カフゥの場合 中
ベッドの上で静かに寝息を立てる人物、周りからはクーナと呼ばれているその人物の外見を一言でまとめるなら『愛らしい』が妥当だろう。
ぱっと見の年齢は4歳程、立ち上がれば背中まで垂れさがる長い髪を扇状に広げている辺り、幼くとも整った顔立ちと言い、女の子として見間違える愛らしい外見をしているが、彼は性別上は男である事実を伝えると大抵の人は驚きの声を上げるだろう。
それほど幼く愛らしい外見を持ち合わせているクーナは、高く昇った日差しの中汗で濡れた額を揺らして寝がえりを打つと、ハッとした拍子で目を開く。
「まーた寝過した……」
愛らしい外見に見合った無垢で舌足らずな声を上げると、クーナは上体を起こして枕元に置かれていた目ざまし時計を確認し、小さく唸ると時計を叩く。
外見上はまだ文字すら覚えていない筈のクーナは、動かない時計の針に溜め息で返すと、距離にして約15メートル離れた場所にある別の時計で時間を確認する。
距離にしてはそれだけだがそこまで行くには壁を三枚超える必要があり、仮に時計が時報機能が付いてたしてもその音声は壁に遮られ、普通の人にはその時計の針が何処を向いているかなど知る由は無い。
そんな不可能を可能にしたのが、クーナが持つ力だった。
彼は全ての事象を触る事も見る事もせずに知る力を持っている、今自分が居る部屋の中にどれだけのごみが散乱しているか、どれだけのバクテリアが存在しているか。
そしてそれら全ての形状や色、匂い、味などを五感全てで認識することが出来る。
勿論その力を手に入れたのは、彼の外見が示している通り4歳の誕生日を迎えて間もない頃だった。
それ故に成人してもなお彼の外観は幼い子供のそれのままなのだ。
「ステイシスは……」
クーナは認識範囲を広げ、己が今探している相手が何処に居るかを探す。
彼が今居るのは学校の中にある元々校長室として利用されていた場所だ。
そこから意識の根を瞬く間に広げて学校全体に居る人間の顔を全て確認すると、探していた人物が今屋上で洗濯物を干していると知る。
「起こせよなぁ……」
ぶつぶつと愚痴を吐きながら彼は立ち上がると今まで着ていたクリーム色のパジャマを脱ぎ、枕元に置かれていた衣類に手を伸ばす。
勿論この時この場に彼以外の常識ある人間が居れば、少なからず声を荒げる筈だ。
なぜなら、彼が手に取った物はスカートだったからだ。
「よっと……」
もう一度彼の特徴について説明すると、彼はどれだけ愛らしい外見をしていようと男であり、年齢も外見通りでは無い。
だがそんな事気にして無いのか、寧ろ心の底からその事を楽しんでいるのか。
彼はスカートを履くと、次にレース付きのブラウスに袖を通しボタンを閉じる。
そして少し離れた場所にハンガーに掛かっていた、淡い水色のスモックを頭から被り袖を通すと、引き出しの中に手を突っ込み何かを探し始める。
再度確認だが、彼は男であり外観通りの年齢では無い。
「えっと……これか!」
次に彼が手に取ったのはオレンジのシュシュだ。
彼は長い髪の一部をわし掴みにすると、洗面台に設置された鏡でバランスを確認しながら一つ括りに縛り、最後に黄色い帽子を被ると鏡の前でくるりと回る。
長い髪が動きに合わせふわりと宙を舞うのを確認すると、満足なのか鏡の前で天使のそれと見間違える様な笑顔を作る。
最後の確認になるが、彼は男であり外見通りの年齢でも無い。
だが今更この行為に一々抗議する常識人はこの世界に存在せず、結果としてそんな彼の服装に違和感を覚える人間は誰一人として居なかった。
「……ん?」
不意に何かに気が付いたクーナは明後日の方向を見る。
彼は自分の力を常に行使しており、今現在も彼らの拠点である学校付近の状態を、羽虫一匹の動きに至るまで監視している。
非常時にこの場所に居る全ての人間を守る目的もあるが、単に便利と言うだけでこのような事を行っており。
殆ど私利私欲の為に行使されていた力で、今回妙な物が接近している事を察知したのだ。
「カルヴェラか、あと……誰かな?」
クーナはその存在が肉眼でも見える距離まで近づくと判断し、部屋の窓から顔を出す。
「おーい! カルヴェラー!」
そう言い、大きく手を振る先には宙を舞う三つの姿があった。
一つはサングラスをしてライフルを抱えた男、カルヴェラ。
二つ目は彼の左手に掴まれた猪の骸。
そして三つ目は、カルヴェラの右腕にしがみ付きガタガタと震える女であり、クーナはこの人物を知らなかった。
「誰ー? それ!」
「新入りだ、紹介は後でするから先に……」
「ミグは下に居るよ!」
窓辺までやってきたカルヴェラに、クーナは矢継ぎ早に答える。
彼が此処にやって来てると知った時既に、クーナは自身の力を使いカルヴェラと一緒に居る女、カフゥが足を怪我している事を知っていた。
だからこそ、カルヴェラが口に出すよりも早く返事が出来たのだ。
「それじゃまた後で」
「きゃぁあ!」
カルヴェラはそう言いフリーフォールの様に一階分高度を落とすと、開いていた窓から室内へカフゥを入れ込む。
その時迫りくる地面に恐怖したのかカフゥが悲鳴を上げるのを見て、小さくクーナは笑うと急いで下へと続く階段へ足を進めるのだった。
カルヴェラがどれだけの速度を出していたのか分らないが、足元で木々が残像すら残す程の速度で駆け抜けた時間は数十秒の出来事だった。
その間音が一切聞こえなかった所を鑑みると、その瞬間自身は生身のまま音速すら超えた速度を出していた事が分るのだが、勿論そんな予想する余裕など無く、カフゥはひたすら喉が張り裂けそうな勢いで悲鳴を上げていた。
そして叫び疲れぐったりとした頃にカフゥが到着したのは学校だった。
だが、その外観は彼女が知っているそれとは大きく違っていた。
生徒の学び舎である校舎もちゃんとある、グラウンドも多少荒れてはいるがちゃんとある。
だが、その要所要所に普段は無い筈の物が散乱していた。
たとえば一般家庭でおなじみの物干し台がグラウンドや屋上に設置され、暖かな風を受けて洗濯物が揺れているところ。
たとえばグラウンドの隅には、コンクリートブロックを組んで作った竈が設置され、もくもくと香辛料の香りのする煙を上げている事。
更に言えば、校舎の前に設置された花壇には、ひまわりやチューリップなどの馴染みのある花では無く、スーパーの食品売り場に陳列されている野菜が青々と茂っている事。
一日二日では到底無理な変化を起こした学校、その最上階の窓からは何故か幼稚園児が一人顔を出し、自分を救ってくれたカルヴェラと何やら話をしている。
「きゃぁあ!」
空中で先ほどまで静止していた自身の体が、突然糸が切れたかの様に地面に向かって落ち悲鳴を上げるカフゥ。
だが、それはカルヴェラにとって意図した出来事だったのか、校舎一階分だけ高度を落とした所で再び静止し、その先の部屋へ開いた窓からカフゥを侵入させるとやっと自身を解放してくれた。
「ここはど……っ痛!」
足を地面に付けた刹那、足の裏に激痛が走り彼女は床に転がり込む。
突然色々な事があったため、つい自分が大怪我を負っていた事を忘れていた。
「馬鹿だなお前」
体を浮かせたまま遅れて室内に入ったカルヴェラは、呆れを溜め息で表現する。
「五月蠅い! 誰のせいで……」
「五月蠅いのはあなたたですよ、何処の誰だか知りませんが突然窓から上がり込むなんて」
不意に背中から声が声がかかるが、その声の主は見えない。
「だれ?」
「自分が誰だか名乗らない癖に、人の名前は知りたがるとは失礼な……」
カルヴェラにはその声が何処から響いているのか見当付いていたのか、空を浮いたまま清掃用具入れの前まで行くと、その扉を開いた。
「ここは保健室ですよ?」
「あなたが居るのは用具入れでしょ?」
「質問に質問で返すなんて失礼な人ですね」
そうぼやく声の主は、狭い掃除用具入れの中にぎゅうぎゅうに身を縮めて入っていた。
「それで? あなたの名前は?」
男は用具入れの中から体をねじりながら出てくると、その大きな体に付いた埃をはたき落とす。
彼自身太っている訳ではないのだが、何せ身長が二メートルを超えていれば必然的に体のパーツは太くなり、近場で見ている相手に無意味な威圧感を与える。
「私の名前は……カフゥ……」
そのため、どこか押される様に答えた彼女、その態度が気に入ったのか男は懐に入っていた丸縁の眼鏡を取り出して顔に掛けると、用具入れの上に掛けられていた白衣を身に纏い小さく答える。
「私の名前はミグ……あ!? 今あなた私の事『女みたいな名前だな』なって思ったしょ!?」
「思ってません!」
「誰も思わねぇよ!」
矢継ぎ早に反撃を食らい、肩を落とすミグ。
どうやら彼は外見に似合わず、強い被害妄想の持ち主らしい。
「それでなんだが……」
「あ! 今私の事『無駄に被害妄想強い奴だな』なんて思ったでしょ!?」
話を進めようとしたカルヴェラの声を遮り、眼鏡を押し上げ声を荒げるミグ。
その様子を見て大きくため息を吐くよりも早く、カフゥは本音を言ってしまう。
「ええ、今思いました」
だが、それが間違いだった。
カフゥの声を聞くなり、眼鏡の奥で目いっぱい涙を浮かべると用具入れに飛び込み、無理矢理体を捩じった姿勢のまま器用に扉を閉じる。
「ああああああ!! やっぱりだぁぁ!! やっぱりでしたぁ!! そうです私は被害妄想の強い男ですよ! どうせ世間じゃ『でかいのは図体だけだな』とか『一々めんどくさい奴だな』なんて言われてますよぉぉぉ!!」
そして遅れて続く訳のわからない懺悔に複雑な表情を作って答えると、カルヴェラは『自覚あるなら直せよ』と呟き。
錆の浮いた用具入れにはっきりとした口調で声を投げかける。
「その良くわからん懺悔は良いから、とりあえず怪我……」
「その位やっときましたよ! ええそうですよ、私の力なんて普段は何の役にも立たない上、役に立った所で誰も気がつかないほどしょうも無い物ですよ!! そうですよ! そうですよぉ!!」
そんな事を叫びながら、狭い用具入れの中激しい音を立てて暴れまわる大男を見て溜め息を付くカフゥ。
だが、不意に自分の身に起きていた変化に気が付き、怪我をしていた筈の左足を見る。
服の裾には大量の泥と血がこびりつき酷く汚れているのだが、先ほどまで感じていた焼ける様な痛みが感じられない。
「あれ?……」
彼女は伸ばしていた足を抱き寄せ、足の裏に付いた泥を拭ってみて再び感嘆の声を上げる。
「仕事だけは早いだろ? 傷や病気の治療、それが奴の能力だ」
彼女の足の裏に付いていた深い傷は何処にも無く、ただ泥で汚れた白い肌だけがそこにはあった。
「まぁ、あいつ曰く、傷や病気を治療するのではなく、体の異常を無かった事にする力らしいが……」
「目立たない能力で悪かったですね!! ええそうですよ!! どうせ目立ちませんよ!!」
ガンガンと用具入れを中から叩き、滅多矢鱈に目立つミグ。
だが、そんな事よりもカフゥには分らない事があった。
「ちょっと待って……! ここには一体どれだけの能力者が……」
今までの出来事も驚きの連続だったが、それ以上に一日に二人も能力者を見た事、それに驚いたカフゥだったが、ガーフィンはこれと言って驚いた様子も見せずに言葉を繋ぐ。
「だからその硬っ苦しい呼び方やめろよ」
「だけど! 普通そんなに数が居る訳……」
「約40人だ、俺達が確認した何かしらの能力を持っている人の数はな」
「そんなに……?」
あまりの事に声が出ないカフゥ。
だが、カルヴェラにその反応は予想通りだったのか、小さくため息をすると言葉を繋いだ。
「その事について、足の怪我も治ったしちゃんと説明しないとな」
空に浮いたまま、腕を組み説明を始めようとするカルヴェラ。
だが、彼が口を開くよりも早く、廊下へと通じていた扉が勢いよく開いた為、説明はしばし延期となった。
「おねえちゃん!!」
扉を開き、元気に走り寄って来たのはクーナだ。
彼は部屋の半ばまで走ると、途中でジャンプしてカフゥの胸元に飛び込む。
「え? さっきの女の子?」
「『女の子』ねぇ……」
意味ありげに鼻を鳴らし、抱えていたライフルを空中に置くカルヴェラ。
彼の行動など気にならないのか、クーナは彼女の胸元に顔をうずめたまま元気に挨拶をする。
「クーナだよ!! 私の名前!」
「えっと……私はカフゥ」
勢いに押されながらも、元々子供好きな彼女は、クーナの小さな頭を撫でて返事をする。
「カフゥお姉ちゃんだね! よろしく!」
クーナは気持ち良さ気に目を細めると、彼女の肩に手を回して抱きつく。
一応説明を入れると、彼が気持ち良さ気に目を閉じたのは、頭を撫でられた為では無く、彼女の胸の柔らかな感触を顔面で受けている為である。
「それで? もう満足か?」
カルヴェラは宙に浮いたまま呆れた様子で口を開く。
その言葉の中にクーナに対する非難が無い辺り、彼はそれなりにこの状況を見て楽しんでいると見てとれた。
「そうだ、おねえちゃんここ初めてなの?」
クーナの口から紡がれる無垢な言葉に、カフゥは初めてだと返事をする。
すると、心底うれしそうにクーナは目を光らせると、彼女の手を引き廊下へと飛び出す。
そもそも何が起きて自分はこのような場所に居るのか、それ以前に何故このような場所で彼らは被災地で見られるそれと似た生活をしているのか。
色々と気になる所はあるのだが、クーナの口調から自身の身に危機的な状況は迫っていないと判断した彼女は、手を引かれるがまま廊下へと飛び出してリノリウムへ足を踏み出す。
そのリノリウムは茶色く色褪せ、所々剥がれており、廊下の隅には無造作に懐中電灯が置かれた棚が設置されていた。
「一体何が……?」
その棚と言うのも、本来学校の廊下にあるものでは無い安っぽいカラーボックスだった。
最初こそこの場所は何か災害が起きた為に設置された、簡易的な避難所だと思っていたのだが、それにしては人が住む事にあまりに最適化されており。
かといって懐中電灯が当たり前の様に置かれている辺りを考慮すると、この場所には電力が供給されていないと察しが付く。
「えっとね! ステイシス紹介するね!」
しかし、そんな彼女の思いを余所にクーナは元気に地を蹴ると、屋上へと続く階段を駆け上がり。
その後に半ば無理やり連れられるカフゥ、そして地面に足を付けず胡坐のまま宙を浮くカルヴェラが続く。
屋上へと続く階段には窓が無い為薄暗いのだが、クーナは慣れた足取りで階段を上りきると、その先に続く扉を両手で開く。
開けられた扉の間隙から伸びる光、それは自身の予想以上に明るく、彼女は思わず目を瞑り、ごく僅かな間を開けて見開いた先には、やはり学校の屋上が広がっていた。
だが、カルヴェラに連れられていた際見た通り、その場所には幾つもの物干竿が設置され、洗濯したての衣類が風に揺れていた。
明らかに不自然な光景、人が住む事など想定されていなかった筈のこの場所には、集合住宅のそれと良く似た生活感が漂っていた。
「ねぇ、どうしてこんな風に……」
「あ! ステイシスこっちこっち!!」
再び頭に浮いた疑問符を声で表現するのだが、それはクーナの元気な声に上書きされた。
クーナが手招きする先で、一人の女が洗濯物を鼻歌交じりに干していた。
その女の特徴を纏めるのなら、誰もが『幸が薄い』という言葉かそれに類する別の単語を使う事になるだろう。
何処か覇気に欠けた表情、そして生まれつきそうなのだがどこか疲れ切った様な目つき。
そして背中まで伸ばされた長いストレートヘアーがその特徴を助長させている。
本人としてはそんな気など無いのだが、傍から見たら何処か疲れた、どこか幸の薄そうな印象を与えてしまう彼女。
彼女はクーナに呼ばれて振り返ると、やたらと緩慢な動作で歩み寄る。
せっかちな人が見たら、無意味に苛立ちを覚える様な彼女に対して、クーナは彼女の紹介を始める。
「この人はステイシス!」
「あ……えっと……はい、ステイシスと言います」
カフゥと同じく状況を読みこめて居ないのか、それとも元々頭の回転が遅いのか。
ステイシスは緩慢な動作で手を伸ばして握手を求める。
「はじめまして、カフゥと言います。 ところで此処は一体……」
「見ておねぇちゃん! 此処からの景色綺麗なんだよ!!」
やはりと言った具合で、クーナはカフゥの言葉を上書きすると、握手をする二人の手を引いて屋上の隅へと引く。
そこから見える景色は、クーナが言った通り確かに綺麗ではあった。
とはいえ、ここよりも高い場所からこの景色を先ほど見ていた訳だが、その時はカルヴェラに必死でしがみついていた状況だったため、落ち着いた状態で景色を見るのは初めてだった。
周りには大きな建物が無い事もあってか、そこから見える風景を遮る物は無く地平線とその下に広がる街を一望出来た。
しかし、そこで不自然な事に気が付く。
この場所から見える景色は何処かの住宅街なのだが、あわただしく走り回る自動車などは無く、視力が許す限りの情報では人の気配が一切得られない。
その明らかに不自然な景色を目の当たりにして、今度こそと言った具合にカフゥは口を開いた。
「……一体何が起きてるの?」
「ん? それはねぇ……」
「俺が説明する」
そこで、今度はクーナの声が遮られた。
彼の言葉を横切ったのは、カルヴェラの声だった。
「えー、説明したいしたいしたい!」
「お前が説明すると余計に彼女を混乱させるだろ」
駄々をこねるクーナを軽くあしらうと、カルヴェラは似合わない葉巻を咥えて火を灯し、数口吹かしてから説明を始めた。
「ここに来る前に、俺は力を持った人間は40人程確認してると言ったよな」
「ええ、でもどうしてそんなに能力者が……」
カフゥは比較的新しい記憶を、積み重なった疑問の中から掘り当て、自分の意見と混ぜ合わせて言葉にする。
「問題はそこじゃ無い、俺達が確認できた人間全てが何かしらの能力を持っていると言う事だ、つまり世界の人口は40人程度まで減少している事なんだよ」
カルヴェラはこの説明を何度も行っているのか、どこか飽きた様子で開かれた口に葉巻を咥えると、再び小さく煙を吐く。
彼としては当然の事実なのだろうが、あまりにも突飛過ぎる彼の発言はにわかに受け入れる事が出来ず、僅かに目眩すら覚える。
「40人? ちょっと待ってそれは何の冗談? いくら何でもあまりに突飛すぎでしょ」
「突飛だよな、ああその通りだ。
だが、もしこれが事実なら、俺達がこんな所で暮らしてる説明がつかないだろ?
電気も水もガスも供給されない、だからこんな場所で身を寄せ合い、過ごしているんだ……」
カルヴェラは口から煙を吐きつつ、落ち着いた口調で話した。
「どうしてそんな事が……まさか何か災害が起きたとか?」
「それで? 世界中から人が消えちまうような超常現象が起きたとして、能力を持った俺達はその力を行使して己の身を守ったと?
だから今この場に居ると? まぁ仮説としては悪くねぇがとっくの昔にその説は崩れてるさ」
カフゥの予想を先読みしたのか、カルヴェラは相変わらずの口調で言葉を紡ぐ。
彼がこれだけ容易に彼女の思いを予測出来たのも、このやり取りが今初めてされた訳では無い証拠だ。
カフゥにとっては目新しい出来事だろうと、カルヴェラはもう幾度となく事情の説明をしてきた、だからこそ大抵の新入りが同じ事じ仮説を立てる事は目に見えていたのだ。
「崩れた? それにとっくの昔ってどういう事?」
「あの……あなたがこの異変に気が付いたのは何時でしょうか?」
次々と溢れ出す彼女の疑問に答えたのはステイシスだった。
彼女は矢鱈と緩慢な動作で手に持っていた洗濯物をカゴに入れると、動作と同じく緩慢でどこかたどたどしい口調で説明をする。
「何時異変に気が付いたって……ついさっきだけど」
「そうですか、あの……その申し上げにくい事なのですが……」
「さっさと説明してやれ、お前にとってはまだ一日の出来事かもしれねぇが、『達は此処にずっと昔から住んでる』ってな」
彼女のスローペースな言葉に苛立ちを覚えたのか、カルヴェラは急かす様に要点を突いた。
「ずっと昔から? でも……」
「あんたはこの場所の状況を見ただろ? 一日二日でこの学校を此処まで変える事は出来ない事位あんたでも分かるだろうさ、証拠と言ったらそれくらいしかないけどそれが事実だ」
投げ遣りに放たれた説明、それを今度はステイシスが噛み砕いて説明する。
「この場所に来る人の意見で、一つだけ食い違っている事があるのです。
それがこの現象に気が付いた時、大抵の人は朝目が覚めたら事態に気が付いたと言ってはいるのですけど……その。
なんと言いますか……その……新しく来た人は皆口をそろえて、異常に気が付いたのはここ一日二日の出来事だとおっしゃるんです……ですけど……
あの、私たちは彼らが口をそろえて話される『異常が起きる前の日時』その時には既にこの現象に見舞われていました」
やたらと緩慢でたどたどしい説明。
聞いているだけで苛立ちを覚えるが、彼女の言いたい事は何となくわかった。
だが、それでも安易に理解できる内容では無い。
「まって、それじゃ私はずっと長い間記憶を無くしてたって事?」
「それは違うだろうな、いや、寧ろその可能性も無くはないが。
俺達はそうでは無く、この現象は単に『人々が世界から人が消えた』のでは無くて『この世界へ元の世界から、俺達の様な人間が取り込まれた』と考えている。
まぁあれだ、此処はパラレルワールドの様な物なんじゃないかって」
「そんな事出来る訳……」
今までの経験から割り出された、最も真相に近いと思われる仮説、それに彼女は反論しようとするのだが、ふと湧いた考えが彼の言葉の裏付けを手伝う。
「能力……それがあれば……」
「おお、やっと頭が動くようになったか? 恐らくはそれが原因だ。
正直自分で言うと気恥ずかしいが、俺達が使う力、そのどれもが科学なんかでは説明できない現象であり、傾向に違いはあれどその力に際限なんて物は何処にも無ぇある種の神の奇跡とも呼べる物だ。
俺は宗教なんて嫌いだけどよ、もし世界を生み出したのが『神の奇跡』だとしたら。
『奇跡に類する力』を使って、もう一つの世界を生み出す事も可能な筈だ」
新たに提示される、突飛な推測。
普通ならテレビの見過ぎだと言う所だが、この現状を目の当たりにしたカフゥにとって、その意見を否定する事は出来なかった。
「それじゃ、世界をこんな風にした人がいるって事?」
「二つ訂正だ『世界をこんな風にした』のでは無くて『こんな世界を作った』だ。
そして二つ目、その原因が存在するのではなく、存在しているかも知れないが正解だ。
正直俺達はその人物を見た事が無い、もしかしらたらその人物は存在しなく、実際にこの世界が生まれたのは、俺達の個々の力が相互作用した結果とも考えられるだろ?」
そう言い切ると、カルヴェラは葉巻を屋上から投げ捨てる。
だが、その葉巻は火が付いたまま空中で静止し、少しの間を開けて重力に反した動きで天高くへ舞い上り視界から消える。
その現象は、彼が力を行使した結果なのだろう。
彼なりのごみ処理の方法として行使された現象、彼はその程度の事にしか力を使っていないが。
彼が一度その気になればその力はこんなちっぽけな物では無く、世界中の人間を危機的状況に陥らせる事も容易な筈だ。
場合によっては人類全てを滅ぼしかねない力、それを自身も持っている事を再確認し、彼女は何処か胸の奥がズキリと痛むのを感じる。
「何にしても、この世界から俺達は抜け出す事なんて出来ない。
だが、少なくともここでの生活はなかなか楽しい物だから安心しな」
彼女の思いを察してか、カルヴェラはサングラスの奥で目つきを柔らかくし呟く。
だが、あまりにも突飛で不幸な出来事なのは変わりない。
何故なら、彼女は別れを言う間も無く家族や友人を失ったからだ。
パンに付着したカビが瞬く間に成長するように、彼女の思いの中で生まれた一つの悲しみは別の悲しみを引き連れて増殖していく。
思わず俯き、彼女が視線を落とした時。
不意にクーナが彼女の膝に抱きつき、元気な声を上げた。
「今日はいい日だ! だから宴をしよう!!」
何処か古臭い言葉、その意味を彼女は悟り少しだけ胸の奥に巻きついていた物が解けた。
彼女にとっては全然良い日では無い、だが、この世界に居る人間は彼女を受け入れ、そして仲間が増えた事実を喜んでいる。
ならば、今日位は一々凹んだりせず、彼らのペースに合わせて変化を楽しもう。
そう思った矢先、ステイシスが口を開いた。
「あの……その、申し上げにくいんですけど……魚……もう残り僅かで……」
「魚も無いのかよ……肉はさっき俺が取ってきたから良いとして、魚がねぇとミグの奴一々五月蠅いからな……」
二人のやり取りを聞き、カヴェリが自信と共にこの場所に運んだ猪の意味を悟る。
世界から人が消え畜産業が衰退しきった世界において、動物性たんぱく質を得るにはライフルを片手に山へ足を踏み入れる必要があるのだ。
「どうしますか……? あの、ミグさんお魚しか食べないですし……彼だけ野菜と言うのも……」
「しゃあねぇ取ってくるか、俺も今日は肉と言うより魚の気分だしな」
そう言い、軽く伸びをするカヴェリに、クーナは言葉を繋げる。
「今イント居ないよ? どうやって魚取るの?」
「んじゃあガーフィンに連れてこさせれば良いだろ」
「でもガーフィンさ、他の国に居るよ?」
クーナは自身の力の効果範囲を一気に伸ばすと、肝心のガーフィンがここから数千キロ離れた場所に居るのを確認し、呆れたように呟く。
その様子を見てカフゥも会話に混じったところ、電撃を操るイントの力を使って魚を捕まえるのだが、肝心のその人物が遠い場所に居る為手を拱いているといった状況だ。
だが、ふとその話を聞き目を光らせるカフゥ、彼女は自信気に胸に手をやると言葉を紡いだ。
「あの、それなら私に任せてください」
その一言から続く、彼女の力の詳細。
それを聞きその場に居た一同は、小さく頷くと出発の準備を始めるのだった。
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