化ける。
だが、初めから一人目は囮だったのだろう、二人目のマキナが最小限の動きで回し蹴りを放つ。
小柄な彼が放つ一撃は、一見すると頼りない、だが彼は自身の能力で筋力を極限まで強化しており、その一撃は鋭い轟音と共にカルヴェラの脇腹へ接近し――
突如放たれたガラス片の雨に打たれ、木っ端みじんに砕け散る。
「ぐっ……」
「幾ら数を重ねたって結果は同じだ!」
吠える様にそう唱えると、カルヴェラは残ったもう一人に向けて掌をかざす。
すると、部屋の隅に置かれていたロッカーから箒が飛び出し、彼の体を貫く。
「数で勝っていても、やはりそう簡単にはいきませんね……」
どこかに本体を隠しているのだろう、それぞれ霧散している陰とは別に、新たに二人のマキナが形成され、ステレオ放送の様に悪態を零し、ステイシスをかばう様に立ち回る。
カルヴェラもステイシスを傷つけない様に気を配ってはいるのだろう、一応局所的にしかその力は使われていなかったが、それでも戦いは圧倒的だった。
幾ら身体的に強化され、幾ら自身の複製を作れるからといえ、念じるだけで物体を放ち、必要とあらば強力な電撃を纏うことが出来るカルヴェラに対しての肉弾戦は無謀すぎた。
何か別の作戦を考えるためか、片方のマキナは牽制こそするが、必要以上に距離を詰めずにただ戦いの構えを取り、もう一人のマキナはステイシスの肩に軽く触れると、そっと耳打ちをする。
「さっき話した通り、私は道具に過ぎません、あなたをこの世界から出すためだけに作られたね。
しかし、だからこそ私はあなたを連れ出す為には全力を出します、だから私を信じてください」
「急にそんな事言われても……私誰を信じれ、ば……」
「誰も信じなくて大丈夫です、だから許してください、これから私が行う事を」
「!?……何を――」
彼女が同意するよりも早く、マキナは彼女の肩に手を回すと、全力で割れた窓から放り投げた。
砲丸投げの要領で全身の筋肉を使って放り投げられた彼女の体は、校舎の窓から飛び出し、きりもみ状態のまま着地点に居た別のマキナに受け止められる。
一応彼女の身を配慮してはいたが能力を奪われた彼女は生身の人間と大差無く、校舎の二階から放り投げられたその衝撃に意識を失い、人形の様にだらりと腕を垂らす。
「戦って勝てないのは初めから知ってます、だから逃げるだけですよ」
そう告げると、彼女を抱いたままマキナはグラウンドを蹴ってどこかへと走り去る。
一部始終を見ていたカルヴェラは彼女を追おうとするが、校舎に残った二人のマキナに阻まれる。
「離せえぇぇ!!」
カルヴェラは素早く伏せると間髪入れずに力を行使、教室の壁に横一文字に切れ込みが入り、遅れて倒れるマキナの体が、部屋の中をワイヤーによる一閃が煌めいた事を告げる。
「ゴキブリみたいに湧きやがって……」
そう吐き捨てると、ステイシスを追うために教室を出ようとして、彼は違和感に気がつき立ち止まる。
「……?」
窓から広がる景色、それは何処までも続く真っ白な世界だった。
それは比喩や抽象でも無く文字通りの白であり、凹凸すらも見当たらない。
そこで良く目をこらしてカルヴェラは異常の正体に気がついた、教室から見える景色が白くなったのでは無い、白い何かが教室を覆っているのだ。
「おいおいまさか……」
そこでなぜマキナがステイシスに多少乱暴を加えてでも、この教室から逃がしたのかが判った。
彼の力は基本的にはエニグマを生み出す事。
そしてエニグマは、己の望み通りの姿で作ることが可能だ。
例えば犬や鳥、そしてマキナ自身のコピーなど、暫く小型のエニグマばかりが相手だったが故に、カルヴェラはこの可能性を忘れていた。
「こんなのもありかよ!」
エニグマは、その大きさも自在に変える事が可能だ。
自身と同じ大きさだから負けるのだ、同じ敷居で戦おうとするからかなわない。
なら、やることは一つ、相手より遙かに巨大なエニグマを作り出し戦いを挑めば良いのだ。
大事な人を守る任務があったためにそれが出来ないのなら、この場所から守らなくてはいけない相手を逃がせば良い。
その答えが、教室そのものを丸呑みにする、鯨によく似た超巨大なエニグマの姿だった。
どれだけの時間寝ていたのかは判らない、それ故に今が何時なのかも、この倦怠感が寝過ぎから来る物なのか、それとも質の悪い睡眠を取ったが故の物なのかすら検討がつかない。
だが、一つだけ言えることは、彼女が目を覚ましたその空間が、マキナの力によって作り出されたと言う事だけだ。
「……」
ステイシスはうっすらと空いた瞳で自分の掌を見つめると、今度はその手で自身の側にある真っ白な壁を触る。
今まで直接触れたことが無かったが、彼の能力によって作り出されたその壁は、ほんのりと暖かく、同時に少しだけ柔らかい。
「気がついたかい?」
「……!?」
その声に驚いたステイシスは、上体を起こしてから反射的に身構える。
相手が自分に危害を加える気が無いと判っていても、これまでの事が脳裏をよぎり、反射的にこうして構えてしまうのだ。
「元気そうで良かった、ちょっと乱暴な方法を使って君を連れ出したからね、心配していたんだ」
そう答えたのは説明するまでも無い、マキナ本人だ。
彼は緊張したままのステイシスを見つめ、何か話題を探す様に視線を動かすと、自身らが居る空間を指差して口を開いた。
「もう判ってるみたいだけど、これも私の力だ。
っというより、本来の力の使い方がこれだと言った方が良いのかな?」
「……」
「こちらの世界の建物に入るのも考えたんだけど、それだと奴の認識に引っかかってしまうからね、だからこうして能力で作った空間がセーフハウスなんだ。
凄いだろ? 好きな風に間取りを変える事だって出来るんだ」
彼なりに笑いを誘っているつもりなのだろう。
彼は軽く壁を叩くと、その箇所に拳大の凹みを作ってから笑ってみせる。
「あなたは……何者なんですか?」
「さっきも話しただろ? 自分は君の残したサンプルを元に作った人形さ」
自虐としてなのか、それともそれが事実だからか、彼は本音が読みにくい表情で笑って見せると自分の頬を抓ってみせる。
「そういう意味じゃ……どうしてそんな人を作ったのですか? そんな事許される訳……いいえ。 あなた自身嫌では無いのですか?」
ステイシスの言葉に、マキナは無言で否定をすると、静かに意見を述べた。
「先に二つ目の質問に答えるよ。
私自身作られた人間である事実は気にくわない、だけどその事を咎める事が出来ない理由があるんだ。
それが一つ目の質問の返事さ」
マキナは少しだけ声のトーンを落とすと、足下から生やした椅子に腰掛け、鼻を鳴らしてから言葉を繋ぐ。
「外の世界は、それだけ非人道的な事をせざる終えない状況になっている。
って言っても、突然こんな事を言われても釈然としないだろうね」
突拍子の無いその発言を修正する為か彼は足を組み、短く息を吸い込んでから説明を付け加える。
「事の発端は、何てことの無い農村に落ちた隕石と、その中から採取された、『CPエレメント』と呼ばれる物質の発見だよ。
地球上何処を探しても見つけることの出来ないその物質の謎を紐解くべく、様々な科学者が集められ研究が進んだ。
そして、その研究の最中、学者達はある事に気がついたんだ。
このCPエレメントには、人を進化させる力があるとね」
「そんな事……」
ステイシスがそう呟いたのも当たり前ではある。
だが、一切の迷い無く言葉を繋ぐ彼の表情からは、自身があまりにも突拍子の無い事を言ってる自覚が見受けられない。
おそらく、それが事実であるが故だろう。
「そこで、後は判るだろ?
お偉いさん達はその物質を精製、さっきから話に出る試薬、『アドバンシス』を生み出したんだ。
使い方は簡単、人を進化させるためだよ」
「それは……人体実験では?」
「結果的にはそうなってしまったけど、これは世界中が喚起した一大プロジェクトなんだ。
科学は所詮科学であり、それ以上の何物でも無い。
でもあの試薬がもたらす恩恵は、それを遙かに上回るんだ。
だからこそ、世界中から適正のある人間を集め、科学では超えられない壁を越える計画が本格的に動き出した」
少しだけ興奮しているのか、微妙に呼吸を荒げながらそう紡ぐ彼の表情は何処か楽しげだったが、そんな彼の感情とは別に、ステイシスの思いは一段と重くなってゆく。
「結果、君を含む四十八人の被験者が集められ、実験が行われた」
「その数ってまさか……」
「ああ、そうさ、この世界に居る全ての人間の数と同じ。
違う点としては、この世界の彼らとは違い、実験に参加した彼らは皆死んだ事位かな」
アクセサリーの違いを説明する様な軽い口調で紡がれた事実、それを聞きステイシスは耳を塞ごうとする。
責める訳でも無くただ事実を伝える為、マキナは彼女にそっと耳打ちをする。
「安心して、彼らを死なせたのは君では無い。
君も実験に巻き込まれた被害者の内の一人なんだよ。
だから君はその事に関して悔やむ必要は無いんだ、でも、これから先の事実は君の責任でもある」
首根っこを握られた様な感覚に、ステイシスは震え脂汗を額に浮かべる。
「多くの仲間を失い失望にくれた君は、次の瞬間世界から消えていたんだ、それは何故だと思う?
答えは簡単さ、もう一人の生き残りに君は連れ去られたんだ」
マキナは吐き捨てる様に続きの言葉を紡いだ。
「だけど、普通能力を持つ人間は他の能力者の力に影響されにくい。
されたとしても、それは自身よりも相手が強い力を持っている場合のみだ、それなのに、君はあの男に負け、力と心を乗っ取られた。
そのからくりこそが、仲間の死だよ。
奴は初めから実験が失敗すると知っていたのだよ、いいやそうでは無い、彼は実験をわざと失敗させ、君一人だけを残したのだ。
そして、君が精神的に不安定に成る様に仕向け、好きを突いて君の心を操った」
「彼がそんな事を……するわけ……」
ステイシスの知るカルヴェラは、口こそ悪いが決して他人を傷つける事が無かった。
だからこそ信じたかった、マキナが伝えた事実が嘘であり、自身は何か悪い夢でも見てるのでは無いかと、そう信じたかった。
だが、都合の悪いのが現実であり、都合の良い出来事こそが夢なのだ。
故に、これは現実であり事実だ。
どれだけ目を背けようと、彼女は今聞いた話を無かった事には出来ない。
何より、もっと目を背けたい事実は、その先にあった。
「だけど正直、私にとってこれは大した問題では無いんだ。
問題なのはこれから先、君が行った事さ」
「私が何をしたって言うの?」
「『何もしてない』それが君の罪さ。
君は元の世界からこちらに来る際、自分の意志に反していたとはいえ、世界を歪め物理法則すらねじ曲げ。
更には無限に拡張するこの世界を生み出してしまった。
もう判るだろ? 鏡面に入ったヒビは自然に治ることは無く、少しずつその領域を広げていく、結果世界は少しずつ分断されいずれは醜く砕け散る。
穴の空いた水槽では、魚は長く生きられない。
なぜなら、空いた穴から大切な水が抜けていくからね。
それらと同じだよ、君は世界に破滅の種を落とした、その種を埋めることが出来るのは君だけなのに、君は何もせずこの箱庭で過ごして――」
「止めて!」
反射的に怒鳴ったステイシスは、直ぐに口元を覆ってからベッドの上丸くなる。
「だがそれは事実だ、君には元の世界を修復し、こちらの世界を畳む義務がある」
「聞きたく……ない」
両手に目一杯力をいれ、耳を押さえるがマキナの声は彼女の鼓膜へと確実に届く。
「でもそれは事実だ、だからこそ、私は作られこの世界に入り込んだ。
全ては世界を救う為なんだよステイシス。いいや、カラ・サバス!」
強い彼の言葉に、彼女は何かを決心する。
「私はあなたを、信じれば良いの?」
「いいえ、私を信じる必要はありません、ただ許してください、今まであなたに行った事を」
マキナは静かにそう告げ、涙を拭いて顔を上げたステイシスに手を伸ばす。
「それじゃ、私は何をすれば……」
今現在彼女には力が無い、何かをやるにしても、彼女に出来る事があるかは謎だった。
だが、マキナは静かに息を吐くと、彼女に向けこれからの方針を告げる。
「何をするにも、まずはあなたの力が必要になります。
ですが……残念なことに、今現在あなた自身の持つ力を取り戻す必要がある訳ですが……」
「知っていた、のですね……」
「さぁ、何の事でしょう?」
今現在、ステイシスは能力の全てが使えない、だがマキナはそう嘯き肩をすくめてみせる。
全て彼の計算の内の出来事なのだろう。
「とはいえ、あなたが力を取り戻す事さえできれば問題はすべて解消できます。
なぜなら、あなたのその力は神のそれと同等ですからね、ただ望む、それだけで壊れた世界を修復することが出来る筈です」
痛みすら感じる程の期待の眼差し、それを向けられ彼女は暗い表情を作って俯く。
自分自身大した力があると思っていなかったのにも関わらず、突然自身は世界そのものを作り替えるだけの力があり、ましてやその事実すら彼女は忘れていた。
そして、自分が現実だと信じていた全ての出来事は、全部己が見ていて夢にすぎない、そんなことを言われて二つ返事で答えることなどできない。
「私は……」
「急いで考える必要はないですよ――」
彼女を気遣って紡がれたと思った言葉、その言葉には別の意味が含まれているとステイシスが知ったのは、次の瞬間だった。
「――何せ、今考える時間は無い様なので」
刹那、真っ白な空間に亀裂が入り一瞬の間の後砕け散って二人の元へ降り注ぎ、とっさにマキナが彼女を庇う。
白の帳が割れ、色鮮やかな青空と必死の形相のカルヴェラの姿が露わになる。
「マキナァァ!!」
瓦礫に遅れる様にして、カルヴェラの声が響く。
マキナはとっさに振りかえると、素早く右手を繰り出す。
だが、カウンターとして放たれたカルヴェラの攻撃を、彼はとっさに身を反らして回避する。
問答無用で引かれた引き金、そのあとに続く弾丸は確かに必殺の一撃であり、普通の人間が食らえばひとたまりもない。
それがただの拳銃では無く、大口径のカービン銃となれば尚更の事である。
だが、それはあくまでも普通の人間に対しての事であり、自分自身の複製を作る事が出来るマキナにとっては、大した問題ではない。
その筈なのに、彼はその一撃をわざわざ回避した。
それはつまり……
「あんたが本体か」
それは図星という事だ、彼は少しだけ顔を曇らせると、ステイシスとはぐれない様に手を伸ばし、彼女の手を掴もうとするが、その手は空を切っていた。
「悪いけど、彼女はあんたなんかには絶対利用させないから」
その声の主は、この場所に居ないと思われていた存在のものだった。
「力には力を、数には数を……そういう事ですか?」
ステイシスを抱きかかえた姿勢のまま口を開いたその人物は、カフゥだった。
いいや、そこに居たのはカフゥだけではない、少し横を見れば、ミグ、ガーフィン、イントと、この箱庭に居る馴染みの顔が揃っていた。
「嘘……あなたたちは……」
状況が分からずステイシスはカフゥの腕の中で目を白黒させる。
それもその筈だ、そこにいる仲間は皆……
「みんな私の想像でしか……ここに居る訳……」
できれば否定したくない、だが、そんな彼女の思いを理解してか、カフゥは優しく笑うと、口を開いた。
「そう、私たちはここには居ない、カラ、あなたが生み出した幻覚、だけど――」
「黙って! お願いだから……お願いだから……」
これ以上混乱したくない、そんなステイシスの言葉に口を噤むカフゥ、マキナとしてもうまく状況がつかめず、内心焦っているのだろう。
半ば崩落した白い空間の中、その景色を映し出した様ないびつな沈黙が満たされた時、意を決したカルヴェラの声が響いた。
「ステイシス……いいや、カラ。 これから事実を全てあんたに伝える」
「事実? 今まで散々、私に嘘をついてきて、今更本当の――」
その声を上書きする様にカルヴェラが怒鳴った。
「記憶を消し、偽りの仲間を作り、この箱庭で生活する事は全部、あんたが望んだ事だ!!」
雪崩の様に急展開し、自分が今どこを向いているのかすらわからない流れの中、ステイシスは目を瞬かせ、カルヴェラの声に息を飲むのだった。
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