真実 上
×月××日
自分でもらしくない事だとは思うが、これから日記を書き始めようと思う。
俺自身こうして文章を書く行為があまり得意では無く、何かと幼稚な文章になりがちだが、その点に関しては、この日記を読むのが俺一人だからあまり気にする必要は無いだろう。
そもそも、何故こんな事を始めたのかそれは単純な事だ。
俺は今日APSのメンバーとして認められたのだ、それだけである。
正直なところ、自分がこの日記に何を書くべきか迷ってはいるのだが、今後の研究の為、こうしたログの蓄積は重要になるとの判断である。
とはいえ、この日記は誰にも読ませるつもりは無いが。
×月××日
試薬の詳細を今日、細かな資料と共に得ることが出来た。
今後の技術開発の関係上、試薬の詳細については何も言えないが、少なくともこの技術が実用化されたら、今後大きく世界が変わるのは間違いが無いだろう。
それだけ大きく画期的な発明だ。
そんな技術の確立に、少しでも関わる事が出来ている事が誇りだ。
×月××日
今日、最初の候補者が見つかった。
名前はイント・レイトナードと言う男だ。
見た感じこれと言って特徴が無い、何処にでも居るただの男だ。
あの外見からしてそれが本当なのかは怪しいが、本人はアウトドアを趣味にしていると言った、そうとなれば、彼にとってこれからの試験期間は何かと辛い物かも知れない。
だが、そんな彼が適性を持っている、その事実は変えようが無く、正直その素質を俺はうらやましく思っている。
その理由は説明するまでも無い、彼は世界を変える特別な存在だからだ。
とは言え、俺は俺なりにこの生活を気に入ってはいる。
何故なら、給料は良く職場は綺麗で、大声では言えないが同僚は俺好み、ついでに言えば、職場が禁煙じゃ無い事もだ。
×月××日
暫く日記の更新が止まっていたが、やっと時間を得る事が出来たので日記の続きを書くとしよう。
一旦基準が確立された影響か、近頃はやたらと大量に候補者が見つかった。
APSの規定としては問題かもしれないが、この日記に候補者の名前を書くとしよう、どうせこれは私個人の日記だ、誰にも読ませるつもりなど無い。
リライズ・フォートマン
カルティエ・エルベナル
フェルカ・カルラルト
ガーフィン・クドラフト
ミグ・ロベルタ
カラ・サバス
こうして見ると、一日でこれだけの候補者が見つかっただけ、この計画の未来は明るいと言うことだ。
彼らの協力を生かしこの研究を確実な物にしよう、そう思った所存である。
少なくとも、彼らは選ばれた人間ではあるが、選ばれたが故に重荷を背負ったという意味である。
『ノブレス・オブリージュ』と言っただろうか? ふと昔そんな話を聞いたのを思い出したので書き足してみる。
何にしても、俺は俺なりのノブレス・オブリージュ(持てる物の責務)を貫くまでだ、一介の研究員として。
――――――――
突然マキナが紡いだその一言の意味側からず、ステイシスは眉根を寄せてから黙り込む。
「君は大きな勘違いをしている、この世界には大勢の同じ境遇の仲間が住んでいるってね。
でも実際は違うんだ」
「何を……訳の分からない――」
「イマジナリーフレンドって言葉、知ってるかい?
対人関係に不慣れな子供が他人には見えない想像上のお友達を作っちゃうあれさ、それと同じなんだよ。
いいや、友達と言うよりも、この世界にある全ての物が君の想像であり、同時に君が作った本物だ」
マキナは会話に追いつけず目を白黒させるステイシスを眺め、少しだけ笑うと指を鳴らす。
すると、彼の肩の高さに何も無い虚空が歪み、次の瞬間には真っ白なバスケットボール大の球体が生まれて地面へと落下する。
「私の力は想像を現実に引っ張り込む事だ、それを使えば誰かを傷つけるエニグマや、自分自身を作り出せる」
彼の言葉に合わせ、地面で跳ねていた球体が変形し、次の瞬間には真っ白な犬が姿を表していた。
「私と君の力はよく似ている、違うとしたらその能力の規模さ。
私の力じゃ所詮この程度が限界だからね……でも、君は違う、君の力には本当に際限が無い、ありとあらゆる事が可能なんだ」
「待って! 私の――」
「『私の力は時間を止めるだけ』そうですね?
でも、それって本当でしょうか? 時間を止める? それはただの勘違いだとしたら?」
彼女の声に覆い被さる様に発言したマキナは、地面を歩き始めた真っ白な犬を指差してある仮定を述べる。
「演技をしている役者が一斉に動きを止めると、傍目からは時間が止まってる様に見える。 それと同じさ」
マキナは指を鳴らす、刹那、地面を歩いていた犬がぴたりと動きを止め、作り物の様に固まる。
「何を言って……るの?」
「君は時間を止めたのでは無く、録画したテレビの再生を止める様に、この世界の全ての役者の動きを止めたんだ」
実際に放送中のテレビ番組を止める事は出来ない。
だが、一度録画した物、つまりそっくりな何かなら、自由なタイミングで再生を止め、好きに編集する事が可能だ。
つまり……
「考えた事はないのかい?
君の力は局所的に働かせる事が出来る、でもそれはよく考えたらおかしな事なんだ。
だってそうだろ? 自らは動いていなくても、誰もがこの星の自転によって動いているんだ。
それなのに君の力で止められた人や物は、縫い止められた様に同じ場所に止まっている。
普通、そんな事あり得ると思うかい?」
『停止』と『相対停止』は違う、ステイシスの力が実際に時間を止める物だとして、局所的にその力を使った場合、それらは星の自転によって高速でどこかに飛んで消える筈なのだ。
しかし、ステイシスが止めた物は止まって見える、それは対象が己と同じ速度で、そして同じ方向に動いている事の証明である。
「つまり、君の力では実際には時間が止まらない。
あくまでも時間が止まってる様に見えるだけなんだ、舞台のストップモーションと同じで、全ての役者に『止まれ』と指示を出したそれだけだよ」
「そんな事ある訳――」
「まぁ確かに、突然こんな事を言われたら戸惑うのは事実だろうね。
でも、それが事実なんだ、この世界は君の力によって生み出され、同じくこの世界の水も空気も、そしてこの世界に住まう全ての存在もまた君に生み出された物なんだ。
それ故に私は君を探し出す事に苦労した、自身がそんな特別な存在であることを忘れ、この箱庭で住んでいる訳だからね」
馬鹿げているなんてレベルの話では無い。
だが、目眩すら覚え僅かにふらつくステイシスを見るその瞳に、一切の迷いは無かった。
「この世界の住人の力が、どうして私に通じないか判るかい?」
「それは、あなたの力が特別――」
「違うさ、何も特別じゃ無い事なんだ。
仮に私が一切の能力を持っていなかったとしても、彼らの能力では私に傷一つ付ける事が出来ない、なぜなら、この世界の住人の力は全てまがい物だからさ。
映画でCGって技術あるだろ? あれと同じさ。
実際にはそこに無い爆発、それらが実際にある様に見せかける為、全ての役者がまるで目の前に灼熱の炎があるかの様に振る舞う。
必要とあればワイヤーなりで大道具を動かしたりもしてね。
つまりは見た目だけの力なんだ、イントの電撃なんかが特にわかりやすい例だね。
それじゃガーフィンの瞬間移動は何なのかって? そんなの決まってるだろ、彼女は実在しない、だからこそ何処にでも居る様に振る舞える。
そして君は、そんな実在しない幻覚を本物だと思い込んでいた、簡単だろ?
クーナのそれも同じさ、想像の中の世界の事だからね」
自分たちがモニターの中の世界の住人であり、ふと見つめた先に本当の現実がある可能性を否定する事は出来ない。
そして、同じく目の前に居る仲間が、作り物でない可能性もまた、否定をすることは不可能だ。
「つまりはこの世界は全て舞台装置なんだ。
模造刀で人を切ることが出来ない、モデルガンで相手を打ち抜くことも出来ない。
それと同じで、本物では無い見せかけだけの力で、役者では無い私を傷つける事は出来ない、だけどね――」
ふと、マキナは床に転がっていた箒を掴むと、一切の躊躇無くその場に止まっていた犬を殴りつける。
箒の柄は折れ同時に一抱えほどの大きさだった犬は宙を舞い、教室の壁にぶつかった瞬間霧の様に消える。
「舞台装置そのもので殴りつけたら話は別だ。
個々の能力は飾りでも、舞台装置はそれらが実在する様に振る舞う実態だ。
そしてその実体を生み出した存在、それこそが全ての役者や舞台装置を操る、それが君の力なんだ」
「まって……そんなの、あまりにも大それて……」
一歩、また一歩と距離を取るステイシスに合わせ、彼は歩み寄ると言葉を繋いだ。
「役者では無い無関係な人間を傷つけられるのは、監督である君だけだ」
「違う!」
「違わんよ」
怒るでも無く驕るでも無く、ただ静かに事実を紡ぐマキナ。
『水槽の脳』『哲学的ゾンビ』『独我論』
様々な言葉を用いて語られる一つの仮定、それらは誰一人として切り捨てる事が出来ないのは事実だ。
だからと言え、目の前に広がるそれらが偽物であると言われて『はいそうですか』と二つ返事で納得出来るわけが無い。
いいや、それは納得したくないと言うのが正解だろう。
これまで共に過ごしてきた仲間が全て作り物であり、自分が生み出した幻覚でしか無い、そう思うことは、自分自身が積み上げてきた物全てを否定し、それらに寄って形成された自我を否定することにも繋がる。
だからこそ、ステイシスは言葉を無くし、ただ静かに後ずさる。
彼は、大袈裟な仕草で両腕を開くと、背後を振り返り、割れた窓ガラスの先に広がる世界を見つめて口を開いた。
「考えた事は無かったのかい?
どうしてこの世界に人間はたったのこれだけしか居ないのか、どうして能力者しか居ないのか。
誰も傷つく事無く、誰も死なず、そのくせして生きるのに必要な資源は無尽蔵に供給され、初めて踏み入れる場所は全て、時間が止まったかの様に一切の劣化が無かったのか。
幾ら何でもあまりにも都合が良すぎだとは思わなかったのかい?
誰も傷つかないこの世界があまりにも都合が良く、何故か自分だけ記憶を失っている事実が不自然だと思わなかったのかい?」
耳を塞ぎたくなる言葉に、ステイシスは全身を小さな虫が這い回る感覚を覚える。
彼の言う通り、この世界のあり方に疑問を感じた事はあった。
だが、その事実から目を背け、彼女はわき水の様にあふれる日常に心酔していた、なぜなら、自分の事すら忘れてしまった彼女にとって、他にすがる当ても、そして日常を否定するだけの知識も持ち合わせていなかったからだ。
だからこそ……
「待って……どうして――?」
そこまで考えた瞬間、彼女の脳裏に拳大の疑問符が落ちた。
「私が過去の記憶を失ってると、知ってるの……ですか?」
その問いかけに対する返事は、異常な程早かった。
「知っているからさ、君がどうしてこの世界に居るのかをね。
その状況を鑑みたら、君が記憶を失っている事は当たり前な事なんだ」
何処か中性的な顔で振り返り、マキナはそう告げる。
「君のその力は神が与えた訳でも、科学では証明できない奇跡でも無い。
ある実験によって顕現した、君だけの能力なのさ」
「実験……? そんなの……嘘を言わないで!」
心の奥底まで見透かす微笑に恐怖を覚えたステイシスは、彼女にとっては非常に強い言葉を用いて否定する。
だが、そんな事お構いなしにマキナは言葉を繋いでいく。
「実験の目的は簡単さ。
素質のある人間を集め、科学の力で進化させる。
そんな酷くシンプルな実験の結果として、君の様な強力な能力を持った人間が生まれた。
その力こそ、想像を現実に引き込む力であり、もう一つの現実を顕現する力でもある。
間違い無く君の力は世界を変え、より良い物に変えていくと誰もが期待し、喚起した、それなのにある日、君の力を悪用しようと考えた存在に君は記憶を奪われ、その力を利用されこの世界を作らされ。
自分本当の名前すら消され、自分はステイシスだという勘違いを植え付けられた。
つまり、君は自分でも知らないうちに、自分で作った監禁部屋に閉じ込められていたのさ」
「何を言ってるの? それじゃパラレルワールドは? ノブレスオブリージュの存在は?」
すがる様なステイシスの声に、マキナは静かに首を横に振ると、口を開いた。
「もう判るだろ? 君を助けるための簡単な嘘さ」
「どうしてそんな嘘を? あなたが言っている事が事実なら、本当の事を直接言えば――」
間髪入れずに紡がれたステイシスの言葉に対し、彼は被せる様に意見を述べた。
「ああ、それが一番手っ取り早い方法かも知れない。
だけど言っただろ、私は君を『助ける』為の方法として、嘘を吐いたんだ」
「何を……」
「この世界の住人は君の考えに連動して動く。
だから私が君に嘘を吐いたところで君一人納得してくれたら、誰一人として疑問を感じずにその事実を受け入れる。
だけど、例外が一つだけあるんだ」
マキナの耳にその音が聞こえたのか、彼は部屋を塞ぐ扉の方をにらんでから言葉を繋いだ。
「私の言っている事が嘘だと知っている本物だけは、私の言葉に違和感を感じる筈だ」
「私の他にもう一人、この世界に閉じ込め……られてる人が居るって、事?」
歯切れの悪いステイシスの言葉に、マキナは訂正を混ぜる。
「いいや、それは閉じ込められている人間じゃ無いんだ。
正確には、君を『閉じ込めた』人間なんだ、そうだろ? カルヴェラ」
マキナは閉じたままだった扉の方を睨み、そう告げる。
刹那の瞬間、扉に取り付けられた窓ガラスを突き破り、無数の鉄パイプやガラス片が室内へ侵入、僅かに軌道修正を加えながらマキナの全身を貫いていた。
それはあまりにも一瞬の出来事であり、部屋に飛び込んできたそれらが何だったかすらステイシスには見えず、ただ反対側の窓ガラスを突き破って宙を舞うマキナの体だけが、刹那の瞬間に何が起きたのか伝える。
「何適当な事を吹き込んでやがるんだてめえは」
木っ端みじんに吹き飛んだ扉の先、そこにはぼろぼろの服を身に纏ったカルヴェラの姿があった。
「カル……ヴェラ?」
「……」
カルヴェラは名前を呼ぶステイシスから目をそらすと、右手を軽く振り中に拳大の瓦礫を浮かべる。
「ずいぶんと乱暴な事をしますね」
やはり先ほど吹き飛んだのは本体では無かったのだろう、ステイシスの背後から響いた声に彼女は振り返ると、傷一つ負っていないマキナの姿がそこにはあった。
「あんたにわびるつもりはねぇよ」
「ええ、そうですね。 あなたがわびるべきは私では無く、彼女で――」
その言葉を言い切るよりも早く、ステイシスの体を避ける様に大きな弧を描いて打ち出された瓦礫がマキナの顔面を打ち砕く。
だが、それは無駄な事だった。
首から上が吹き飛んだ彼の体が床に倒れるよりも早くその体は消え、次の瞬間には同じ場所で腕組みをするマキナの姿がある。
「最後まで言わせても良いのでは?」
「断る」
「では、せめて彼女に謝罪を述べるのは?」
「黙って――!!」
「止めて!!」
片手を振り上げ、手近な物を能力で持ち上げようとしたカルヴェラを、ステイシスの声が制していた。
「ねぇ、カルヴェラ……答えて、あなたは……」
ステイシスは目頭に涙を浮かべたまま、カルヴェラの方を振り返る。
これ以上聞いてはいけない、そうと判ってるのにもかかわらず、口だけが勝手に動き聞いてはいけない質問をしてしまう。
「あなたは……本当に……」
口を紡ぎ、曖昧にしてしまいたい。
一抹の不安などそうする事で忘れられる、そうと判っておきながら、彼女はその禁句を口にしてしまった。
「私をこの世界に閉じ込め、記憶を奪った犯人なんですか?」
彼女の声だけが沈黙した世界に響き、痛い程の静寂へと変わる。
「……」
「ねぇ答えて!」
「……事実だ」
能力を使った訳では無い、ましてや本当に時間が止まった訳でも無い。
だが、その一言を聞いた瞬間、ステイシスの背筋には冷たい何かが流れ込み、世界そのものに流れている時間が、何百倍にも伸びた気がした。
「……あ……あれ?」
間延びした時間の中、ステイシスの頭の中でこれまでの記憶が高速でスクロールする。
この世界の人間は誰もが暖かく、仲が良い。
これと言った争いも無く、人々が消えた世界でも、仲間が居たからこそ一切の不満を感じず、自分患った記憶の欠如に疑問を感じることが無かった。
何も無い反面、何も不自由しない日常、振り返れば仲間が笑っている日常の切れ端が幾重も重なってステイシスの頭をよぎり、ある共通点を見つけてしまう。
沢山の思い出の中、ただ一人、カルヴェラだけがその輪に足を踏み入れず、何かを隠す様に少しだけ離れた位置から自分を見ていた事を。
「……俺がお前をこの世界に閉じ込めた、俺はあんたの名前を奪い、記憶を消し。
そして頭をいじりあんたの力を自分の物として扱い、この世界を作り出した、それは言い逃れが出来ない事実だ」
ステイシス記憶とマキナの説明を肯定する様、カルヴェラは静かに事実を述べるのだった。
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