カフゥの場合 上

 この世界に住む人間は一人の例外も無く様々な分野で優れていた。

 勿論人の成りと呼ばれる物は例外無く不平等であり、知力や体力、そして容姿や家系など何かしらに長けていると呼べばそれだけである。

 だがそれはあくまでも普通の人間に対して与えられるスキルであり、誰もが最低限有している物であり、何かに長けていようが殊更驚くほどの物では無い。

 だが、『普通』の人間がこの町に住む人間の特技を見ると、口を開けたまま硬直するか小さく悲鳴を上げるだろう。

 なぜなら、この世界の住人が長けている分野は、俗に超能力や奇跡と呼ばれる世界に属するものだったからだ。

 例を上げるなら、イントは電撃を操る事が出来る。

 それも相手を軽く痺れさせる様な『微弱』な物ではなく、雷を起こし何かを完膚無きまでに破壊する程度の『微弱』な物でも無い。

 彼は思った瞬間、手足を動かすよりも考えるよりも容易にその力を生み出し、そして呼吸するよりも簡単にその力を操った。

 その力を扱う術を誰かから学んだ訳では無い、彼はふとした拍子に己の力に際限が無い事、そして力を扱う術を手に入れた。

 だが、彼の力を殊更特殊だと扱う人間はここには居ない。

 なぜなら、最初に述べた通りこの町の人間は皆、方向性は違えど同じ様な力を扱えたからだ。

 この世界の人間は全てが特殊な力を持っている。

 そんな数の理が組み立てた『特殊な常識』は当たり前の様にこの町に馴染んでおり、力を持っている人間は普通の事だった。

 「……やっぱ居ねえよな」

 そんな事を双眼鏡を覗いたまま呟く男もまた、そんな普通に類する、力を持った人間である。

 彼の名前はカルヴェラ、軍用ジャケットに身を包み、強い日差しを警戒してか目元はサングラスで隠されている。

 背中には、何処から手に入れたのかライフルが掛けられており、暫く火を吹いていない銃口は空高くを指して沈黙している。

 彼が居るのは山沿いに続くのどかな田舎道の傍であり、銃を持った人間が居る場所では無い。

 勿論彼が抱えているのが、ちゃんと許可を得て手に入れた猟銃では無く、本来は軍隊様に製造されたプルパップ式のライフルを抱えている所を見れば、誰しも驚くだろう。

 だが、そんな彼を見て驚きの声を上げる人は居ない。

 その理由は、この場所にそもそも人が居ないと言う事もあるが、それ以前にカルヴェラ一個人を構成する特徴の一つがあまりにも突飛だったからだ。

 「あのガキ……適当な事抜かしやがって」

 彼が双眼鏡越しに覗く景色はとても見晴らしが良く、背の高い木々の全てが、彼にとっては見下ろす低さになっていた。

 なぜなら、彼が居る場所は地上から約100メートルの位置だったからだ。

 勿論彼が背の高い展望台や空を飛ぶ飛行機の類に載っている訳では無い。

 彼は当たり前の様に空中に制止しており、目的の物が見当たらなかったらしく、不意に音速と同等かそれ以上の速度で空を飛び、更に山奥まで行くと音も立てずに再び動きを止め、双眼鏡を覗いて何かを探す。

 それが彼がふと手に入れた能力だった。

 彼は空を飛べる、勿論その力を行使する上で疲労は伴わず、歩くよりも彼にとっては楽な行為だった。

 その事を証明するように、彼はもう長い間靴を履いておらず、そのくせしてズボンから伸びた足の裏は汚れの一つも付いていない。

 それもその筈だ、立つよりも浮く事が彼にとっては楽であり、歩くよりも飛ぶ方が疲れないのだ。

 だから彼にとって足は飾り以外の何でも無く、地面を踏むことの無い足に窮屈な靴を履かせようなどといった感覚は跡形もなく崩れていた。

 そんな彼に与えられた仕事は、自身等が住まう拠点の防衛などと言った大層な物では無い。

 争いなどと縁の無い彼に与えられた仕事は、単に食料調達であり、彼が抱えているライフルは山の中を自由気ままに歩き回る猪や鹿を捉える為の物だ。

 「……ん?」

 カルヴェラは何かを見つけると、双眼鏡を外し少しだけ空を飛び目的地の上空で制止。

 「見ない顔だな……」

 足元で起きている出来事、それを観察して小さく彼は呟くと、抱えていたライフルを構え安全装置を外す。

 そして銃口に取りつけられたダットサイトで目的の物に狙いを付けると、絞る様に静かな動作で引き金を引いた。






 体を濡らす水の冷たさで彼女は眼を覚ました。

 「ん……どこ?」

 だが勿論、彼女の声に答える人間は何処にも居なく、鼻をくすぐる潮の匂いだけが己が今海辺に居るのだと伝えてくれた。

 砂浜に打ち上げられた鯨の様に、うつ伏せ状態で下半身を打ち寄せる海水に濡らしていた彼女は、状態を起こして呻くように息を吐くと、アヒル座りなり手足を見て怪我が無いか確認する。

 そして怪我が無い事を確かめ、安心したように深呼吸をして混乱をなだめると、自分に与えられた少ない情報から何が起きたのかを想像する。

 目線を上げ、辺りを見渡してみるが、視界に広がるのは一面に広がる穏やかな海と、遠くまで続く綺麗な砂浜だけ。

 ふと自分は波にさらわれ、この場所まで流されたのではないかと考えたが。

 そもそも彼女の記憶がある限りは、海に行った記憶など無く。

 仮にその事を忘れているだけにしても、パジャマ姿のまま好き好んでこんな所に来たとは到底考えられない。

 そもそも、海に流されたとしては色々と不自然な事があった。

 「っていうか濡れて無い?」

 彼女は自身の服の袖を掴み、首を傾げる。

 ひざ下は先ほどから打ち寄せる海水で濡れては居るのだが、上半身は多少の湿り気を帯びては居るが海水に浸った形跡は無く、ほんのりと柔軟剤の匂いがしていた。

 に着なれた服と共に至って健康体な体は、自分が波にさらわれた訳ではないと証明してくれた。

 だとしたらやはり自分が自らこの場所にやってきて、この場で寝そべって寝た可能性はあるのだが。

 付き合いの関係上酒を飲む事はあっても、記憶を無くすほど酒を飲む事は無く。

 仮にどれだけ飲んだとしても、彼女は酔った状態で歩きまわらず、激しく痛む頭を抱え吐き気を堪えるのがいつもの事だった。

 そもそも、今現在に至るまでの最も新しい記憶の中で自分は、このパジャマに着替え干されたばかりの布団に潜ると、明日の仕事に備えて目覚まし時計をセットしていた。

 どう考えてもこんな現状に至る訳が無い。

 そこで彼女はとりあえず考える事を諦めると、立ち上がり自分が今どこに居るのかを確かめる事にした。

 普段あまり出歩かない彼女にとって、この海がどの辺にあるのかなど見当がつかなかったが、とりあえず人通りのある場所に行き、誰かに尋ねれば何とかなると判断し、足を進める。

 しかし、困った事にこの海辺を離れるには、目の前にあるちょっとした崖を登り、その先に広がる森を越える必要があると分り、小さくため息をつく彼女。

 生憎な事に彼女は靴を履いておらず、砂浜ならまだしもこの崖を登り、更に森の中を歩くのは至難の技である。

 「一体どこなのよ此処は」

 ぼそりと口を突いて出た悪態に、答える人間などこの場所には居ず。

 残響すら残さず波の音に自分の声がかき消されると、心なしかわびしさが増す。

 しかしそんな事気に掛けても何も変化しないと判断すると、彼女は意を決し比較的勾配の緩い場所を伝って崖を攻略する事にした。

 「そもそも今何時なの……」

 携帯電話の一つでも持っていればこんな時役に立つのだろうが、寝間着姿なだけあってそんな便利な物を彼女は持ち合わせていない。

 自分が居る場所も、時間すら分らない彼女は言うだけ無駄な愚痴をだらだらと吐き、デスクワークしかやった事の無い細い手足で危なげに崖を伝う。

 高さとしては自分の身長と同じ位なのだが、何せ運動音痴な彼女だ。

 時折小さく悲鳴を上げながらやっと頂上に手を掛けると、息も絶え絶えな状態で僅かな足がかりを蹴って状態を押し上げ、右手でその先に見えた木の根を掴む。

 そしてその右手を頼りに体をひっぱり崖の上に行くと、泥だらけになった顔を擦り立ちあがった。

 「だから何処なの此処は……」

 目線の先に広がったのは、予想通りの獣道すら無い森だった。

 出来ればこんな道歩きたくは無いのだが、人気のある場所に行くにはこの道を歩く必要があるのは間違いが無かった。

 とはいえ、いざこの先に足を踏み入れるとなると勇気が必要だ。

 何せ彼女は靴を履いておらず、靴下すら履いてない。

 それと引き換え、この先には鬱蒼と草木が伸び、枯れた木の枝や小石が散乱しているのは間違い無いからだ。

 だが、それでも背に腹は代えられない彼女は両手で頬を叩くと足を一歩、また一歩と進め、この先に人里があるだろうと言う期待に胸を膨らませて歩みを進めるのだった。

 それから彼女は、一歩歩くたびに小さく悲鳴を上げ。

 足の裏に届く僅かな痛みをこらえながらゆっくりと反対の足を踏み出すといった行為を30分ほど続ける訳なのだが。

 その際幾つか気になる事を考えた。

 一つ目はやはり自分がなぜあのような場所で寝ていたのかだ。

 仮に第三者の影響があり、どういう訳がベッドで眠る自分を器用に抱え、あの場所まで運んだとする。

 睡眠薬などを使えばそれも可能かもしれないが、あの場所に行くには今自分が苦労して歩いているこの森を抜ける必要があり、幾らなんでも無駄な重労働だ。

 そもそも自分を運ぶ理由が分らない。

 強盗なら自分が寝てる隙に家を襲えば良い、もしくは自分に刃物でも突き付けるのも有効な筈であり、こんなに無駄に手の込んだ事をする理由が分らない。

 だとしたら、何かの安いバラエティ番組がドッキリか何かでこんな事をする可能性も少なからずあるのだが。

 それにしても手間がかかり過ぎている上、ギャラリーやカメラマンの気配が此処までしないのはあまりにも不自然だ。

 そもそも、自分を一人驚かせた所で『ある一点』を覗いてごく普通の一般市民である彼女に起きた出来事を楽しむ人間などいない。

 「やっぱりおかしいよ……」

 彼女はふと歩みを止めると、汗で額に張り付いたセミロングの髪を掻きわけ、空を見上げる。

 空は青く、所々雲が浮いており、自然が生み出した景色が木々の間から顔を覗かせてはいる。

 別にこれと言って不自然で無い光景だ。

 だが自然すぎるが故に、不自然だった。

 先ほどから度々空を見上げては居るのだが、人工物の気配が一切無い。

 これだけ頻繁に空を見上げれば旅客機なり報道ヘリなり、何かしらの人工物が空を飛ぶ瞬間と出会う筈だ。

 「こんなに飛行機って飛ばなかったけ?……」

 元々お喋りな彼女の口を突いて出た、小さな疑問。

 それは当たり前の事として、誰も人の居ない森の中に消えて無くなる筈だったのだが、今回だけは違った。

 「ん?」

 不意に後ろから音がした。

 小さな小枝が折れる小さな音、これといって大きな音では無く普段なら聞き逃す様な物だったが、彼女は僅かな期待と疑問を胸に後ろを振り返った。

 そして、その瞬間に期待が後悔に化け、疑問が確信に変化するのを感じる。

 彼女が振り返った先、彼女が居る場所から数メートル先にそれが居た。

 「……っ!! えっと、ハロー?」

 恐る恐る声を掛けてはみるが、返事は無い。

 そもそも、何故自分が普段使いなれない言語を使ったのかさえ謎だが、今はそんな事どうでもいいほどパニックを起こしていた。

 「えっと……怪しい人じゃ……ないからね?」

 一応自分の身なりを言っては見るが、やはり返事は無い。

 それもその筈だ。

 彼女が先ほど出会い、話しかけている相手は人間では無かった。

 太い四本の足で地面を踏み、針金の様に太い毛を纏ったそれは、猪だった。

 食用に品種改良された豚ならまだいいのかもしれないが、野生の猪はそれなりに凶暴であり、人が安易に近づいてはいけない生き物だと、彼女はその生き物と目を合わせた瞬間本能的に悟った。

 自身のの5倍以上の体重を持つ猪は、ぱっと見ただけで無意味に恐怖心を煽る。

 家畜のそれとは違い、口元から牙が生えた姿は見ただけで相手の恐怖心を逆撫でする。

 ましてや、その猪が『今から突進しますよ』と言わんばかりに前足で地面を踏みしめてるとなると尚更だ。

 更に言えば、明らかに猪はテリトリーを荒らされた事が不機嫌なのか、毛並みを逆立て歯ぎしりして威嚇音まで立てているとなれば、誰もが自分の死を覚悟するだろう。

 勿論、彼女もそんな大多数の人間と同じ気持ちだった訳だが、この時取った行動が悪かった。

 彼女は恐怖心に支配され。

 背を向けると悲鳴を上げながら全力で走り去ったのだ。

 一見すると正しい行動に見えるのだが、これは大間違いである。

 野生の獣と遭遇した場合は、目を離さずゆっくりと刺激しない様に後ずさり、出来る事なら持物を捨て注意を反らすのが正解であり。

 彼女の様に背を向け走り、しかもあろうことか悲鳴など上げるなら、むやみやたらに相手を刺激してしまう。

 ましてや、こんな山道野生の生き物と逃走劇を繰り広げたところで、脚力が絶対的に足りないのは間違いが無いのだ。

 しかし、そんな絶望的な状況の中、彼女に一筋の光が差し込んだ。

 高速でスライドする視線の先、そこにアスファルトの道路が見えたのだ。

 「……やった……っ!!」

 人気のある場所に逃げ込めば、猪が自分を追いかける事は無いだろう、そう思った彼女は心の底からこの奇跡に感謝し力の限り地を蹴ったのだが、その油断が仇となった。

 「っ痛……!」

 あと一歩でアスファルトを踏む所で、彼女は力一杯地面に落ちていた尖った枝を踏み、バランスを崩し倒れ込んでしまう。

 それなりに深く枝が刺さったのだろう、左足に激痛と共に生温かい感触が広がり、泥だらけのパジャマは赤黒く染まる。

 チェスで言うならば完全にチェックメイトである。

 動けない女一人と、興奮しきっている大人の猪。

 長い牙で突き刺すなり、鋭い蹄で踏むなり何をするかは不明だが、少なくともそのどれもが自分にとっては致命傷になるだろう。

 だが、どんなボードゲームにも禁じ手と呼ばれる物が存在する。

 勿論それを行えば対等な評価は得られず、通常のルールは採用されなくなるものだ。

 だからこそ、禁じ手はルールを無視した力があるとも言える。

 ルールを無視するための力、それを彼女は持っていた。

 それを使えば、幾らでも簡単に自分の身を守れるのだが、それをするには気が引け、更に言えば頭が混乱していたためそんな事思いつかなかっただけである。

 だが、今はそんな事言っては居られない。

 彼女は迫りくる猪を睨むと、その裏技を行使しようとするのだが。

 「……っ!!?」

 不意に、彼女の意思を無視して乾いた音が響くと、猪の頭頂部に赤い鼻が爆ぜる。

 「何が……」

 何処からともなく放たれた弾丸が、猪の脳天を直撃した。

 それだけの事なのだが、あまりにも予想外過ぎた出来事であり、力を失った猪が地面に顔を沈めるその瞬間までその事が分らないでいた。

 「何処から?」

 辺りを見回すが、それらしい人影は居ない。

 だが、まさかと思い音のした上空を見ると、数メートル先にその現象の主が居た。

 「大丈夫か?」

 その男、カルヴェラはさも当然の様に空に浮いており、その手にはライフルが一丁握られていた。

 「えっと……誰? っていうか、それって……」

 「ん? ASK-21って奴だが?」

 男はさも当然な様子で、持っていたライフルを見せびらかすが彼女の聞きたかったのはそういう事では無い。

 「そっちじゃ無くて! あなた能力者?」

 「なんだ、大層な呼び方して、今さら驚く様な事でも無いだろ?」

 男が空に浮いてるのは種も仕掛けも無い、正真正銘の彼女が能力と呼ぶ物であり。

 彼女にとっては禁じ手であり裏技だった。

 勿論彼女が扱う力とは違う様だが、数少ない能力者を見る機会は初めてだったために驚きを隠せなかった。

 「驚くでしょ! 普通人が空飛んでたら!」

 「そうか? 俺としては電撃ビリビリや瞬間移動する連中の方が特異だけどな、俺のは機械でも真似出来るだろ?」

 「ちょっと待って……瞬間移動……? ビリビリ? それってもしかして他にも能力者が居るって事?」

 「そんな事位当然だろ、何を今さら……いや、あんた此処に来て間もないのか?」

 不意に何か考えが浮かんだのか、ゆっくりと高度を降ろしながら問いかけるカルヴェラ。

 だが、彼女にはその問いの意味が分らず、出てくるのは途切れ途切れの言葉だった。

 「此処も何も……私気が付いたら海に……それでいまこの場所まで歩いてたら猪が……って言うか猪! 殺しちゃったらかわいそうでしょ!」

 「一石二鳥って奴だ、どうせ食い物狙いな訳だし……って言うか気が付いたら海に?」

 「朝起きたら海に居て、それから誰か人がいないかと探してたらこんな事に、って言うか食い物狙い?……兎に角私だって何が何だかわからないの! 」

 「ああ……新入りか……道理で……」

 不意に小さく呟くカルヴェラ。

 その声を聞き取れなかった彼女は首を傾げるが、矢継ぎ早にカルヴェラを言葉を重ねる。

 「まぁ運が良かったな、此処じゃ人を探すのも苦労する、っていうか大丈夫か?」

 カルヴェラは、彼女の足が血で染まっている事に気が付いたらしく、うつ伏せの姿勢のまま彼女の目線と同じ高さまで降りてくると、指を指し彼女の身を心配する。

 「え……あ……痛っ!」

 今までアドレナリンが大量に分泌していたせいか、カルヴェラの声で我に返った彼女は小さく悲鳴を上げると、左足を見て絶句する。

 それなりに深い傷だとは思っていたが、傷は予想以上に深く生温かい血をだらだらと流していた。

 「まぁ新入りなら色々聞きたい事あるだろうけど、まずはそれどうにかするのが先だな……まぁあそこに行けば何にしても一石二鳥か……」

 そう言うとカルヴェラは彼女に手を指し伸ばす。

 細かい傷の入った掌、それを訳が分らず掴む彼女にカルヴェラは追加で質問を投げた。

 「俺の名前はカルヴェラ、あんたの名前は?」

 「っつぅ……カフゥ」

 「カフゥ? なんかスカスカした名前だな……」

 「殴るわよ」

 自分への扱いに不満を感じたカフゥは小さく脅してみるが、カルヴェラは一切動じずに言葉を返す。

 「殴る前に、しがみ付くのが先だろうな」

 開いていたもう一方の手で猪の骸を掴みつつカルヴェラが言った言葉、そのの意味が分らず素っ頓狂な顔をするカフゥだったが、次の瞬間その意味を理解し。

 そしてカルヴェラの言葉通り、彼の右腕に全身でしがみ付く。

 なぜなら、カルヴェラとカフゥ、そして先ほどまで生きていた猪は揃って上空高くへ飛び上がったからだ。

 「きゃぁぁ!!」

 子犬の様にきゃぁきゃぁと騒ぐカフゥを余所に、彼女がしがみ付き結果的に腕に押し当てられたそれの感触に呆れるカルヴェラ。

 「おうおう、乳を押し当てるとは新手のハニートラップか何かか?」

 「う……五月蠅い!!」

 「五月蠅いのはてめぇだ新入り」

 彼女の罵声にも一切動じず、上空で動きを止める目的地へ方向転換。

 そして予想以上の速度で目的地まで一直線に空を駆けるのだった。

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