疑心 中 

 「この計画を仕込んだのは全て俺だからな」

 その一言を紡いだカルヴェラは、わざとらしく咳払いをすると目を細めてマキナを睨む。

 「何を言ってるのでしょうか? 計画? エニグマに私達が襲われる事、それが全て計画の内だと言いたいのですか?」

 銃口を向けられてもなお、マキナは驚いた様子も無く腕組みをするとそう告げる。

 だが、ふと視線を動かし、体育館の中に居た全ての人間の視線が異様な物に化けていると悟ると、納得がいった様にマキナは鼻を鳴らした。

 「ほう……皆さん揃いも揃って私を騙したと言う事ですね」

 マキナがそう言ったものその筈だ、突然の宣言に驚くと思っていた他の人間は、カルヴェラに違和感を覚える様子も無くイントを見つめ、中には銃を取り出してマキナに照準を合わせる者も居た。

 「しかし、何時の間にそんな計画を」

 そんなマキナの疑問の答え、それは今から数時間前に遡る。

 






 「もういい!! ……もういいんだ。

 確かに彼が言うとおりだよ、僕達の能力は皆単一にしか見えないけれど、応用次第でどんな事でも出来る。

 だとしたら、この場に居る全ての人間に容疑が掛けられていると判断するのが妥当だよ」

 それは先ほど、鳥の姿をしたエニグマに一同が襲われた時の事だった。

 クーナはガラスが散らばった室内で、マキナに向けて説明をする。

 「彼の力は見ての通り『飛行』。

 大きさや速度に関わらず、どんなものでも飛ばす事が出来る。

 彼は最初のエニグマの一件の際には箱庭の自室で寝ていた。

 その事は僕自身が良く知っているし、第一彼が一連のエニグマの詳細を知ったのは、昨日の事だよ」

 次に、彼は部屋の奥で神経質に服に付いていたガラス片を退けるミグを指す。

 「彼も同じく、エニグマの存在自体良く知らない。

 っていうよりも、彼は箱庭からまともに外に出ないし、エニグマを見たのも説明を聞いたのも今さっきだ。

 第一、彼の能力は『物を正常に戻す』だ、治療や作り変えの力ならまだしも、元に戻す事しか出来ない力でどうやってエニグマを生み出すのかも判らないよ」

 そう言い切ると、珍しく黙ったままのミグから視線を動かしてステイシスの方向を向くクーナ。

 そして、大きく咳払いをする。

 第三者からはなんてことの無いその仕草。

 だが、外見のせいで子供が大人びた真似をしている様にしか見えないその一連の動作から違和感を感じ取ったステイシスは、少しだけ眉を吊り上げた。

 「ステイシス!――」

 クーナの一言、その直後に世界が停止する。

 カルヴェラが吸っていた葉巻きの煙が宙に縫いとめられ、クーナの声に耳を傾けていたマキナは、瞬きすら止めて硬直する。

 「やっぱりステイシスは判ってくれたね」

 「……ええ、一応は……あの、どうしたんですか?」

 「ちょっと色々と気になる事があるから、作戦会議をちょちょっとね」

 そんな中、クーナとステイシスだけは停止した世界から解放され、何事も無かったかの様に口を開いた。

 「それじゃ、悪いんだけどさ、マキナ以外の時間も動かしてもらえるかな?」

 「え? ……彼だけは、その……止めたままですか?」

 「うん、それは勿論……あ、ちょっとまって、イントとミグそのままで」

 「あの、それは、その……どうしてですか?」

 ステイシスの問いに、クーナはスモックに通された腕を組むと、ウィンクしてから答えた。

 「イントとミグは嘘を吐くのが下手だからね。

 こういう場合は作戦を知った上で協力してもらうより、作戦に引っ掛かってもらった方が都合が良いから。

 マキナの時間を動かしちゃいけないのは簡単。

 恐らく彼が今回の件の元凶だから、これからする会話の内容を聞かれる訳にはいかないんだよね」

 その言葉を聞くと、ステイシスは彼の指示に従い能力を一部解除した。

 時間の固定を解除された一同は、何が起きたのか判らず一瞬目を白黒させたが、直ぐに納得がいったのか呆れた様子でクーナの説明を聞く。

 そして、暫く時間を掛けて話を纏めると、一同はある計画を実行する事決めた。

 そして再び動き出した時間の中、クーナは先ほどの一連のやり取りなどまるで無かった様子で口を開いた。

 「――彼女の能力は『時間停止』。

 規模や期間を問わず、時間を止める事が出来る。

 とはいっても、時間の逆行や未来に行くなんて、そう言う使い方は出来ないけどね。

 彼女もエニグマを直接見たのはついさっきの事だし、僕は基本的に彼女の傍に居るから、能力を使うまでも無く彼女の行動を観察出来る。

 正直、わざわざ目線が届く範囲で力を使うメリットは僕には無いけどね、まぁ使わないメリットも無いけれど……

 兎に角、念を押して言うよ、彼女はエニグマを生み出した犯人では無い」

 「問題はこっから先だな……」

 クーナが僅かに表情を歪める演技をしたのを確認し、カルヴェラは小さく咳払いすると、先ほどのやり取りの中で燃え尽き短くなった葉巻きを窓から投げ捨てる。

 「彼は君も知ってる通り、『電撃』を操る力を持っている――」

 そう言い、クーナはイントへ向き直り、ガーフィンが一時的に汚名を被る様に仕向けるのだった……






 「つまり、今回あんたが能力を使い。

 ガーフィンが犯人であると仕立て上げ、あわ良くばイントとクーナ、そしてガーフィンを処分しようとした事は全部判ってるって事だ」

 一連の流れを説明したカルヴェラは、口端を吊り上げて小さく笑う。

 そんな彼の言葉が図星だったのだろう、マキナは少しだけ眉を吊り上げ不快感を露わにするが、彼の言葉を否定するわけでも無く大きく溜息を吐くと口を開いた。

 「一体何時から判っていたのですか?」

 「あの時、君はイントの事をビリビリって呼んだよね?」

 マキナの問いに答えたのはクーナだった。

 「まぁ、彼の能力を知っているのなら、彼の事をそう呼ぶのはたいして珍しくないし、全然不自然では無い。

 でもさ、君はどうして彼の能力を知ってたのかな?

 彼の能力を目の当たりにするよりも早く、君は彼の能力を言い当てた事がどうにも引っ掛かってたんだ」

 腕組みをして自分に向けられた視線を受け止めると、更にクーナは言葉の続きを繋ぐ。

 「それに、もう一つ気になってる事があったんだ。

 それは、どうして君は僕の傍を離れようとしなかったのか? だよ。

 カフゥに関してもそうだけど、大抵の人間は僕の力の詳細を知ると、最初は距離を置きたがる。

 それはそうだよね、僕は好きな処の情報を好きなだけ集める事が出来る、何かやましい事をしてる訳でもないのに、能力で監視されるおはあまり良い気持ちじゃない。

 なのに、君はそんな僕とぴったりくっついて、距離を置こうともしなかった。

 いいや、寧ろ僕の傍を離れない様に立ちまわっていたんだ」

 そこまでの説明で、彼が何を言おうとしてるのか判ったのだろう。

 小さく舌打ちをするマキナに対して止めとばかりに言葉を繋いだ。

 「『能力を使うまでも無い距離を保つ事で、僕の能力から逃れる』それが狙いだったんでしょ?

 実際僕は手の届く範囲の事をわざわざ能力を使って探ろうとはしない。

 その事を知ってたから、あえて君は僕の傍を離れなかったんだ。

 でも残念だよ、僕はとっくに君の事を能力でサーチしていた、そして既に知っていたんだ。

 君が僕の能力の網にかからないってね、まるでエニグマみたいに」

 刹那、空気が一転した。

 元々重苦しかった空気の密度が一気に高まり、肌を刺す刃物の様に一同の意識を削ぎ始める。

 それは怒りなのか、それとも純粋な殺意なのか、少なくともその変化は大きく溜息を吐くマキナを中心に起きていた。

 「全く、油断も隙もありませんね」

 声はあくまでもにこやかで柔らかだ、だが、その表情があまりにも異常だった。

 作り物の様に鈍く輝く瞳孔、その奥から感情と呼べるものは消え失せ、それでもなお口端は僅かにつり上がり、作り物の様に不自然な笑顔を組み立てる。

 そして……

 「あなたが『外れ』だと言う事は、ずっと前から知ってました。

 だからこそ、もう少し早い段階で処理をしとくべきでしたね」

 その言葉を聞き終えるよりも早く、クーナは体を僅かに揺らして視線を落とす。

 胸元を叩いた僅かな衝撃、音も無く届いたそれが何だったのかと視線を落としたクーナは、自身の左胸から生えたそれを見て、声すら出さずに疑問符を浮かべた。

 「……?」

 それは太さがボールペン程の真っ白な物だった。

 だが、そうだと確認した直後、今度は棒が生えた個所から赤い染みがぽつりと生まれ、瞬く間にその陣地を広げ、生温かい感触が胸元に広がっていく。

 「クーナ!」

 不意にガーフィンが叫ぶ。

 その意味が判らず彼女を振り返った後、再び視線を胸元に戻したクーナは、遅れて鼻を突き始めた濃密な血の匂いで、やっと自分の身に何が起きているのかを悟る。

 「あ……」

 マキナが何気なく伸ばした右腕、それは一瞬にして変形し、鋭い槍の様な形になってクーナの小さな胸を刺し貫いていたのだ。

 胸を貫通した白い槍の一端を掴み、何かを言おうとクーナは口を開くのだが、口から出てくるのは言葉では無く、泡を含んだ血液だけ。

 僅かにその切っ先が動くと、突き刺さっていた先端はクーナの胸元から抜け元通りの長さに戻る。

 クーナの胸に開いた穴から血が噴き出すと周りに広がり、傷だらけだったフローリング地は真っ赤に染め上げられていく。

 その中心で立っていたクーナは、赤く染まる床とは対照的に顔から血の気が失せ、糸の切られたマリオネットの様に崩れ落ちた。

 「ふざけんな!!」

 怒鳴るよりも早く、カルヴェラは引き金を引く。

 空中から放たれた複数の弾丸は彼の能力により正確に制御され、一ミリの狙いも違わずマキナの眉間を貫いていた。

 ぽっかりと三つ目の瞳を穿たれたマキナは、壮大に血を吐き倒れる様に見えたのだが、その直後に姿を消す。

 その一連の動き、それは今まで見たエニグマの物と同じだった。

 「こいつ自身もエニグマだと!?」

 愕然と目を見開くカルヴェラを余所に、張り裂けんばかりの悲鳴が聞こえた。

 「ステイシス! 早く止めて!」

 まるで今見て言える悪夢を止めろ、そうとも聞こえる悲痛なガーフィンの声に応じ、ステイシスは床に倒れたイントとクーナに能力を行使する。

 「判ってます!」

 刹那彼ら2人は時間の流れから切り離され、出血も、心臓の鼓動も、全てが止まり思考や呼吸すらも完全に停止する。

 「クーナ!!」

 倒れていたクーナにガーフィンは歩み寄ると、彼の胸元にぽっかりと開いた穴を確認して絶句をするガーフィン、時間を止めて自体の悪化を防いでいるとはいえ、彼が無傷な訳では無い。

 恐らく再び時間を動かせば、彼は数分の内に命を落とすだろう。

 「待てガーフィン!」

 刹那、カルヴェラは彼女が何をしようとしたのか理解し、咄嗟に呼び止めようとするのだが、彼が叫んだその時には、彼女の姿はその場所から消えていた。

 「クソッ!」

 「……一体……」

 事態を理解出来ず目を瞬かせるステイシスの目を見ると、カルヴェラは少し息を吐き、呼吸を整えてから説明をする。

 「感情に任せて動いたら、奴の思うツボだろ」

 「どういう事……ですか?」

 「さっきの様子からして、マキナはエニグマだ。

 そしてエニグマは今までの経験からして、複数体存在する事も可能だ……だとしたら。

 マキナが一人とは限らないって事だ……そして、そうなるともう判るだろ?

 奴が何故クーナを襲ったのか判らないのか? 傷ついたクーナを見て、ガーフィンがどんな行動をするのか、全て奴の計算の内だったら」

 特異な力を持つ人間しか居ないこの世界において、怪我と言う物はたいして恐ろしい物では無く、よっぽどの事が無い限りここの世界の住人にとって怪我はただ『痛い』だけの状態であり、それ以上でもそれ以下の危機でも無いのだ。

 何故なら、神がかりな力を持つ彼らが大怪我を負う機会は滅多に無く、怪我を負った処でどんな怪我でも直ぐに直す術を持ち合わせていたからだ。

 それがミグの存在である。

 彼にかかればどんな怪我だろうが、瞬きするよりも早く治療する事が可能だ。

 ガーフィンが何処かへと姿を消したのもそれが理由だろう。

 致命傷を負ったクーナの傷を、ミグは治療が出来る、だからこそ彼女は空間を飛びミグの元へと急いだ。

 だが、もし仮にそんな彼女の動きが先読みされていたら?

 好きに空間を飛べる彼女を捉える為に、マキナはクーナを怪我させたとしたら。

 「奴は恐らく保健室の中に居る、あそこはもう奴の腹の中も同然だ。

 だとしたらどうなる? 幾ら空間をあいつが飛べたとしても、その先で相手が武器を振りかぶってたとしたらどうしようも無い」

 諦めから始まるカルヴェラの仮定、一瞬こそステイシスも反論を加え様とするのだが、破綻の無いその一言に、視線を落として答える。

 事実、ガーフィンがこの場所を飛び出してから僅かな時間しか経過していない。

 だが、そんな僅かな時間でも、ガーフィンはミグを探し出しこの場所に連れて来る事は可能な筈なのだ、それが仮に急を要する場合なら尚更な事。

 だが、未だに彼女はこの場所に戻ってきていないのだ。

 距離と呼ばれる概念を無かった事に出来るガーフィン、彼女がちょっとした距離の移動にてこずっているとなると、おのずと彼女の身に起きた事に見当が付く。

 「助けに行かないと――」

 「駄目だ!!」

 慌てて駆けだそうとするステイシスに対し、カルヴェラは鋭い声を放つ。

 ステイシスの考えに同意し、保健室へ共に向かってくれると思っていた相手からの強い一言に、ステイシスは目を白黒させて振り返る。

 「どうして……ですか?」

 「……」

 カルヴェラは答えない、ただ、その代わりに何か余計な事を口走ったと言わんばかりに目を伏せ、ステイシスから目を逸らして言及を避けようと試みる。

 何処か余裕のある態度を見せるカルヴェラ、そんな彼が大声を放つ事自体珍しい事だったのだが、その理由は今の彼の行動に関係しているのだろう。

 咄嗟の事に余計な発言をしてしまったカルヴェラは、明らかに焦り、何か都合の良い言い訳を捜している様だが、生憎そう簡単に口実など自らずこうした沈黙へと繋がる。

 「どうして、ですか? カルヴェラさん」

 「……兎に角駄目だ、危険すぎる」

 「それじゃ、ガーフィンさんと……その、ミグさんは?……」

 よほど理由を説明したくないのか、呻く様に紡がれる言葉に、ステイシスは言葉を掛ける。

 確かに一人で向かうには危険な場所だろう、だが、この場所には今カルヴェラだって居るのだ。

 彼と共になら低いリスクで目的地に向かう事が可能であり、ガーフィンとミグの無事を確認する事だって可能な筈だ。

 それなのに、カルヴェラはやはり首を振るのみ、何か重要な事を隠しているのは明らかなのだが、何を隠しているのか一切判らないカルヴェラの言動に不信感を覚えたステイシスは、相変わらずの弱々しさで質問を繰り返した。

 「二人を……見捨てるのですか?」

 「……」

 「答えて下さい、二人を助けないのですか!? ガーフィンさんとミグさん――」

 「あいつらはどうでもいい!!」

 突然、カルヴェラは罵詈とも受け取れる本音を言い放った。

 「どうでもいいって……どうして……」

 「……」

 カルヴェラは普段から良くへらへらと笑い、何処か他人の不幸を笑って眺める処はあった。

 だが、その行動に悪意は無い、あくまでも面白いから笑うのであり、笑い話では済まされない事態では決してそのような行動をしなかった筈だ。

 だからこそ、そんな彼が仲間の身の危険を『どうでもいい』の一言で処理するとは思っていなかった。

 「どうしても……助ける気は無いんですね?」

 確認の為に紡いだ言葉に、カルヴェラは声を用いず目線だけで答えた。

 理由は判らないが、やはり助ける気など無いのだ。

 単にエニグマを使役するマキナに怯えたからか、それともそれ以上に何か意味があるのかは不明だが、ここでこうして彼を説得するのは意味が無いと判断したステイシスは、踵返して体育館を後にしようとするのだが、背後で小さな金属音がした為に振り返る。

 「理由は聞くな、だが信じてくれ」

 「それは……脅しです……か?」

 金属音の主は、カルヴェラが持っていたライフルだった。

 彼は自分と別行動をしようとしたステイシスの背中に銃口を向けると、慣れた仕草でスライドを引き弾丸を銃身に送り込んだのだ。

 「こんな事はしたくない、だけどお願いだ、行かないでくれ」

 そう紡ぐ彼の表情に迷いは無かった。

 身を切る思いをして決めた重大な決心、その意思の表れか、自身に向けられた銃口は寸分の狂いも無く自分へと向けられている。

 理由を聞いても答える気は無いであろうカルヴェラを見て、深い落胆と畏怖を浮かべたステイシスは、力を展開した。

 協力を得られず、ましてや一人で助けに向かう事も許されないのならやる事は一つだった。

 だが……

 「……?」

 その時の感覚は、今まで繰り返してきたそれとは微妙に違った。

 何が違うのかと問われると一言で説明するのは不可能だ、だが、言葉では説明できない微妙な感覚が違ったのは間違いが無かった。

 普段使っていたペンを、全く同じデザインの新品とすり替えられたかの様な、もしくは普段とは違うメーカーの調味料で味付けをされた料理を口にした様な。

 そんなごく僅かな違い、それに気が付いたステイシスに対し、時間と言う概念から切り離され呼吸一つ出来ない筈のカルヴェラは答えた。

 「時間を止めたって無駄だ」

 「……一体、何が」

 僅かな違和感を覚えたとは言え、ステイシスは間違いなく時間を止めた、その筈なのにカルヴェラは至って普通の様子で言葉を紡ぐ。

 一体どんな事をしたのか、カルヴェラはエニグマと同じ様に力を無力化したのだ、いいや、それどころか彼はステイシスが力を行使した事を見抜いた事も異常だった。

 ステイシスの力は影響こそ膨大だが、その力の行使そのものは地味だ。

 ただ心の奥深い処で念じるだけ、それだけで時間を止める事が出来る訳だが、今のカルヴェラの行動はその外見からは一切判らない予備動作すら見抜いたのだ。

 つまり、カルヴェラはステイシスの心の中を読んだと言う事になる。

 「俺を信じてくれ、あんたのためなんだ」

 カルヴェラはそれだけの事をしてもなお、話題を変えずただその意図だけを伝えて来る。

 どういう理屈かは判らない、だがそんな事をしてもなお、彼に驚いた様子は一切無かった。

 まるでそうなる事は当たり前だと、ただの気まぐれで今までこの事を隠していた、そんな風にも受け取れる発言に対し、ステイシスは体の芯から湧きおこる畏怖に悪寒すら覚える。

 「カルヴェラ……何をしたの?……」

 「……能力を封じた」

 カルヴェラの言葉に否定は無い、ただ機械的に、強い使命感に駆られた瞳と銃口を向けたまま、そう答えた。

 能力を無効化する力を持った存在が現れた事が既に異常事態だった、それなのに、その力を持った人間がもう一人、しかも自分達の直ぐ傍に居た事はあまりにも予想外な出来事だった。

 「一体どうやって……」

 「聞くな」

 「一体何を隠してるの!?」

 「だから聞くなって言ってるんだよ!!」

 鋭い罵声と共に、銃声が轟く。

 ステイシスの言及を覆い尽くす様に叫んだカルヴェラは、狙いを外すと体育館の壁に弾丸を撃ち込んだのだ。

 突然の事に怯えたステイシス、小鳥の様に怯えた彼女を見て、一瞬で我に返ったカルヴェラは誤魔化す為に言葉を繋いだ。

 「俺を嫌ったとしても、俺を敵対視したとしても構わない。

 だけど、俺を信じてくれ、俺はあんたのたった一人の味方だ」

 「じゃあ、どうして……こんな事をするの?」

 一巡した問い、それにカルヴェラは、低く諦めた声で答えた。

 「……またお前に背負わせる訳にはいかないんだ」

 「!? 今……」

 下唇を血が出る寸前まで噛み、苦悶の表情と共に紡がれた言葉。

 羽虫の羽音ほどの小さな声だったが、それを聞いたステイシスは目を見開き驚きを露わにする。

 「『また』ってどういう事ですか? それを、私は知ってたのですね……?」

 僅かに震え、逸らされた視線が答えだった。

 ステイシスはこの世界において少しだけ異端な存在だった。

 その理由が彼女の持つ記憶の欠落だ、大抵の人間はこの世界に来る前の出来事を覚えており、明確に自分の過去を語る事が出来た。

 だが、ステイシス一人に限っては、記憶が無かった。

 記憶が無いからこそ、この場所にやって来た彼女は、人に育てられた小鳥と同じく、ただ目の前に居る相手を信じるしか出来無かった。

 だが、もしその事が仕組まれた出来事だとしたら。

 初めから自分を親として認識する様に、孵化直前の卵を盗まれたとの同じで、仲間として受け入れられる為に記憶を奪われたのだとしたら?

 自分でも意識しないうちに飼い慣らされ、こうして能力まで封じられ、そして現在に至るのだとしたら?

 「あなたは……私の過去を、知ってるのですね? 私が何故記憶を持たないかを……」

 ステイシスの問いかけに、カルヴェラは口を開く訳でも首を縦に振る訳でも無く、音も無く声も無く、ただの沈黙で肯定の意思を伝える。

 驚きや畏怖だけでは説明のつけようがない事実、それに対し、ステイシスは言葉を無くして立ち竦むのだった。


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